年会、年忘れ

 

そんな年の瀬を感じる時期になってきました。

 

 

私自身は今年起きたコトについて

 

極力忘れたくない事

 

忘れてはいけない事

 

として書いておこうと思います

 

 

それは家族のコト

 

このブログやSTORYでも書いてきましたが

 

2016年はツボイ家にとって色々あった年でした

 

2月に長男の9歳の誕生日直前に入院

 

発達障害である彼は学校へ行かないどころか

 

発作がきっかけで母親への暴力が始まり

 

家族崩壊寸前

 

いやすでに崩壊していたところだったので

 

緊急入院に近いカタチで別々に暮らすことに

 

なったのです

 

育児で自信を失った嫁さんは生きる自信さえも

 

失い、義母義父との共同生活も2015年年末から

 

始まっていました

 

 

2月から7月までの入院生活

 

いい意味で長男と距離を置く時間

 

専門の病院でプロのアドバイス

 

が聞けたことで、文字通り自分を信じる

 

自信を取り戻すことができました。

 

今思えば離れ離れの時間は

 

僕や嫁さんだけではなく

 

次男(7歳)や長女(3歳)にとっても

 

兄貴はかけがえのない存在、家族なんだ

 

と教えてくれたような気がします

 

 

達障害というのは

 

目に見える身体的な病気や怪我ではなく

 

周囲にとっても非常に理解が難しい障害

 

 

誰だって集団行動が苦手だし

 

夜眠れない

 

朝起きるのが辛い

 

とか日々生きていれば

 

色々しんどいことはあるけれど

 

それを乗り越えて頑張ろう

 

と自分で踏ん張ったり

 

時には怒られてたりして

 

乗り越えていくものです

 

その過程が子どもから大人へ

 

成長させていくわけで

 

生きていくハードルは

 

だんだん高くなっていくもの

 

 

しかしそのハードルの間隔が

 

長男にとって短すぎるのです

 

 

この子にとって短すぎると

 

わかっていても

 

他の子や自分の子ども時代と

 

比べてしまうと

 

「なぜうちの子はできないのか

 

自分の育て方が間違っているのではないか」

 

と自分を責めてしまう。

 

 

「育児」という誰もができて当たり前

 

という世の中の考え方が母親を苦しめて

 

いるのかもしれません

 

発達障害の息子と育児ノイローゼの嫁から

家族の本当の幸せを教えてもらった話

 

の感想コメントを読む限りでは

 

同じ悩みを抱えている親が

 

相当数いるのではないか

 

と思いました。

 

 

そして育児のみならず

 

子どもに接する教育現場でも

 

等間隔で成長のハードルを

 

置いていくやり方でいいのか

 

 

いじめ、体罰などで

 

学校へ行っても地獄

 

になるくらいなら

 

学校へ行かないという選択肢

 

違う環境を用意することも

 

必要なのではないかと

 

考えるようになりました

 

 

子どもが入院することと同時進行でママが

 

ペアレント・トレーニング

 

を受講するようになりました。

 

 

ペアレント・トレーニングは

 

発達障害といった子どもの言動について

 

どう接したらいいかがわかるノウハウ

 

普通の子ではないと頭で分かっていても

 

気がつけば普通の子と同じように叱ってしまう

 

人との接し方なんてなかなか変えられるものではありません

 

そもそもの

 

「育児の考え方」

 

「子どもとの接し方」

 

を変える習慣づけが必要なのです

 

 

そしてその習慣づけこそが

 

育児と生きる自信を取り戻すトレーニング

 

 

我が家には目で見てすぐにわかる

 

長男の調子を知るサイン「信号機」が

 

並ぶようになりました

 

「信号」があることで助かったのは親だけでなく

 

次男や長女も

 

今日の長男は青信号だから一緒に遊べる!

 

疲れがあるのか機嫌が悪い黄色信号だから

 

今日は距離を置こう!

