バカリズムと真木よう子さんが出ている


白い金麦のTVCM


の距離感がどうにも気になる

ただお酒を飲みましょう

と言っても差別化できない中で

広告では

誰と飲むか、つまりは「関係性」の演出が
必要になっているんだと思う

そんな象徴が本家金麦だったりするのだから
この白い金麦はまさにその延長線




檀れいさん以外でもやはりその関係性にリアルを
追求しているように感じる




関係性の表現にしても

バカリズムを使ってのちょっとした違和感

のような変化球を使うことが広告のおもしろさ

だったりする


バカリズムでなければ、こんな風に親子の
微妙な関係を表現したりするのもおもしろい



さすがサントリーってカンジですね



今日は偶然にも

取材するお仕事と
取材されるお仕事

のふたつが重なった日でした

取材といっても固いイメージではなく
私の場合は相手の話を聞くこと

以前読んだ、阿川さんの著書「聞く力」に近いイメージ

阿川さん自身、話を聞く際にはあまりテーマを決め過ぎず
話の流れの中で相手が気持ちよく話をしてもらうことが最善
と言っていて、結果阿川さん自身がしゃべり倒して終わってしまう

みたいなことを書いていたが、私自身にもかなり当てはまっていて
(もともとは話好きなので)

でもそれが相手との会話の中で生まれる意外な視点だったり
発見があったりするので阿川さんの話の聞き方が非常に
参考になっています

取材した方も取材された方もまた後日こちらで報告させてもらいます

前回、人脈と金脈と文脈のことを書きましたが
話を聞いたり、聞いてもらったりすることで大事なのは

脈略

だなと思う


会話の流れの中のたわいのないことやちょっとプライベートな
質問にしてみることで、思わぬ核心につながったり、
自分でも気づかなかったことの発見になったりするのは
おもしろい

脈はまさに「つながる」ものだし
金脈を発見するとかいうように「見つける」要素も
多々ある

それはプレゼン前のオリエンテーションでの
ヒアリングとはまた違う

でも問題解決には必要なことでもあったりする

こういった聞く機会をいつでもできる関係作りって
大事だなって思います


この前フリーになった大学の後輩と
話をしていて

大事なのは

文脈

だけではなくて

人脈と金脈

の3つが、
しかも同時にないとダメだなぁと
思った

正確には

人脈 → 金脈 →文脈

の順かな

ひとりではなにもできないし、

かといってお金のないところだけでは

世界が広がらないし(マーケットにならないし)

このふたつがあって、カタチになっていく過程が

文脈を初めて語れるのではないかと。

人とお金があってのブランドだし、ブランドストーリーが

文脈だともいえます

なが~いお休みがありましたがふと感じたことでした



↑は本日「こどもの日」の朝日新聞

前回のテルマエロマエに続いて「いいね!」な新聞広告

朝日新聞は質問ドラエもんがあったり

子ども向けに何かをやっているからこそ

こういう特集も組めるんだと思います


ちなみにうちの子も新聞でドラエもんを
探していて効果は実感していたりする

さてはてそんな我が家の一般家庭と同じように

こどもの日を満喫

アンパンマンよりも長男の頭の上の
おじさんが気になりますがそれはさておき・・・

近くの児童館で催しものがあったひとコマなんですが
そこでは人形劇をやっていて

まぁ森の動物たちがチカラを合わせて
大きなカブを取るという一般的な童話だったわけですが

そこで我が兄弟は

大爆笑

しているわけです
もちろん他の子ども達は静かに聞いていて
笑っていない

でもうちの子たちだけが笑っている
しかも大笑いしている

私も「笑うな!」と怒るわけにもいかず

なんでかなぁ~どうしてかなぁ~

なんて稲川さんみたいに考えていたのですが

人形劇の中で動物たちの掛け声で
笑っているのです

その掛け声は

うんとこどっこいしょ

たぶん

「うんこ」とどっこいしょ


と聞こえて笑っていたんでしょうね

まったく自分の子らしい発想で
情けないやらうれしいやらの
子どもの日でした

なにはともあれ今年も笑って過ごせならいいか


前回、

朝日新聞での映画テルマエロマの新聞広告コラボ

がありましたが今回はテレビCMをば。






他にCMがあるのかは不明ですが
twittetr上でも

上戸彩がエロイ!

