「ねぇねぇねぇ。可愛い?」

 久し振りのデートはショッピング。はしゃぐように歩く君に、僕はやっとの思いでついていく。街に出るだけでこれだけテンションが上がるって、女の子は理解し難い。

「ね?」

 フワリとした生地の服をハンガーごと身体に当てて、君が僕の顔を覗き込んだ。

「うん、可愛い」

 慌てて返事をするけれど、

「上の空だし……」

 君は頬をふくらませる。

  

  

 こうして一緒に歩くようになって、もうすぐ1年。

 最初に声を掛けてきたのも、一緒に出掛けるのも、メールはいつも君から。

「トオルくん」

 名前で呼んだのも、君が先。僕はというと……。

  

  

「ね。仕事、忙しいの?」

 頬をふくらませて身を翻したかと思うと、すぐに笑顔。そして、次の服を当てて、また僕を覗き込む。その仕草が可愛くて、僕は返事に戸惑った。

「ムリしちゃダメだよ」

「……ぃい……」

「え?」

 知らず知らずのうちに想いが漏れる。

「あ、いや、それも可愛いな……って」

「もう!」

 “ズレてるんだから”とクスクス笑う。

  

  

 たまたま相席になってしまったカフェ。数人の女の子の中で、君だけがキラキラと輝いて見えた。

「一目惚れじゃね?」

 友人に言われて気が付く、Fall in love

 それでも、会釈が精一杯で……。

「よく会いますよね」

 二度目も、君から。場所は、あの時のカフェ。

 今日はひとりだと言う君。会社の話、友人の話、好きな事や昨日の事。

「じゃ、明日、10時に」

 初めての話が終わる頃には、なにやら約束までしてしまっていた。

  

  

「もうすぐ、1年だね」

「え?」

 僕が考えていた事を言われ、驚いて君を見る。

「デートするようになって、1年」

 そう、こうして、デート……。

「デ、デート!?」

 持っていた荷物を思わず落としそうになる。

 そうだよ。ふたりきりで会ってあちこち出掛けてるんだから、この状況は、“デート”。

「トオルくん?」

 ……だと、今、気付いた。

 語り合って、触れ合って、君を包み込んで……ってのは、あくまで理想。空想。妄想。

 だって、僕は、君の笑顔を見ているだけで幸せで、“今”が壊れてしまうのが怖くて、君に触れる事すら出来ない。

「もうっ!!」

 戸惑う僕に、君が頬を膨らませて踵を返す。

 僕は、慌てて追いかけるけど、掛ける言葉が見つからない。

 スタスタと歩く君の手を掴んで、振り向きざま抱きしめて……なんて事、想像してはみるけれど、実行できる勇気なんかなくて、思わず溜息。と、

「トオルくん!」

 不意に呼ばれ、顔を上げる。

 視界いっぱいに広がる、君の顔。柔らかい感触。

  

  

 君が 僕に Kissをした……

「そういうのって、信じられないのよね」

 言いかけた俺の唇の前に人差し指を当てて、貴女が微笑む。

 言葉を遮られた俺は、貴女の笑みに、ただ戸惑うしかなくて…。

「若いな、キミは…」

 俺の鼻の頭をぺロリとなめて、そのまま壁のクローゼットへと向かう。

「出掛けるの?」

 ベッドに座ったままの俺の問いに、美しい眉がひそめられる。

「出張! 夕べ、ちゃんと言ったわよ?」

 “4泊5日の研修を兼ねた出張”…確かに、記憶の奥にある。

「帰ってくるまで、お互い、通話もメールもなし!」

 “分かった?”と言わんばかりに、腰に手を当てて、貴女が俺の顔を覗き込んだ。

「な、なんで!?」

「言ったでしょ? “信じられない”って。ひとりで頭冷やして、ゆっくり考えなさい」

 抱きしめようとした俺の手をスルリと抜けて、貴女はドアの向こうへと姿を消した。

  

  

 ひとり取り残されたワンルームの部屋で、貴女の香りの残るベッドに身を沈める。

  

『軽いなぁ』

 キスの後、俺の囁いた言葉に貴女が笑う。

 俺の愛の囁きも、貴女にとっては“嘘”になるらしい…。

『なんだよ!?』

『“愛”の意味、わかってる?』

 そう言って辛そうに笑う貴女。

  

 俺は貴女に頭が上がらない。

 大学を卒業して1年経つのに未だにフリーターの俺。貴女は企業の優秀な戦士。加えて、この年齢差。

「…たかが、五つじゃん…」

 23の俺に28の貴女。すぐに乗り越えられる筈だったのに、その差は一向に縮まらない。

  

『仕事とか、そんなの気にしないの!』

 軽く“ヒモ”状態。それを気にする俺の頭をなでて、貴女が笑う。

『ムリしないで、ちゃんと自分に合う物をみつけなさい』

 たった5歳の差なのに、貴女は随分“大人”だ。

『でも、俺は…』

 俺の言葉に、

『私は、そんな事、期待したりしていないから』

 困ったように笑う貴女。

  

 定職にはついていないけど、俺だってちゃんと考えてる。

 いい加減な気持ちでここにいる訳じゃない。

 今はまだ、貴女に頼らないとどうにもならない経済状況だけど、近い内にちゃんと…って、考えて…。

  

『今だけよ、そんなの』

 貴女とずっといたいと思うのは、俺の“気の迷い”なのかな?

『永遠なんて、有り得ないわ』

 たった5年の差なのに、貴女は色々と経験豊か。

 俺の言葉も態度も、一時の流行り病なのだと笑って流す。

  

  

 貴女が出て行ってから、3日が経った。

「俺、ひとりで色々考えたよ」

 なんの変化もない着信履歴を眺めて、呟く。

  

『永遠なんて信じない。変わらない愛なんて、嘘』

 どんな経験があるのかは、俺は知らない。…訊かない。

 貴女がそこにいてくれる。

 それだけが、俺の生きがい。

  

 “永遠に変わらない愛”がないのなら…。

「日々、変わっていく愛は…アリ?」

 だって、ほら。

 今だって、俺は貴女の笑顔しか思い出せない。

 その笑顔も、これから見るかもしれない涙も、喜びも怒りも、俺が全部受け止めるから。

 貴女の“愛”が変わるなら、俺も変わっていく“愛”で、貴女を包み込んでいくから。

 だから…。

 『信じない』なんて言わないで…。

  

『私はいいんだって!』

 コロコロと笑いながら、貴女が言う。

 職が落ち着いたら、ここを出て行きなさい…と。

『そんな! 俺は、一緒にいたいのに!』

『バカね』

 そう笑うと、俺の額を人差し指でツンと小突いて会社へと向かう貴女。

『年相応の相手をちゃんと見つけなさい』

 閉じるドア越し、背を向けたまま、貴女が手を振った。

 俺の“相応”は貴女なのだと、俺はそう思っているのに。

  

  

  だから、帰ってきた貴女に、もう一度、“愛”を…。

 『信じない』なんて言わないで、もう一度、囁かせて…。

  

  

  

  ――― 「愛してる」 ―――