 

とか家族全体で

 

長男のコンディションを知る手立てを

 

掴むことができたのです

 

 

 

成長のハードル間隔が他の子どもと異なること

 

これを理解するのに我が家では9年かかりました

 

9年もなのか、9年しかなのかは誰にもわかりません

 

 

でも私にとって長男が成長しているという実感を

 

喜びに感じることができた1年で

 

あることは間違いありません

 

それが遠回りであったとしてもこれまでの苦労が

 

肥やしとなって我が家の生きる自信に変えてくれる

 

そう信じています

 

 

今週長男は頑張って月曜から木曜まで

 

学校へ行きました

 

木曜の夜に彼はこう言いました

 

「明日(金曜)も学校へ行きたいけど

 

行ったら疲れちゃって家で暴れるから休むね」

 

 

「頑張って一週間学校へ行ってみようよ!」

 

と私は口にするところでした

 

しかしその前に自分のコンディションを

 

把握している長男が週末に家族へ与えるトラブル

 

そのリスクを彼自身が防いだのです

 

彼の言った通り週末は穏やかに兄弟仲良く

 

遊んでいます

 

これからも長男の成長のハードル間隔を見誤らないように

 

見守って、そしてハードルを超えた時に

 

うんと褒めてあげたいと思います

 

 

長男が見せた成長のサイン

 

そのサインを見つけるには

 

できないコトを叱らずに

 

できるまでひたすら待って

 

できたことをとことん褒める

 

 

これが発達障害の子に対する接し方のコツだそうです

 

家族に限らず悩んで苦しんで、もがいている人にとって

 

ちょっとした見守りや褒めることが励みになったりするもの

 

 

私が見守れる人や褒める人は限られてしまうけど今年の経験は

 

育児以外でも役に立てたらいいなと思います

 

 

Facebookでの投稿やココで書く家族のことも

 

知ってほしいというよりは同じ境遇の人にとって

 

共感してもらうことがちょっとした勇気につながるのではないか

 

と考えているからです

 

 

2016年我が家にとっては

 

前半は怒ったり、哀しんだり

 

後半は笑ったり、楽しんだり

 

と文字通り「喜怒哀楽」の年でしたが

 

2017年と限らずこれからも家族全員で

 

成長のハードルに挑み、飛んで乗り越えた時には

 

みんなで喜び笑いあいたいな、と

 

引き続きツボ家の喜怒哀楽ストーリーに

 

付き合ってやってもらえるとこれ幸いです。

 

 

 

最近はどうも何かしら書いてないと

 

落ち着かない

 

これが師走ならではの

 

振り返り病

 

なのだろうか。

 

 

今年もあと何ヶ月とか

 

その時々でどうも時間に追われている

 

ような錯覚に囚われるのは

 

気のせいかな

 

 

Twitterでつぶやいてないと気が済まない

 

Instagramでイケてる写真が撮れないと

 

苛立ってしまう

 

Facebookで何かしらイベント参加を

 

レポートしたい

 

 

記録に残すことばかりが先走って

 

発信する内容が伴っていないなんて

 

本末転倒になっていないか

 

もうすこし地に足つけた生活にしたいものである

 

 

そういえば映画「君の名は。」を見てきた

 

長男と二人で。

 

すでに今年のヒット番付にノミネートされてから

 

見にいくのはどうかと思うが

 

自分の目で見るのはやはりいいことだ

 

そしてしっかり号泣してきた

 

シン・ゴジラもそうだけど映像と音楽がシンクロ

 

するのは見ている心を揺さぶられる

 

映画の主題歌って結局ラストに流れるだけ

 

みたいな使われ方が多いけど

 

好きな歌手、旬なアーティストなんかの音楽が

 

映像とマッチするとファンからするとたまらないし

 

それは完全にライブになる

 

この映画でRADWIMPSのファンは多いに喜んだだろうし

 

新たなファン開拓にもなたのではないだろうか

 

現に私も好きになった

 

 

シンクロするのは映像と音楽だけではなく

 

いつか運命の人と出会う、再会する

 

「同期」というのは人間、いや

 

生き物の最大のテーマで

 

あるような気がします

 

とかく現在の若者は

 

結婚しない、彼氏彼女を欲しがらない

 

なんて言われますが

 

形式だけの「同期」ではない

 

本当の自分に「同期」される

 

何かを求めているのかもしれません

 

 

これから話題になるモノ/コトの

 

ポイント

 

「同期できているかどうか」

 

と考えると感動を作り出す

 

コンテンツのヒントが

 

