眠るのが何故か昔からイヤだった。


最近は疲れるほど仕事をしていないせいか、

ぜんぜん夜になっても眠くならない。

ただ雑誌の編集部に勤める友人ほど仕事をしていないことは確かだ。


寝ないということは必然的に、何かしていることになる。

だけどこの何かってのは、そんな格好の良いことをしていない。

ただいたずらに時を過ごすことがほぼ習慣になっている。


寝ることがイヤだということには深いわけも理由もない。

ただ単純に生理的問題なのであろう。


そういえば最近イヤなことってあまり意識することはないが、

生理的にいやなことがないといえばそういうわけではない。

おそらく無意識に嫌な思いをしないよう、

期待をしないとか考えないとかいった脳みその処理で済ましていることにふと気が付いた。


あえてイヤなことを考えてみる。


そういえば今から一年ほど前、

紹介で知り合った人に興味を持ちよく飲みに行って遊んだ。

彼/彼女があるとき教えてくれた性癖は私はどうしてもイヤだと言いたい類のものだった。


それは複数の人間でそういうことをするというものだった。


私にはこれに対する明確な理由、言葉で述べられない。

ただイヤなのだ。


その人は容姿端麗、気立て、機嫌も良い、私にとっては深くお付き合いしたい人だった。

がしかしである。

好事魔多しとはこの事か!?


なかなか思うようにいかぬ事があるのは理解している。

だからこそ、自分の観念に挑戦するように、

この場合も何度も受け入れてみようと思ったがだめだった。


どうして他人の目があると出来ないのか?


なぜ!?


暇があると人間はそもそもロクな事を考えないけど

私にとってはかなり切実かつ、ロクでもない問題だった。

こういった考えてもわからない事を考えるのは、結論から言うと無駄で不毛である。


さっさと次のことを考えて行動に移すほうが身のためである。

しかし私はこれをものにしたいと強く願った。

わかるとかわからないではなく実際に行動を起こしてみようと決心した。


だがそれは、肝心な相手もう既に私の元を去った後だった。

何でもやればいいというもんじゃないけど、こうして運命の扉は開いたり閉じたりする。


一寸というほどの至近距離ではなかったが、結構覚悟は出来ていた。しかしそこにはタイムラグがあった。

実際に行動を起こすまでのタイムラグはどこにでも見受けられるが、

このラグの似た感覚に戦略を考えることがあると思う。


戦略を練る、組織をまとめる、といえばコーチだ。



フィルジャクソンはアメリカにいるとき初めて心のそこから尊敬した白人だった。

それは彼がひそかに禅を信奉していることと関係があったかもしれないが

一番の理由は彼のチーム、シカゴブルズを率いるその戦略があまりにも衝撃的だったからである。


当時マイケルジョーダンというすばらしい才能ある選手に恵まれてたにもかかわらず、

あえて彼の得点機会を減らすような戦略をとった。


トライアングルオフェンスという戦術を勝率を上げ強いチームを作るという目標のために彼は採用した。

すばやいボール回しで、どこからでも、誰でも点数が入るように攻撃を分散させるというのが彼のスタイルだった。

そして実際にマイケルの平均試合得点は減ったがチームの成績は毎年8割にも届く勝率を3年間にもわたって収め続けた。


この戦いぶり、そして圧倒的に勝利するチームを見て、

私はこのベースにある思想をただのファッションではなく座右の銘に近いものとして捉えた。

それは、チームスポーツは無私がベースになければならないということだった。


初心忘れることのないチームはそれはもう強かった。

それぞれがそれぞれの役割を果たす、

そこにはミューチュアルな信頼が選手間にあった。


美しいチームとこれを支えたコーチ、フィルジャクソン。


どうして3Pの話がこうなってしまうのか私にはわからない


おそらく私が私である限りこのなぜ?という葛藤はなくならない気がした。