なんてつぶやきもあったので
映画も見てきましたにひひ

映画館でもらえた冊子

$tsubotsuboのユーモア日記~ソーシャルな広告&イクメン生活~-テルマエロマエ 映画

中はこんなカンジ


$tsubotsuboのユーモア日記~ソーシャルな広告&イクメン生活~-テルマエロマエ 映画

感想としては、もっと笑える作品と
思っていたせいもあって
その期待を超えることはなかったです

上戸彩もよかったけど、モテキの長澤まさみ程
のインパクトでもなかったかな

笑える映画だと三谷さんとか期待してしまったのが
いけなかったのかも

でもローマ人を日本人キャストがしっかり
演じることができた

というのは日本人だって彫りが深い

と外国にアピールできるのでないでしょうか

是非フランス人にこの映画を見てもらって



日本人はわかってねぇなぁ



とか言ってもらいたいところ

これをきっかけに阿部寛にも外国のスクリーンで
活躍して欲しいですね

まぁこんな風に映画を見た後にいろいろと
感じることができるのは

やっぱ映画はいいものだと痛感できる


映画を見るとテレビCMの阿部ちゃんの

「平たい顔族」のセリフにプッときてしまうのも

映画CM効果でしょうね

こんな本もあるそうで温泉も行きたいいね

るるぶテルマエ・ロマエ (JTBのムック)/著者不明

¥720
Amazon.co.jp




今年のゴールデンウィークは漠然と

福島へ行こう

と思っていました

んなわけで子どもも満喫できた
スパリゾートハワイアンズ

TVCMでは

きずなリゾート

と言っていますが

この「きずなリゾート」という言葉を
聞かなくてよい日が早く来て欲しいと願う

個人的には館内が基本裸足ということで
(前回ハダシのススメを書いただけあって)

はだしリゾート

だったなぁという感想

プールに温泉、そして帰りは大雨と
まさにびしょ濡れな1日でした

帰りは茨城県の絶景は初体県(笑
納豆好きにはたまりません

☆初体県もやってね

https://www.facebook.com/jtb.jp/app_272710779474248 





最近はめっきり
コンテキスト(文脈)のプラニング
について思考を巡らせています

そんなことを考えて本屋さんとか図書館を
巡っていたら上の三冊に出会いました

私が好きな小説家のひとたち
伊坂幸太郎、村上春樹、重松清
このお三方の文脈という名の物語について
興味深く綴っています

その中の特に自分が
はっとした
箇所を抜粋しておきます(備忘録として)


重松清さんより

>>

僕の場合、読者からの手紙で多いのが
「思い出した」というフレーズです。

「少年時代を思い出しました」とか
「死んだ母を思い出しました」とか
だから普段は忘れていても、小説を読むとか
何かのきっかけでふと思い出す。

悲しい思い出ややすせなさに包まれるけれど、
それはとても幸せな体験だって。
だから、お礼を言われちゃう。

>>

僕は「同感」してほしくないんです。
同感は、答えに対する同感なんだよね。
僕は「共感」してほしいんです。

共感は「共に感じる」とか、「問いが共有できる」
だから「同じように困っているいるよね、僕たちおじさんは」
ってところから一緒に出発して、僕が小説で出した解答と
読者の解答が違っていても構わないけれど
「出発点は同じだよね」というところを持っていたいな

>>

読者からの手紙という点では村上春樹は
こんなことを言っています
(以前も書きましたが)

>>

ときどき年若い読者から長い手紙をもうう。彼らの多くは
真剣に僕に向かって質問する。
「どうしてあなたに、私の考えていることがそんなにありありと正確に
理解できるのですか?こんなに年齢も離れているし、これまで生きてきた
体験も全然違うはずなのに」と。