あるのかもしれません

 

ンゲージメント

 

という言葉

 

SNSに長く携わっていると

 

割と定着してきたかなぁと

 

思っていますが

 

一般のひとからすると

 

まだまだピンとこない

 

というのが実情ですよね。

 

 

ブランドやキャラクターの「ファン」

 

ファンという言葉はもともと馴染みの

 

あるキーワードだから

 

ファンの指標がSNSによって

 

より見えやすくなったとも言えます。

 

「エンゲージメント」の言葉を辞書で引いてみると

 

1 約束。婚約。

 

2 広告などの各種マーケティング活動において

 

顧客の興味や注意を引きつけ

 

企業と顧客の結びつきを強めること

 

エンゲージリングの「エンゲージ」は婚約なんですね。

 

 

企業におけるエンゲージメントは

 

個人に置き換えてみると何になるのかな

 

と、ふと考えて見たのですが

 

Facebookでの誕生日おめでとうコメント

 

これが一つの指標になるのかなと思っています。

 

もちろんFacebookでの投稿への「いいね!」といった

 

アクションもその名の通り

 

エンゲージメントにあたるわけですが

 

すでにFacebookで発言する人は

 

減少し、限られていますから

 

誕生日コメントしてくれる人=関係が深い人

 

と言えるような気がします

 

誕生日の翌日Facebookもコメント動画

 

作ってくれたり

 

関係性が見えるコト/モノ

 

は気持ちいい

 

安心感のような心地よさを

 

与えてくれるんじゃないのかなと

 

思います。

 

だからこそ「SNS疲れ」という

 

象徴的な言葉も生まれるのでしょう。

 

 

日頃SNSで常にアウトプット

 

Twitterは「つぶやき」ですから

 

するようにしていますが

 

「いいね!」というよりは

 

コメントしてくれる人は

 

ありがたい存在だなと

 

思っています。

 

「いいね!」=既読のお知らせ

 

と認識されてる方も

 

きっといるでしょうから

 

自分の出したお題が

 

会話のネタ=コメント

 

として反応してもらえるのは

 

自分の視野が広がるとともに

 

「巻き込む快感」

 

を味わいながら

 

ブログという名の自分なりのコンテンツに

 

できる素材となっています。

 

 

自身によって他者からのコメントが

 

いろいろな視点やコンテンツの元となる

 

と考えた場合

 

企業やブランドのSNSのあり方

 

つまりエンゲージメントは

 

どうなるのでしょうか

 

「いいね!」の数やファン数こそ

 

スケールの指標になるものの

 

そこに声という名の熱

 

感じることはできません。

 

↓はSHARPのTwitterアカウントのツイート

 

企業活動としては全く関連のない発言

 

いやむしろ炎上覚悟の危ういアウトプット

 

ですらありますが

 

話題とすべき全うな意見を出す

 

(もちろん全うかどうかは人それぞれですが)

 

ここでは「いいね!」の数を求める投稿と

 

いうよりは1企業=1個人に近い

 

企業活動のポリシーとしての熱を

 

感じることができます。

 

 

今後企業SNSアカウント、

 

つまりブランドとして生き残るには

 

波風すら立たない(話題にすらならない)投稿を

 

続けるのはもう辞めて

 

コメントを恐れず時には

 

腹を括らないといけない

 

そんな覚悟がいるような気がします

 

俗にいう写真投稿だの参加型コンテンツ

 

という名の「参加」を募って企業コンテンツに

 

するのであれば普段からコメントされるべく話題を

 

提供できているか、それくらいの緊張感を

 

保てているのか

 

それはただ「傾聴」というだけの調査ではなく

 

会話のネタとなるべくコンテンツになっているか

 

普段会話すらできないのに突然「SNSで参加して」

 

にはムリがありますよね

 

 

目安箱を置くのはSNSによってカンタンになった

 

のですが、その目安箱にどう参加させるのか

 

ここをもう少し考えていかないとなぁと

 

日々思いを巡らせ、今日も何かしら発言していきたいと思います。

 

 

 

 

 

コメントという点ではFacebookよりもTwitterの方が

 

適しているから企業垢という点でTwitterの方が面白いし

 

だからこそ今回の身売りはすごく気になるところ、

 

