どうも我が子どもたちは

何か買いたいものがあると 

買うまでの執着が凄い(ウザい)が 

手に入れた途端に興味がなくなっている気がする


買うという行動自体が花火のような

イベント

になってしまってるようで 


その目的が達成されたら次のイベントに移るような

そんな気がしてならない
(写真は花火を見上げる我が子)


さてはて、なんでそうなってしまったのかと考えてみるに 

マクドナルドのハッピーセットのせいではないかと 

思っている 

ハッピーセット症候群


ハッピーセットはだいたい2週間くらいの周期で

プレゼントが変わり 


その度にマックへ行きたいと「のたうちまわる」息子 

マックに行くまでは楽しみで、しょうがないが 

買って手に入れて車の中で遊んでからは

そのおもちゃも車の中に 
放置される始末 
(車の中で昼寝しちゃうというのもあるが) 

モノを買って貰うというサイクルが短くなってしまうと

貰ったモノに対する価値というより、

貰うことに執着してしまっているのではないか

そんな風に思っています

全然ハッピーじゃない状況

(これをハッピーセット症候群と勝手に呼ぶ)

に陥っているので

ハッピーセット禁止令

を出さないといけない我が家なのです


思えば私が小さいころにはファーストフードやファミレスに行く習慣

すらないわけで今は小学生だけでもそういった店に行くそうですが

自分の世代と比べても子どもの育つ環境は違っているんだなぁと

実感しているわけです
広告という仕事についてから漠然と

価格ではなく価値を伝えたい

と思ってきました

そのひとつの手段がSNSであり

価値=ファン

でもあるのだと実感してきました

twitterが出てきてからは企業のSNSは

キャラクター

を求められるようになったわけですが

Facebookの出現によって

写真による親近感の演出

が可能になった

言い方は悪いが今まで日の当たらなかった

仕事の裏方やそこで勝負する社員

それを紹介することで

光を当てることができるようになったのは

誰よりも所属する企業を愛する社員、またはその家族の

モチベーションにつながり

それこそが企業のブランディングなのだと思います

広告塔

という表現もありますが(今はあまり聞かなくなった?)

SNSによって

誰もが広告塔になれる可能性

否、広告塔ではなく

共感を生み出す集団

共感党

(どっかの名もなき政党みたいですが

という名のチームが今や企業SNSの役割なんだと

実感しています

企業が生み出すモノやコト以前に

それを創り出すヒトに焦点を当てることができるメディアに

していくことが自分が信じる価値なのかもしれません


最近はもっぱら

対話形式

の本ばかり読んでいます


なるほどの対話 (新潮文庫)/新潮社
¥546
Amazon.co.jp

夢で会いましょう (講談社文庫)/講談社
¥470
Amazon.co.jp

それは糸井さんと吉本隆明さんの

悪人正機

を読んで以来、

本のストーリーを楽しむというより

創作するひとの視点や考え方といった

発見を探しているような

読書になっています
悪人正機 (Καρδια books)/朝日出版社
¥1,260
Amazon.co.jp



印象的だった言葉は

こんなカンジで読みながら

パシャリ

よしもとばななさんと河合隼雄さんの話で

印象的だったのは

よしもとばななさんの

偶然性と生きる

という話

小説を書くために南米に旅をしたそうですが

ひらめきを頼りにして、自分の感度で

意外なところにパッと、きっかけが訪れる

言葉をつかまえる

といった表現をされていて、

私も決して小説家ではないですが

日々書くことの重要性を感じている中では

ヒントになったりしています

書くコツや習慣といったのはエッセイとかにあると

思うのですが、それが対話の中で著者自身も気づかなかった

答えやヒントが生まれるところに対談本のおもしろさがあります

イトイさんのほぼ日でも対談形式の連載が多いですが

SNSというコミュニケーションの場が栄えてからは

個人も企業も「会話」というよりも

意味を共有する対話

と理解した方がいいかもしれませんね

グランズウェルの企業戦略

傾聴→会話→対話→活性化→支援→統合

と会話の次に対話を入れる方がしっくりくるかもしれませんね

そんな最近の読書日記でした

今年の夏のテーマは

モノより想い出よりSNS!にならないように

といったところでしょうか

そのことはこんな風にも書きましたのでよかったら。





夏の表情はいろいろとあったわけですが

想い出に残った写真はSNSで投稿!

ではなくすべて写真に現像しました

でもその写真を巡って兄弟げんか

というオチもついたわけですが

カタチのあるものだからこそ生まれる想い出もあるわな

でもさすがに、こんだけ暑いとね

写真を撮られる子ども達も大変



夏バテにもなるよね



こういう写真こそリアル

でもやっぱり家族で旅はいいものです

そして日帰りではなく、泊まるのもね



旅は非日常ではなく、日常の延長だと思っていますが

常に充実した日常にするためには

旅は重要なスパイスだよね

親がしっかり子どもと旅していれば

虐待とかいじめはなくなるんじゃないかな

それくらい旅って子どもにとっても大事な時間だと思う


踊る広告

映画に合わせてコラボした広告を載せるというのは

ある意味、定番化してきたとはいえるが

こうやってカタチにすることの大変さは

分かるだけに凄いと思うわけです

踊る広告

踊る広告

踊る広告

踊る広告

踊る広告

新聞を開きながら、これだけの

踊る広告

が並べば、ワクワクするし
(嫌気が差しているひともいるとは思うが)

新聞を開くこと自体がおもしろくなるって点では

広告の存在感はまだまだ発揮できるのだと思うわけです

個人的には1枚目の

室井さん×お~いお茶

がいいね!




TOYOTAのオーリスのCM


常識に尻を向けろ


はtwやFbで拡散されて見たCMなのですが


日本でもこんなCMできるんや!