僕は答える。
「それは僕があなたの考えていることを正確に理解しているからでは
ありません。僕はあなたのことを知りませんし、ですから当然ながら、あなたが
何を考えているかだってわかりません。もし自分の気持ちを理解してもらえたと
感じたとしたら、それはあなたが僕の物語を、自分の中に有効に取り入れることが
できたからです」と。

仮説の行方を決めるのは読者であり、作者ではない。
物語とは風なのだ。揺らされるものがあって、初めて風は
目に見えるものになる。
 


>>

重松清も村上春樹も共に読者に答えを委ねているというか
読者との距離感をわかっているからこそいえる言葉だなって

小説について村上春樹はこうも言っています


>>

(前段にジャスピアニスト(セロニアス・モンク)の引用をうけて

「新しい音(note)なんてどこにもない。鍵盤を見てみなさい。
すべての音はそこに既に並んでいる。でも君がある音に
しっかり意味をこめれば、それは違った響き方をする。
気がやるべきことは、本当に意味をこめた音を拾い上げることだ」)

小説を書きながら、よくこの言葉を思い出す。
そしてこう思う。
そう、新しい言葉なんてどこにもありはしない。

ごく当たり前の普通の言葉に、新しい意味や、特別な響きを賦与
するのが我々の仕事
なんだ。
と。そう考えると僕は安心することができる。
我々の前にはまだまだ広い未知の地平が広がっている。
開拓を待っている肥沃な大地がそこにはあるのだ。

>>

小説を書くということは、つまり物語を作るということであると
考えています。
物語を作るというのは、自分の部屋を作ることに似ています
部屋をこしらえて、そこにひとを呼び、座り心地のいい椅子に座らせ
おいしい飲み物を出し、その場所を相手にすっかり気に入らせてしまう。
そこがまるで自分だけのために用意された場所であるかのように、相手に
感じさせてしまう。それが優れた物語のあり方だと考えます。

>>

僕の小説が語ろうとしてことは、ある程度簡単に要約できると思います。
それは
「あらゆる人間はこの生涯において何かひとつ、大事なものを探し求めているが、
それを見つけることのできる人は多くない。そしてもし運良くそれが見つかった
としても、実際に見つけられたものは、多くの場合致命的に損なわれてしまっている。
にもかかわらず、我々はそれを探し求め続けなくてはならない。
そうしなければ生きている意味そのものがなくなってしまうから」

ということです

そして最後に伊坂幸太郎の言葉
震災後の心が疲弊した状態から


>>

三月下旬、まだ小説を書く気分にはなれなかったにもかかわらず、
何とか日常に戻ろう、と喫茶店でパソコンを叩いていたのだけれど
すると以前も会ったことのある男性が寄ってきて
「こんな大変はことが起きちゃったけど」と言った。
「また楽しいのを書いてくださいね」

うまくは言えないのだけれど、その時、僕は「ああ、そうか」と
思うことができた。
「僕は楽しい話を読みたいんだ」と気付かされた

もしくは、ネットに溢れる原発事故に関する情報に疲弊し、
「情報は僕を救ってくれない」と思ったことも関係しているのかも
しれない。さまざまな情報が世の中には氾濫している。

本当のことも多いのかもしれない。ただ、だからといって
震災以降の情報で、「知っておいて良かった」と癒されるものは
ほとんどなかった。むしろ心がくたびれ、陰鬱な気持ちになるものが
多く、まったく情報を気にせず生活をしていた人と僕とでいったい
何の違いがあったかといえば、僕のほうが不安でおろおろしていたという、
それだけのことではないか。

それならば、と思う。
それならば、小説を読んでいたほうが豊かな気持ちになれたのではないか
開き直りではあるけれど、フィクションにも価値があるのかもしれない
とその頃から少し思うようになった。

>>

自分が好きな作家の思うことや世界観を知ることは
そこに求める自分の物語を知ることにもつながる

重松清さんの「共感」
村上春樹さんの「物語を作る=自分の部屋を作る」
そして探し続けるの要素
伊坂幸太郎さんの「ユーモアの価値」

なにか新しいものに触れるのではなく、
そのルーツを知ることこそが新しい発見なのだと
気づかされた本との出会いでした


最近子どもと遊ぶときには 
裸足になることを心がけている 

なぜか??? 