うまく着地してほしいなぁ。。。

 

 

 

 

近、過労死やら自殺のニュースが

 

やけに目立つのは気のせいだろうか。

 

 

秋風が冷たく冬の足音を感じるからこそ

 

寂しいニュースに敏感になってしまうか

 

それとも自身のココロの状態が芳しくないのか

 

 

「悲しい」だけで片付けられない

 

自分を追い込んでの「死」

 

自分を殺すとは本当に怖い言葉だ

 

神様が決めた寿命があるとするのなら

 

その定めを放棄した分が

 

周りの人たちに

 

自分にできることはなかったのか

 

と自問の責という名の重み

 

になってしまう

 

そんな気がします。

 

 

悲しいニュースを聞くたびに

 

その人にとって

 

「逃げ場」

 

はなかったのか

 

と想像してしまう

 

逃げ場と文字にすると

 

負けてる感がしてしまうので

 

逃げbar

 

としてみるとどうだろう

 

 

別に飲み屋的な

 

大人の隠れ家である必要はない

 

ボクにとっては

 

SNSだってある意味

 

"逃げbar"だし

 

好きなアーティストのコンサート

 

お笑い番組を見ること

 

特定の場所である必要もなく

 

自分の時間がきちんと確保

 

逃げてもいい状況

 

を作っておくことが大事

 

 

震災がきっかけでつながった

 

宮城県気仙沼も自分にとっては

 

大切な逃げbar

 

と言えるのかもしれない。

 

 

こうやって書くと逃げてばかり

 

だが今はそれが必要なのだからしょうがない

 

 

たまたまこのブログを書いている日が

 

誕生日になったが、生まれた日だからこそ

 

生き続けるための逃げ場

 

大事にしていきたいと思う

 

そんなわけで今のボクの逃げ場は

 

エレカシ

 

10代から聴いているエレカシは

 

僕にいつも勇気をくれる逃げ場を

 

作ってくれている

 

本当にありがたい存在だ

 

 

界の終わり(セカイノオワリ)

 

通称「セカオワ」のライブに行ってきました。

 

 

今回はファンクラブ限定のチャリティーライブ

 

動物殺処分ゼロ支援プロジェクト

 

ということで今の人気ではなかなか

 

見れない@東京国際フォーラムという

 

ちょうどいい塩梅の箱で

 

運良くチケットを取ることができました。

 

来年はドームツアーを控えている

 

といえばその貴重さは伝わるのではないでしょうか

 

 

 

ライブはいい意味で

 

チャリティー感

 

を感じさせない演出

 

あえて

 

ノーコンセプト

 

というか

 

セカイノオワリの世界観は

 

今まで出してきた楽曲を

 

組み合わせて演奏することで

 

自然と伝わるんじゃないか

 

今回は

 

ファーストアルバムEARTH

 

からの選曲が多かっただけに

 

セカオワ自体の

 

原点回帰

 

でもある場なのかな

 

そう感じました

 

 

英語の歌詞を出したり

 

海外でライブをしたりと

 

どんどんバンド自体が外へ

 

且つ大きなスケールへ向かう

 

今だからこそ一度

 

内にベクトルを向ける

 

機会を作ってもいいんじゃないか

 

ファンとしてはそんな受け取り方を

 

しました

 

慣れない(笑)長いMCの時間では

 

メンバーの仲の良さが

 

ビンビン伝わったし

 

そんなメンバーの日常会話を

 

さらけ出せるライブも

 

セカオワには必要な気がします

 

 

そうでなければ

 

ピアノのSAORIちゃんが歌ったり

 

「夜空ノムコウ」などを

 

カバーすることなんてないんだろうなって

 

 

 

 

 

ボクがセカオワを知るきっかけに

 

なったのは夕暮れ時に車のラジオから流れてきた

 

「虹色の戦争」

 

人間以外の生物目線の悲痛な叫び

 

というどえらい世界観の歌詞だなぁという

 

印象だったのでそれが生で聴けたのは

 

よかった

 

まさに人間の都合で殺されなくてはいけない

 

ペットの現状がすでにこの歌詞に込められている

 

ような気もします

 

 

 

最後は生で聴いたからこそ改めて

 

心に響いた歌詞をまとめていきます

 