海外っぽくかっこええ!

(あえて関西弁にしてみました。
その方がなんか伝わる気がしたんで・・・)

個人的には最後のコピーが好きで

ココって普通、英語のコピーが入りそうなんだけど

日本語で締めたところにかっこよさが際立っている気がします

NOT AUTHORITY,BUT AURISは商品名ということであせる


広告にも裏切りって要素は大事だなと思っていて

それはもちろん「いい裏切り」でなければならないんだけど

今は裏切る気力すら広告にはないような気もします

ソフトバンクとBOSSのコラボでは是非

あっと言わせてくれる裏切りになればいいなと

$tsubotsuboのユーモア日記~ソーシャルな広告&イクメン生活~

新聞の見開きという点では通常横で見せるのが読者目線なのだろうけど

こうやって縦にしてしまうのもスペースの使い方を裏切っているようで

いいですよね!

$tsubotsuboのユーモア日記~ソーシャルな広告&イクメン生活~

SNSでは「傾聴」「会話」といったキーワードがよく

出てきますが、企業発信であったとしても

会話の糸口として、ひとの話と同じように

天気の話題から入っていく方が

すんなり伝えやすい感覚があります 

その切り口が見つかるまで日々苦悩してたりするわけですが

企業のSNSを担当してから、そんな話題つくり以前の

切り口を探す

ことの重要性を感じています



ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)/光文社
¥798
Amazon.co.jp

この本でも著者が日々テレビでワイドショーをチェックしている

と言っていましたが、ネタの切り口として

メディアでの伝え方は非常に参考になります

以前「今日は何の日」なんてお昼の番組のコーナー

もありましたが、そこから話題を拡げていくイメージ

私の場合、新聞を読む習慣がついているので

話題作りのヒント

として新聞を愛用しています

情報の正確性といったメディアでは新聞は

投稿記事の確認用

として活用しています

そう考えるとSNSの会話というのは

編集や構成作家に近いのかもしれません

WBS

切り口として参考になるのは

テレビ東京のワールドビジネスサテライトのFacebook

メディアとしてのSNSの使い分け、ニュースソースの

取材なう

を伝えて、レポーターのキャラクターを出したり、

ファンからの質問を番組でも紹介したりと

ニュースの切り口としてのSNS活用

ができているなぁと

SNSを担当するならこの切り口を考える習慣をつけることが

大事だと思うわけです
なにごとも中途半端が一番の「悪」だなぁと

最近感じています


例えば何かにチャレンジしてみて

成功か失敗か

そのどちらでもない状態、
もしくは判断されない結果

曖昧な判断がムダな時間を生み

次のステップへ踏み出せない

それが一番良くないなぁと



こんな風にボッーとしているのがよくないわけで・・・

大げさに言えば、すべて失敗した

と判断して次のチャレンジに向かおう!

というのが一番いいのかもしれない

ロンドン五輪の女子サッカーでも決勝では負けてしまったが

負けた瞬間に選手には次の戦いが始まっている

極端にいえば、すでに次のW杯やオリンピックに向けての挑戦が

始まったというわけだ

だから選手たちは表彰式のときには下を向かず、おそらく次のチャレンジに

向けて動き出しているのだろう

さてはてそれを自分に置き換えてみると・・・

やはり次の挑戦に踏み出すまにでムダに時間がかかっている気がする

後ろを振り返るのは一度くらいでさっさと次へ行くのが一番の

成功の近道なんでしょうね









このふたつのTVCMがたまたま同じくらいのタイミングで

流れていて、嫁さんが


松山ケンイチが浮気してみてるみたいで嫌だ


とふと、つぶやいた


どっちのCMも悪いわけではないのに

こうなってしまうとかなり辛い、というか痛い


個人的にはスカパーの松ケン×黒沢の方が

なんかマッチしているというか、イケメン夫と太っちょ奥さんは

妙にリアルだったりする

女優ではない黒沢の良さを引き出しているという演技なんだと思う


その一方でLIXILは理想的過ぎて、リアルに欠ける気がする

これがドラマだといいのだろうけど、15秒や30秒だと

良さが伝わりにくいのかもしれないですね



個人的にはこのバージョンが好きだったんだけど


その一方でさすがなのはこのCM

ダイワハウス「ここで一緒に」





もう解説の必要がないのですが

分かり合っていそうで全くそうではない

そんな夫婦像(うちもこんなもんです、夫婦なんてそんなもの)が

リアルで、でも憎みあっているとかそういうトゲトゲしさではなく

そういう関係を絶妙に表現できている


夫婦といってもLIXILと比べても印象は全く違うわけで

TVCMで家族を表現することの難しさ、いや「おもしろさ」

感じることができるわけです

ちなみにダイワハウスのCMでは、以前私も旅した摩耶山が出ているのも

お気に入りのひとつなのです


最近育児をしながらも、意識的にスマホを持っていかない

ようにしています

育児が「子どもに向き合うこと」ではなく

SNSで育児していることをアピールすること

目的になってしまいがちだからです

そんなことを思い始めていたら、まさにどんぴしゃな

休日の公園に「SNSだけイクメン」という記事があり

こうなってしまっている自分を猛省していたり。


もはや生活の一部となっているSNSに普段の日常を投稿することが

当たり前になっていて、でもそれが結局誰かに伝えるため

「窓」

ではなく、自分のチェックやアピールのための

「鏡」

となってしまってはいけないなぁと思うわけです

SNSがつながりだけではなく

何かを始めるモチベーションだったりすることも

確かですが、気がついたら

自分を見せびらかすためのツール=自慢メディア

にならないようにしないとね

夏休みに子どもと接する時間が多いだけに

向き合うべき相手を間違えないようにしたいものです