とある日

 

我が子が

 

とあるハーフの友達のことを

 

クロワッサン

 

と言いました。

 

 

一瞬何を言っているのか

 

分からなくなったのですが

 

自分なり、父親なりに

 

ダメなこと

 

だと注意しました。

 

 

ただ子ども心からすると

 

何が悪いのか

 

分からないんじゃないかなと

 

 

 

それくらい

 

クロワッサン

 

という表現は絶妙

 

言っている本人からするば

 

ちょっとオシャレに

 

表現されていて

 

注意されても逃げ場のある言い方

 

 

子どもの世界なりの

 

悪質ないじめ方

 

追い込み方に

 

ゾッとしました

 

 

でもって、自分なりに

 

注意はしたつもりでも

 

心に引っかかったところがあって

 

後日、子どもに

 

なんでクロワッサンって言ったらダメだと思う???

 

と話合いました

 

特に私から答えがあったわけではありません

 

 

親がダメだと言うこと

 

とそれがなぜダメなのか一緒に考えること

 

この時間をきちんと持つことが

 

すごく大事だなと思いました

 

 

差別や誹謗中傷は

 

ダメなことと学校で習うのかもしれません

 

それを頭で理解していても

 

ふとしたことで発言してしまう

 

自分も気がつかないうちに

 

誰かを傷つけて

 

誰かをイジメているかもしれない

 

ダメなことを理解する頭にする前に

 

ダメかもしれないと考える頭に

 

なって欲しい

 

 

自分が親だからとか

 

あまりそういうことを考えず

 

考える頭と時間を作りたいなと

 

そんなことを思ったこどもの日でした。

 

 

 

 

 

4月に撮影したコンテンツが

 

GW前に公開になりました。

 

 

主演は次男と長女(笑

 

一応私も顔出し。。。

 

と少々内輪感の否めないですが

 

子どもが家事をお手伝いするのが

 

当たり前の我が家にとっては

 

とても自然な風景

 

 

「上履き洗い」という

 

ママにとって悩みの家事が

 

親子のコミュニケーションになる

 

という企業の提案は今後

 

必要になってくるんじゃないかな

 

 

商品がコモディティ化(価値が同質化)

 

していけばいくほど、

 

例えば「洗って真っ白!」と言った

 

BEFORE → AFTER

 

が私たちにとっては驚きの表現

 

ではない以上、寄り添うような表現

 

ちょっと元気になる

 

勇気になる

 

生活のヒントを

 

代弁するような言葉にしていく必要があると

 

思います。

 

 

 

 

自分の仕事もボジティブに

 

SNS上で発言できるような

 

そんな働き方が理想

 

 

さとなおさん著の「ファンベース」

 

にはそんな考え方が書かれています

 

 

企業のSNSが社員の顔を見せる

 

とともに

 

社員自身がそれを

 

シェアできるか

 

 

表に見える

 

コンテンツ

 

よりも

 

裏側に隠れている

 

コンテキスト(文脈)

 

をどう発掘するか

 

 

お休みがあるこの時期に

 

改めて「ファンベース」の考え方

 

整理したいなと思います

 

 

 

春たけなわ

 

というよりはすでに

 

夏たけなわ

 

な今日この頃

 

 

先日

 

東北、宮城は気仙沼のお酒を飲む会に

 

お呼ばれしてきました

 

震災から7年と月日は立っていますが

 

気仙沼はまだ防潮堤を立てている段階

 

月日の流れは早いですが

 

復興も早いというわけではありません

 

 

今年1月から職を変えていまして

 

東北と直接関わるお仕事では

 

なくなっているのですが

 

今もこうして

 

縁のつながりがあるのは

 

ホントにありがたいなと

 

 

仕事が忙しかったりして

 

お誘いするのも精神的に

 

労力がいる時、

 

(こういう時ってありますよね

伝わるかな?)

 

誘ってくれるひととの縁

 

だと思っていきたいなと

 

 

4月の振り返りでは

 

東北の会とともに

 

久々にお笑いライブにも

 

行ってきました。

 

テレビで見ると代表的なネタに

 

なってしまうけどライブだと

 

芸人さんの奥行きというか

 

画面ではわからない魅力が

 

見れるのがいい

 

 

ボケに対して頭を叩かないツッコミ

 

優しいお笑い

 

っていいなと

 

お客さんも若い女性が多く

 

アイドルまでいかないけど

 

お笑いに癒されいるひとは多いじゃないかな

 

 

個人的には癒し系と見せかけて

 

すごい精力が強そうな

 

大水さん(ボケ)のネタが好き

 

 

彼らはオフィス人力舎だけど

 

ちょっとした会話でも笑いが

 

起きるコンビ、トリオのは

 

仲が良くないとできないよなと

 

 

長いコンビなんかは

 

相方の連絡先すら知らない

 