 

「死の魔法」

 

”HELLO「今」あなたは「僕」なんでしょう

 

「今」僕がいるこの「今」という世界

 

あなたはもうひとつの僕なんだね”

 

 

 

「Hey Ho」

 

”汚れた荷物 笑えるくらいゴミみたい

 

でもどうしようもなく 大切で”

 

 

さて次は来年のドームツアーですね

 

これからも多忙を極めるであろうセカオワ

 

おそらく次のツアーは

 

ここぞとばかりにコンセプトバリバリの

 

世界観を見せつけてくれるんだろうと

 

期待しています

 

 

<セットリスト>

セカイノオワリ  2016/10/9 @東京国際フォーラム

 

1.死の魔法
2.ANTI-HERO
3.スターライトパレード
4.PLAY
5.となりのトトロ(カバー)
6.虹色の戦争
7.Home
8.世界平和
9.夜空ノムコウ(カバー)
10.炎の戦士
11.青い太陽
12.RPG
13.Hey Ho

 

アンコール
14.インスタントラジオ

 

 

 

 

キングオブコント2016はライスの優勝

 

と相成りました

 

 

ここからはただのお笑い好きの戯言

 

として聞いてもらえたら

 

と大変ありがたいのですが

 

毎年M−1だのR−1といった

 

お笑いショーレース

 

は審査において色々と物議を

 

醸してしまうわけなんだけど

 

キングオブコントに関しては

 

昨年から松本人志、さまーず、バナナマン

 

の5人となって今年もそれが継続されました。

 

過去予選敗退した芸人さんたちが審査するという

 

謎の審査方法で路頭に迷いかけたキングオブコント

 

だったわけですが

 

ようやく落ち着いて

 

見れるお笑いショーレース

 

になったなぁと思ったわけです

 

毎年M-1の敗者復活、R-1の予選を

 

見ているお笑い好きなので

 

上から目線ですいませんm(_ _)m

 

 

審査が固まってきたからこそ

 

言わせていただくのですが

 

今年は全体的に

 

ちょっと物足りないネタ

 

だったなぁと思っていて

 

優勝した「ライス」はもちろん順当通り

 

だったのだけど

 

その理由は

 

 

ネタがテレビ寄り

 

 

となっている

 

いやテレビで放映する以上

 

そうならざるを得ないのですが

 

今年は特に「天丼」(風)と呼ばれる

 

同じ展開のセリフを繰り返して

 

笑いが増幅していくネタが

 

高得点だったような気がします。

 

 

それは昨年のロッチの試着室ネタが

 

大爆笑をとった(現に最も高得点ではあった)

 

ということも多いに関係しているのだけど

 

特に審査員がテレビを中心にコントを作ってきた

 

芸人として のし上がってきただけに

 

(実際舞台でもやっているだろうけど)

 

審査員自身が

 

「このネタ(台本)をテレビで自身が演じてみたい!!」

 

そんな演者視点が多いに得点に反映されたのではないか

 

と思っています。

 

特に松ちゃんは「○○してくれ〜〜い」

 

とすぐにコメントしていたけど

 

言いたくなってしまうセリフ

 

=これはもはやギャグに近い

 

のも

 

TVのお笑いショーレースの特徴

 

でもあると感じたわけです

 

 

バイキングの「なんて日だ!!」

 

もある意味ギャグ化しているけど

 

個人的にはその一個前のネタ

 

自動車教習所

 

が大好きで、これが前段にあったからこそ

 

今の小峠の活躍があるのだと

 

確信しています

 

 

 

今回得点上位になったのは

 

人質ネタ

 

奇しくも「かまいたち」も

 

そうだったわけですが

 

ライスに関しては普通は人質を取る側が

 

優位なはずなのに人質になった側が要求

 

そしてそれがエスカレートしていくという

 

ちょっとした「ズレ」が笑いを生み出していく

 

いわゆる発想の勝利だったと言えるわけです。

 

 

 

一方で「かもめんたる」「ななまがり」

 

のような

 

オリジナルのワールド

 

を持ったコントは逆に観客が悲鳴を上げてしまうほど

 

演技に引き込まれてしまうという悲劇から

 

笑いが起きないという

 

