前回から多少日数が経ってしまった。


前回のきじにて、2000年代以後急激に減った北日本の冷夏、冷害による凶作。⬇︎


30〜50年に一度は冷害が群発する凶作群がやってきたこと、昭和初期以前は飢餓も、江戸時代には4大飢饉と言われるような大飢饉も発生。


中でも1782〜87年の天明の大飢饉は、最悪級に酷かった。この期間、1783年(天明3年)と1786年(天明6年)の天候はズタズタに悪く、天明の大飢饉をひどくした元凶だった。(冷害だけでなく、1783年は浅間山の大噴火もあり)


だが、この大飢饉は天災が原因であったものの、幕府と藩の失政による人災の面が大きかった。


天明の大飢饉より約30年前、1750年代に宝暦の飢饉があり東北地方が大被害を受けたが、時の将軍徳川吉宗は、東北地方を救う為、備蓄米を送付しかなりの人命を救ったので、確かに餓死者は出たものの、被害は最小限に食い止められたという。その為か、吉宗は"米将軍"と呼ばれている。(暴れん坊将軍ではないです)


だが1780年代幕府の権力者田沼意次は、農業より経済政策を優先。備蓄米を打ってカネに変え贅沢や見栄に使ったと言われる。東北の各藩も不作や凶作に備えた備蓄米を売却したり、江戸に送付してカネに換えていた。


特に地方の藩は借金だらけだったらしい。また、不作が予想され始めると米価は急騰したので、これ幸いにとさっさと備蓄米を処分して借金返済や、藩の見栄に使っていた。(かなりの見栄っ張りな藩が沢山あった)


いつの世も

「今だけ、カネだけ、自分だけ」

な者ばかりらしい。

(しかし白河藩の松平定信は、ストイックなほどの倹約家で備蓄米を処分せず、一般人を助けたので、白河藩ではほとんど餓死者は出なかったという)


だから、備蓄米の絶対量が不足し、1年で津軽藩だけでも30万人、天明時代が終わるまで餓死だけでなく、疫病の死者も含めて150万人ほどが死亡した。非常時に備えの筈の備蓄米を処分したのがいけなかった。


だが、最近の日銀、金融庁、政府は全くこれと同じことをやる蛮行に出た。9月22日の為替介入がそうである。


円安ドル高、円売りドル買いの為替介入は、わりと制限なく出来る。だが、あの時のような円高ドル安つまり、円買いドル売りの為替介入は「政府の所有する外貨準備高」を処分することでしか対応ができない。つまり弾数に制限があるのだ。しかも海外との協調介入でしか効果が出ない。単独でやっても意味がない。


外貨準備高は、今後ハイパーインフレや超円安になったとき、これを処分しないと海外から物資が輸入できなくなる。


小麦、大豆や飼料穀物、石油や天然ガスに鉄鉱石、はたまたウランといった一次エネルギー。更に半導体や家電、繊維など服。紙の原料のパルプ…書き出したらキリがない。それらが全て輸入できなくなったらどうする⁉️


火発も🔥原発も動かせなくなるなら、水力発電と太陽光や風力発電しか出来ない。今後来るであろう、非常時の為の外貨準備高を処分したことは、大失政でなくて何なのか❓


どうやら全て200兆ほどあるらしいが、そのうち3〜10兆円は為替介入に使っただろう。天明や天保の大飢饉の時、大事な備蓄米を処分してカネにしたのがより飢饉をひどくした。私はそれを連想した。


折角為替介入に使っても、今日現在既に為替介入前の水準にまで戻っている。いよいよジエンドが近い。


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