とか当たり前だったりするけど

 

仲がいいっていうのは

 

売れる秘訣

 

でもあるのではないかと

 

 

これからも

 

縁と仲良く

 

していきたいものです

 

いい本

 

の定義って

 

何か自分でも物語が書けそう

書いてみたいな

 

と思える作品に出会えた瞬間だったりする

 

 

読書芸人の又吉や若林が

 

本が好きすぎて執筆活動するのは

 

まさにその典型

 

 

ボクもそんな想いから

 

こんなお話を書いてみたりしたりしました

 

 

 

 

物語にハマる瞬間は

 

物語全体の面白さ

 

ではなく

 

とある誰かの一言だったり

 

その描写表現だったりする

 

 

 

 

 

↑の話で面白かったのは

 

主人公(女性)と付き合う彼(大学生)が

 

堂々と「親が嫌い」と言える感覚に

 

感心するワンシーン

 

親を嫌いと言ってもいい選択肢が

 

あることに気づかされる

 

文章で読むとそれは字の連なりでしか

 

ないけれど物語の中に組み込まれると

 

スッと心に溶け込んでいく

 

 

 

自分が普段抱える悩みとか

 

悩みまでもいかないモヤモヤが

 

言葉になった瞬間に

 

ひとは感動するのだと思う

 

 

情報過多の時代だからこそ

 

自分にピッタリくる言葉を

 

探している

 

 

それがインサイトと表現される

 

んだけど今の仕事は

 

インサイトを考えること

 

をやらせてもらっています

 

 

近々何をやっているかも

 

どこかで書ける日が来るんじゃないかなと

 

思ったりしています

 

とある番組で直木賞、芥川賞に続いて

 

新井賞

 

なるものがあると知った。

 

 

書店店員の新井さんが選定した作品なのだが

 

現在「読書欲」が有り余っている私に

 

とっては好材料だ。

 

 

番組自体、新井さんの日常を追いながら

 

彼女自身のルールを紹介していくのだが

 

ひとつとても勇気を貰えるのがあった

 

 

それは

 

現場(本屋)から離れて本社勤務となった彼女に

 

現場復帰の辞令が届くシーン

 

 

昨年本社勤務の発令となった彼女に

 

周りのヒトは

 

いい経験になる!

 

と言っていたが

 

彼女は決してそうは思わなかったようだ

 

 

「自身に合っている場所は現場(本屋)しかない」

 

 

本屋が山積みになっている部屋

 

貯金残高は0

 

アイスばかり食べていたり

 

とお世辞にも教訓めいたものはなかったように

 

思えたが

 

自分の活きる場所

 

は明確に捉えていて

 

その時の言葉は非常に重かった

 

おそらく本社勤務がよっぽど辛かったのだろう

 

 

 

今どき転職、起業が当たり前の時代に

 

「そのヒトの経験の為に」

 

という人事は意味のないコトのように思える

 

 

「若いうちの苦労は買ってでも」

 

 

なんて言うのは死語かもしれない

 

苦労はヒトから与えられるのではなく

 

自分から選ぶモノ&コト。

 

 

年齢に限らず自分が選ぶことで

 

責任やモチベーションが生まれる

 

それがやる気ってなもんだ

 

 

そんなわけで最近は新井賞を参考に

 

読む本を選んでいる、主に図書館を経由

 

しているが。。。

 

 

いくつか読み始めているが

 

今のところ外れはないように見える

 

でも結局それもヒトの好みでしかないから

 

面白くなかったって文句は言ってはいけない

 

 

この番組の司会が本屋芸人にも出ていた若林だったが

 

「オススメの本を紹介しても何も起きないじゃんか!」

 

という感想をもらって困ると言っていた

 

若林は

 

好きな本を紹介するのは

 

自分のケツの穴を見られる

 

くらい恥ずかしい

 

 

とも言っていたがかなり同意

 

 

 

私も本を選ぶことが億劫になるばかりに

 

気がつけば村上春樹の

 

主人公と人妻の昼下がりの情事

 

ばかり読んでいるような錯覚に陥る

 

 

文学と言ったって所詮ヒトの書いたモノ

 

エロ本や動画よりも文章の方が

 

よっぽど卑猥、だけどその欲望に奥行きが

 

あるからそこに救いを求めているのだ

 

・・・と格好良く表現してみる

 

 

兎にも角にも

 

これだけ情報が氾濫しているのに

 

結局自分が読みたい本すら探せない

 

情報の洪水に溺れている人が案外少なくない

 

ような気がする

 

 

最近Facebookでは

 

読んでいる本自慢

 

の投稿が個人的には多いのだけど

 

アマゾンなんぞに過去の履歴から

 

レコメンドされるよりも

 

共通の友だちも満足

 

なんて言われた方がよっぽど

 

買っちゃうなんていうのが現実

 

 

情報に溺れても

 

ロボットに助けられるよりも

 

やっぱり人に助けてもらいたいものです

児、仕事に関わらず

 

 

ヒトを育てるコトが

 

最も難しく

 

そしてそのコトが

 

最も評価されていない

 

 

と思います。

 

 

↑は我が家ではじめた

 

MVP制度

 

 

その日一番がんばった子に

 

ママが受賞者を発表しています。
 

このMVP制度は子どもがやってほしい!