コントの面白みである

 

シュールさが評価されない

 

のももったいないなぁと思うのです

 

「シュール」はある意味わかる人だけ分かればいい

 

という世界観でもあるので

 

シュールとテレビで伝える笑い

 

が相容れるのは不可能

 

であることは重々理解はしているのですが。。。

 

 

シュールな笑いがもっと見たいと

 

視聴者が置いていかれるくらいの笑いが

 

見たいならその芸人さんの舞台を

 

見にいけばいいのだけど

 

キングオブコントをきっかけに

 

舞台芸人が改めて脚光を浴びる

 

そのチャンスになればいいなと

 

思っています

 

特に私はキングオブコントで

 

さらば青春の光が好きになったし。

 

 

最後にキングオブコントがもっと面白くなるには

 

という提言で締めたいと思うのですが

 

審査員に

 

・ウッチャン

・イッセー尾形

・大竹まこと

・志村けん

・劇団ひとり

・小籔千豊

・東京03

 

 

あたりのリアルタイムで舞台やコントを

 

作っている芸人さんたちが出てくれると

 

仮に優勝できなくても

 

審査員きっかけで芸人さんたちが脚光浴びて

 

仕事が増える=芸人が続けられる

 

みたいなことにならないかなあと思っています

 

松ちゃんあたりキングオブコントで

 

気に入った芸人と飲みに行ってそうだけどね

 

 

せっかくお笑い芸人を目指したのであれば

 

芽がでる舞台がもっと増えたらいいなと

 

願っています

 

改めてですがただのお笑い好きの戯言

 

として受けとってもらえたら幸いです

 

 

 

告はやっぱり面白いなぁ

 

正確には「宝島社の」広告は、、、ですが

 

そう思えたのは

 

先日9月29日に掲載された

 

日経新聞の見開き広告

 

 

すでに新聞を開く前にネットニュースで

 

禊(みそぎ)広告

 

なんて色が付いた伝わり方を

 

していたので

 

じぶんがこの広告をどう思い、感じるか

 

を体感するため

 

広告を見るためだけに

 

日経新聞を購入したのでした

 

 

だってデジタルでは↓↓↓のような画像でも

 

 

新聞だとこんなに違う

 

ボクの写真の撮り方のせいでお尻まで

 

出しているようにさえ見える(笑

 

 

新聞は主に前日起きたニュースがあり

 

コラムがあり、作家の連載があり

 

そして広告があり、

 

そんなコンテンツがほぼ毎日読める紙の情報源

 

まさに元祖「読む」メディア

 

 

 

 

広告業界では

 

新聞=信頼されるメディア

 

として認知されているからこそ

 

元旦にはたくさんの企業が

 

年始挨拶や所信表明をしている

 

 

個人的には、新聞広告は

 

企業が襟を正して伝えるメッセージ

 

だと思っているからこそ

 

今回のベッキーを起用した

 

宝島社の広告

 

あくまでベッキーの広告ではない

(当たり前だけど)

 

そしてそれが新聞、読売や朝日新聞ではない

 

主にビジネスパパーソン向けと言われる

 

日経新聞を使ったこと

 

そのメディア選定

 

ベッキーを使うという表現のセンス

 

を深く考えたいなと思うわけです

 

 

あたらしい服を、さがそう

 

 

についての解説は宝島社HPにて

 

秋という衣替えの季節

 

服で心もカラダも

 

心機一転、再スタートしたい

 

この言葉にぴったり過ぎる人選

 

とさえ思わせるの広告の妙であり

 

面白さでもあると思うわけです

 

 

言うても宝島社の新聞広告は

 

過去何度も物議を醸し出してきた

 

いわばこの時期広告業界の風物詩

 

みたいなものですから

 

「今年はこうきたか〜〜」

 

なんて思ってしまうわけです

 

過去の宝島社の広告はこちら

 

いい国作ろう、何度でも。

 

雑誌や本を世に送る出版社が

 

同じ紙の新聞メディアを作って

 

メッセージを発信する

 

 

そしてそのメッセージ(広告)が

 

常に話題を作り

 

物議を醸すニュースになる

 

 

ファッションや流行、トレンド

 

を作る「先読み」が武器な会社

 

こその絶妙な広告表現

 

だなぁと感心したのでした

 

新聞広告の掲載前日はちょうど

 

日本ハムファイターズが優勝しただけに

 

大谷くんと宝島社にあっぱれ!