子どもとの距離が近くなるため

ではなく

「私が気持ちいいから」 

である 

やってみると分かる 
この開放感と解放感 

できればそのまま缶ビールを

ぷしゅ

としたいところだが
それはガマンガマン

もちろん芝生のある公園に限られるが 
いつも裸足になった瞬間は 

おおっ! 

と声が出る 
・・・というか声が出ちゃう 

嫁さんからは 

う○ことか踏んだらどうするの? 

とか言われるが 

そんなリスクよりもこのエクスタシーに 
比べたら大したことない 

万が一裸足で踏んだのなら 

・・・ 

SNSで日記にするまでだ 

たぶん踏んだときには
逆に「おいしいネタができた」
と興奮している自分が容易に想像できる

そして子どもたちと一緒に裸足で 
遊び、一緒に風呂に入って 
そのまま寝かせる 

一石二鳥ならぬ 
一石四足くらいお得だ 

あえてデメリットを言うなら
靴を履くのが面倒くさくなること

そうしてまた休みの日は
ハダシスポットを探すわけである

初体県

【宣伝】ですがこんなFacebookアプリ を作りました

よくSNS系のアプリはただの客寄せパンダ的要素が多くて
(ファン数はKPIのひとつではありますが)
だからFacebookもタイムライン化にしたんでしょうけど

このアプリで

やっぱ旅っていいね!
日本っていいね!


というのが伝わればと思っています

今回のリリースで意識したのは以下の3つ

①広報との連携
②SNSの役割
③外国人に再び日本に来てもらうために


一つ目の広報との連携については、リリース文は以下なのですが
http://www.jtbcorp.jp/scripts_hd/image_view.asp?menu=news&id=00001&news_no=1535 


タイトルが

国内旅行の活性化にむけて

おすすめ旅行先の診断サービスを開始

これまでの訪問県(=経県)から旅行タイプを診断

今後のおすすめ旅行先(=初体県)を提案
「関東の箱入り娘」や「みちのくの放浪侍」などの称号
すすめ旅行先とあわせて2000以上のパターンを用意

内容についてはJ-castさんで詳しく紹介いただいています

タイトルからしてもただの話題つくりだけではない
会社として「国内の活性化」という言葉を使ってもらえたのは
紛れもなく

企業がSNSに真剣に向き合っていく

という意思表示

私もSNSをビジネスとして意識できるようになったのは
ここ最近ですが可能性という点ではまだまだできることが
あるのだと実感しています
それを広告主も理解している何よりの証拠

このリリースの時期もちょうどゴールデンウィークという
旅を意識するタイミング

でもニュースでは円高による海外ラッシュという
国内旅行市場の危機感、その解決にきっかけとしての
SNSの役割への期待でもあります

震災から1年たって、絆とは言われていますが
まずは日本人が日本を好きになってもらうこと

日本人が日本を「いいね!」と思えることで
外国人も再び日本に遊びに来てくれることに
つながるのではないかと本気で考えています
(だからこそ早く原発問題も解決させないといけない)

ということで是非みなさんにもこのアプリで
日本って「いいね!」って思えてもらえたらと願っています
https://www.facebook.com/jtb.jp/app_272710779474248 

以上宣伝でした

初体県

初体県












本日4月26日朝日新聞にて

よい風呂の日ということで

出ていたテルマエロマエの新聞広告

こういった新聞広告を紹介するのは

ONE PIECE(2009年)以来かなぁと思っていますが

さすがに7面も続くと
新聞を開く度に

「おっコラボか」

「おおっ まだあるのか」

「おおおっ ここまでやるか」

といった風に

新聞をめくることを楽しめる

というのは新聞広告のおもしろさであり、醍醐味だと思います

これは広告を生業にしているからこそ感じることですが

カタチにするのは涙ぐましい努力があるわけで
(もちろんそれが仕事だし、購読者からすれば大したことではないかもしれませんが)

運命的に「いいね!」って思える出会いを演出することも

広告には求められるだなぁと

広告の最適化もいいけれど、こういうカウンター的要素も

大事ですよね