 

とリクエストされてできたのですが

 

それ以来なんと長男が普通学級で

 

業を受けるようになりました。

去年の今頃は学校すら行けてませんでした。

 



効果てきめん過ぎで驚いているのですが

 

MVPをとることが目的ではなくて

 

どうやったら相手がハッピーになるのかを

 

考える機会にするコト
 

例えば自分がMVPを取れなくても

 

取れた兄弟を讃えることができるか

 

そして取れた理由をきちんと明確に伝えています

 

判定理由もできなかったマイナス要因ではなくできたこと

 

そのプロセスをきちんと褒めて伝える
 

褒めて育てると言っても結果だけではなく

 

その過程をきちんと見ているか

 

 

 

褒める為には褒める側も

 

頭を使わなければいけないのです

 

 

 

↑は昨年の今ごろ、長男が暴れた時の写真

 

 

Facebookの思い出しリマインド投稿で

 

その時のことを書いていたのですが

 

考えられてできた褒めるコトを

 

しっかり伝えることができれば

 

子どもは劇的に成長します

 

 

褒めて伸ばすのか

 

厳しくして伸ばすのか

 

前者がいい!

 

と断言しているわけではありません

 

 

褒めるにしても

 

叱るにしても

 

そこに意図がなければ

 

意味がないと思うのです

 

 

親の都合、感情に任せて

 

子どもの相手をしていないか

 

 

育てるコトがきちんと評価されて

 

育って当たり前だ

 

という無言のプレッシャーがない社会で

 

あればいいなと切に願います

 

 

 

 

 

2018年手に取った本は

 

期せずして

 

マーケティング

 

に関する本

 

 

今年は

 

インプットを多めにした方が良さそうな予感

 

本を読むことは

 

脳とカラダのゆとり

 

というか余裕がないと

 

インプットに専念できないので

 

できる限り本は手に取るように

 

したいなと思いますね

 

 

 

 

の始め

 

家族で近所の神社へ

 

仕事では職場近くの神社へ

 

「願掛け」というほどでも

 

ないですが

 

日本人の儀式、ルーチン

 

に従う清々しさは

 

この時期だからこそ味わえる感覚

 

できる限り正月だけでなく

 

神社、寺院を見かけたら

 

お参りをしたいものです。

 

 

今年はとある寺院に

 

気になるマークが。。。

 

 

まさかのInstagramロゴ

 

願いを絵馬に書く

 

「神頼み」

 

ならぬ

 

SNSでポストする

 

「神頼り」

 

の方が縁起がいいのかな

 

なんて思ったり。

 

 

Facebookでもなく

 

Twitterでもなく

 

ましてや「検索」マークでもない

 

 

Instagramマークがあることで

 

確実にこのスポットにいることが

 

「映える場所」

 

日本を旅するツーリストにとっては

 

「観光地」であることを

 

このインスタマークが説明してくれます。

 

 

もしボクがヨーロッパにでも旅行して

 

博物館にインスタマークがあったら

 

とりあえず写真を撮って

 

ハッシュタグ

 

の投稿数をチェックする

 

そしてそのスポットの公式インスタページが

 

あれば迷わずフォローするでしょう

 

 

自然のような

 

不自然のような

 

インスタマーク

 

街にはこのマークが

 

観光地の免罪符として

 

なるのかもしれませんね

 

 

2017年のワードとなった

 

「インスタ映え」

 

2018年は

 

「インスタ萎え」

 

になる!?

 

なんて言われていますが

 

地味ハロウィン

 

もここ最近は盛り上がりを見せているので

 

今年は萎えるスポットを旅するのが

 

流行ったりして。。。

 

2017年から2018年にかけて

 

SEKAI NO OWARIのピアノ担当Saoriさんの

 

「ふたご」

 

を読みました。

 

 

実は何度か本屋で

 

手に取ってはいたのですが

 

内輪感が強いかなぁ

 

と躊躇していたのですが

 

冬休みのタイミングに

 

直木賞にノミネートという

 

文壇のお墨付き

 

が出たので本棚からレジへ

 

そして我が家に運ばれることに

 

なりました。

 

 

「本を読むきっかけ」って

 

SNSで友達が紹介していれば

 

それだけで充分な

 

お墨付き

 

になるけど直木賞、芥川賞は

 

選ぶ指標としては

 

かなりランクが高いと

 

今更ながら痛感させられました。

 

 

 

もともと「ふたご」は

 

セカオワの自叙伝

 

と聞いていましたが

 

内容はかなり壮絶な物語

 

 

「あとがき」でも著者の

 

書き上げる苦しみ

 

が綴られていましたが

 

読後は

 

よくぞ最後まで書き上げてくれた!