 

と思えた日なのでした

ふとなぜかとある一曲が

 

今の心境にぴったり寄り添うとき

 

ってありますよね

 

 

これも秋のせいなのだろうか、、、

 

少々センチメンタルになる秋の夜長に

 

勇気をくれる音楽と歌詞を3曲ほど

 

ピックアップしてみました

 

 

「人生」のこと

 

あまりにも問題ばかり起きるから

 

難問解決プログラムかと

 

思っていたけれど

 

気づいたんだ

 

「プレゼント」みたいなものなんだって

 

何十年か好きにて生きていていい

 

特別なプレゼント

 

 

 

1万回ダメでかっこ悪くても

 

1万1回目は何か変わるかもしれない

 

 

幅広い心を

 

くだらないアイデアを

 

軽く笑えるユーモアを

 

うまくやり抜く賢さを

 

 

 

 

 

たまには音楽に背中を

 

押してもらうのもいいかもね

 

みなさんの今の心にフィットする3曲は

 

何ですか???

 

DJつぼつぼでした♫

 

こんにちは

 

カフェに行くと無駄にシャレオツな写真を

 

撮ってしまう坪井です。

 

暑さも多少和らいできたなぁと

 

思いたい秋もこれだけ週末に台風が来ると

 

呪いたくなる季節になってしまいそうですが

 

みなさんいかがお過ごしでしょうか?

 

 

妙な挨拶風な書き出しですが

 

ボクは正直あまり体調は良くないです

 

この時期我が家は夏バテというより

 

夏の疲れが漏れて出てくる頃、

 

夏休み、子どもと過ごす時期が長くなれば

 

それだけ親の負担は厳しくなるもの

 

ボク自身、今年もなが〜〜い夏休みは取らず

 

週の半ばやらに休みを刻んで

 

ママの子どもと過ごす時間と負担を減らす

 

そんな夏の過ごし方がここ最近は続いています

 

なので夏の終わりは学校の始まりとともに

 

今年の夏休みも乗り越えたぞ〜〜〜

 

ってちょっとした安堵が体調を崩したり

 

してしまうんですよね

 

 

 

まぁそれでも近場の家族旅行もして、

 

それなりに楽しんできたのですが

 

発達障害の子を持つ親はどうしても

 

子の言動を気にしすぎてしまうもの、、、

 

この過剰反応が無駄に疲れてしまうんですよね

 

子が成長していないわけではなく

 

あくまでそのペースが他の子と違うだけ

 

その事実は分かっていても

 

他の子と比較してしまう自分

 

に嫌気がさしてしまう

 

それが毎日の生きる自信をも

 

失ってしまう

 

そんな気がします

 

 

「親と子の関係性」

 

これに答えはきっとないんでしょうけど

 

自問自答ばかりしていてもいけませんね

 

 

最近はあえて子どもには気を遣わずに

 

時には子どもよりも子どもになっている自分がいる

 

恥ずかしい限りですがそうでもしないと

 

やってられませんのであまり制御しすぎないようにも

 

しています

 

 

俯瞰で観察ばかりして

 

子どもの言動を

 

耐え忍ぶように見守るには

 

限界がありますから

 

 

ときには吠えることだって必要

 

だって人間だもの

 

 

いや

 

吠えないとやっていれないのは

 

犬の代弁でした

 

 

 

犬だってきっとやってられない日もあるよなぁ

 

ということで今年の家族旅行は

 

我が愛犬も連れていきました

 

楽しんでくれたかどうかは不明ですが。

 

 

 

「吠える」

 

といえば子どもたちと

 

シン・ゴジラを見てきました

 

 

ええ、ハイ私は2回目です

 

1回目はレイトショーでひとりサクッと

 

見てきました

 

シン・ゴジラを見た友人に聞くと

 

何度も劇場に足を運んでいるようですが

 

子を持つ親としてはシン・ゴジラに

 

我が子がどんな反応をするか

 

そんな見方でリピーターになっている

 

パパも多いのではないでしょうか

 

 

案の定、映画館では途中で

 

「トイレ行きたい」

 

「腹減った」

 

と喚き、予想通りに

 

頭を悩ませてくれた我が子ですが

 

今回ばかりは私が連れてきたわけですから

 

どうにか耐え忍んで

 

最後まで見てもらうことができました

 

 

映画を見た後は

 

「ゴジラが来たらどうする?」

 

といった会話が自然と生まれ

 

平日にゴジラなんかが来たら

 

パパは家に帰れないから

 

ママと娘を守るのはお前ら兄弟だぞ!

 

なんてこの期に及んで責任感を

 

押し付ける話もしてやりました

 

どこまで本気で伝わったかはわかりませんが

 

ゴジラのおかげ防災の重要性を考える機会に

 

なった、そんな気がします。

 

 

いっそのこと、我が家の問題は

 

ツボタケ作戦

 

とか呼んで対処するように

 

しましょうかね

 

何を言っているんだか。。。

 

 

何はともあれこの運命を受け入れて

 

立ち向かって行きたいものです

 

 

さてはて今度「君の名は」を見たら

 

同じパターンになるのでしょうか

 

でも自分が感動したものを一緒に

 

子どもと共有(強制?)できるまで

 

育ってくれたのはありがたい事かもしれませんね

 

 

一緒にビールを飲むまではあと10年ほどか

 

これが長いのか短いのか

 

その日まで楽しむしかないようですね

 

 

を読む価値は

 

その1行に出会えた瞬間にある

 

と思っていてすごく内容が良かったとしても

 

結局その言葉が思い出せなかったら

 

忘れてしまう、そんな気がします。

 

「自分の人生は誰かの人生ではないの。


そして誰かの人生も、自分の人生ではない。」

 

今回久々に心にズシリときた言葉

 

西 加奈子さんの直木賞作品「サラバ」より

 

上下巻のハードカバーで実は読了自体1ヶ月

 

かかっていたんだけど下巻に入ってからはあっと

 

いう間だった。

 

上巻は正直なんとなく淡々と読み進めていたのだけど

 

主人公が大学生になってからが妙に面白かった

 

少し村上春樹テイストが入ってきた感もあったけど

 

さすがそこは女性作家ならではの視点

 

先の人生に関しての言葉も主人公の姉が

 

放ったセリフなんだけど、もうこの姉が散々なキャラ

 

だっただけに言葉の重みがズシリとくるわけです

 

その言葉単体だけ見るとなんてことはない一言なんだけど

 

物語が紡ぐ過程の中だと感じ方は全く変わってくる

 

そういえばアメトークでも紹介されてましたね

 

秋の夜長にオススメの一冊ですので良かったら是非

 

そろそろ文庫になる時期じゃないかとも思います

 

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オススメといえば今更ですがようやく

 

シン・ゴジラ

 

見てきました

 

広告の仕事をするならヒットしている映画は見なさい!

 

と言われ極力見るようにはしているのですが

 

最近はFacebookでの絶賛度がかなり高かったので

 

全くゴジラに興味がない私でも

 

さすがに見てきましたよ

 

友人の何回も見に行くリピーターの多い理由が

 

わかった気がします

 

 

それにしても庵野秀明は凄い人

 

同じ時代に生まれたことに感謝できる人と

 

言っても過言ではないんじゃないかな

 

そんな人はあとイチローとか

 

 

それにしても最近はFacebookで3〜5人くらいが

 

(広告ではなく純粋に)ポストしていたら

 

かなり確度の高いレコメンドメディアになりつつありますよね

 

さっきの本もFacebookで紹介したら

 

「読みます!」なんてコメントしてくれた友達が

 

いたけどオーガニックに投稿したくなる

 

それは例えばゴジラの公式Facebook投稿をシェアする

 

とかではなく純粋に出会ったコトが書きたくなる

 

その想いがバイラルされていく

 

映画や本といった作品ほどソーシャルメディアの関係は

 

もっと深くなれる、そんな気がします

 

 

夏の暑さも少し和らいできた秋に

 

本なり映画なり音楽なりのクリエイティブ鑑賞を

 

通じて暑さで煮詰まったアタマとカラダを

 

クールダウンしても過ごすのもいいかもしれませんね