 

と感謝したくなる作品。

 

 

どこまでがフィクションで

 

どこまでをノンフィクションにしたかは

 

書いたひとにしか

 

分からないので

 

感想が的外れになってしまうかも

 

しれませんが

 

主人公(著者)の相手役(深瀬クンを想定)との

 

やりとりが中心に書かれている第一部

 

パニック障害がきっかけで

 

ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)

注意欠陥多動性障害

 

つまり「発達障害」と診断されてからの

 

彼らのやりとりがまるで

 

我が子と嫁さんの会話のデジャブを

 

見ているようで胸が震えました。

 

 

 

学校に行くこと

 

朝起きて夜寝ることが

 

当たり前と考える

 

主人公(なっちゃん)と

 

それが「つまらない」と

 

否定し続け

 

「なぜ」を問いかけ続ける月島クン

 

 

その問いの答えを

 

逃げずに誤魔化さずに

 

一緒に探すことを選ぶなっちゃんの

 

葛藤の対話は

 

子育てや友人関係に悩むひとに

 

とって救いのメッセージに

 

なるのではないかと思います。

 

 

発達障害の子を持つ親として

 

それが「障害」ではなく

 

スペシャルタレント(才能)

 

なんだと言い聞かせてきましたが

 

障害を才能として認め

 

障害を跳ね返す才能を開花させる場と

 

人間関係さえ築ければ

 

むしろ大輪の花を咲かせることができる。

 

 

すでに親である私も

 

息子の不思議と

 

ヒトを惹きつけてしまう

 

才能という何かの

 

行き場所を探す旅をしています。

 

 

本の中では

 

二人の関係が

 

ただのトモダチでもなければ

 

恋人でもない

 

兄弟よりも親密な

 

双子

 

と表現されていますが

 

一心同体である

 

というモノの見方には

 

大いに励まされ

 

勇気付けられました。

 

 

この作品を書くきっかけと

 

なったのも深瀬クンの

 

「書いてみなよ」という

 

(悪魔の)一言が

 

産みの苦しみを作ったわけですが

 

この苦しみで救われる人が

 

たくさん生まれるのであれば

 

それはまたふたりにとっての

 

必然であったのかもしれません。

 

 

最近ではお笑い芸人やアーティストが

 

文壇の受賞、文芸界に出現するのは

 

結局表現は「書くこと」が

 

原点であるのだと教えてくれます。

 

 

書くことでヒトを癒し

 

そして本人が癒されるのは

 

表現者冥利に尽きるのではないか

 

物語を生む苦しみと子を産む苦しみ

 

二つの困難に打ち克った藤崎彩織さんの

 

これからの活躍が楽しみです

 

 

ふたご ふたご
 
Amazon

 

 

年、元旦の新聞広告を書いているのですが

 

今年気になったのは⇧くらい

 

もっとも華やかな正月とは縁遠い芸人大悟に

 

つくな

 

ってのは逆に響くなと

 

昨年のはコチラ

(昨年のブログに過去のも記載しています)

 

もう1月1日の新聞に出す

 

企業広告の価値の見直した方がいいのか

 

広告という場所にわざわざ集うひとは

 

皆無なのか

 

広告についていろいろと思うところが

 

ある2018年。

 

 

うところといえば

 

2018年から私は働く場が変わります

 

つまり2017年で退職をしました。

 

個人的には「働く場」を変えると

 

いうよりは「働き方」を変えたいなと

 

自分自身に変化を求めているのかなと

 

 

今年40歳に突入する自分にとっては

 

年甲斐にもなくワクワクできるのは

 

いいことなのかなと前向きに捉えています。

 

 

2017年あった「色々思うところ」に

 

ついては相談できるひとに

 

時間をかけて話をしてきました。

 

 

自分との対話には限界がありますが

 

自分のことを割と見てくれているひとに

 

聞いてもらいました。

 

 

Facebook,Twitterで何百人と友達、フォロワーが

 

いたって、話を聞いてくれるひとは数人

 

こちらが言いたいことを

 

話をする前からなぜか理解してくれるひと

 

ただ話を聞いてくれるだけで安心できるひと

 

 

これは人生にとって岐路じゃないか

 

 

と思っている時に

 

自分の話を聞いてくれるひと

 

を見つける、探すことができた

 

ちょっと悪い言い方をすれば

 

人間関係を精査することができたのは

 

非常に良かったかなと

 

2018年も「思うところ」を

 

このブログで書いていけたらいいな