
夢のような一週間が過ぎ去った
(いいことがあったという意味でもないし、かといって悪夢というわけではない「夢」です)
先週日曜、突然ばあちゃんが天国に行ってしまった
名古屋に帰る度に必ずおばあちゃんと会うようにしていたが
その最後が3週間前。
まさがそれが最後になってしまうとは・・・
88歳で天寿を全うした年齢かもしれないが、つい最近まで
一緒に生活していたひとがいなくなるのは本当に辛い
私は幼稚園から母とばあちゃんに育てられたので、父親のような存在だった。いつもどっしりしていて仕事から帰ってきてからもビールと刺身をおいしそうに食べるおばあちゃんが大好きだった
死んでわかるものだが、自分がおばあちゃんから何を引き継いだか、
もしくは引き継げることは何かというのを考えさせられた。
そんなばあちゃんから「安心感」を引き継げたらと思う
ありがとう、ばあちゃん。
天国で見守ってくださいね
そして週の半ばからは普段通りに過ごしているつもりだったが、
ココロにぽっかり穴が空いたような感覚がしばらく続いている。
誤解を恐れずにいえばそれは失恋の感覚に近い。
マザコンならぬグランドマザコンなのだろうか・・・
身近のひとが急にいなくなるというのは、
人生の足並みがズレるように生活のリズムが微妙に狂ってくる。
家族のつながりって二人三脚のような、正確には11人10脚くらいのような歩みで、そこに一人が抜けることでバランスを失ってしまう
そんな感覚なのかもしれない
具体的には自分の場合はなぜか「曜日の感覚」が完全になかった一週間だった

そんな目に見えない家族というつながりが断ち切れたことによるアンバランスさに抱えながら週末には東北へ
気仙沼、陸前高田そして仙台と行ってきたが、直前に直面した「死」を改めて考えることになった
大震災からは1年以上もたっているがそこにある死は予期できない
別れの集合体、残されたひとのアンバランスさはまだまだ宙に浮いたままだ
福島にも今年は3回ほど旅をしたが、被災を受けた地のアンバランスさは
それぞれに色が違っている
でも気仙沼は少し色が明るくなっている気がした
もちろん完全に復興したわけではない。
でも前を向く覚悟みたいなそんな空気を感じた場所だった
(そこは具体的には気仙沼横丁というトコロで、まさに「横のつながり」を体現したようなコミュニティ。復興のひとつのいい事例なのではないかと思う)
http://www.fukko-yatai.com/

陸前高田のボランティアセンターの「想いを引き継いでいく」という想いや「忘れないでほしい」と言ったタクシーの運転手が印象的だった
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/12/20121224t35004.htm
そして最後の仙台、光輝くイルミネーションや復興とは縁遠いような繁華街の風景を見ながら「被災地に後ろめたさがあるのかもしれない」と言っていた友人がいた
東北がひとたちが抱える感覚ってまだまだたくさんあって、それを関東に住んでいるひとたちには共有されないことなんだなぁと思った
新幹線なんかでは1時間たらずなのに、距離以上の距離間があるような気がした
震災で今後解決すべきなのはこの「距離感」を埋めていくことや、おばあちゃんが持っていた「安心感」を共有することなのかなと。
それが旅で解決できたらいいね!と切に思う。
こうして慌ただしいまさに「師走」にふさわしいともいえる時間を過ごさなくてはいけないのも神の思し召しということなのだろうか
なにはともあれいつも通りに「メリークリスマス!」と言えるのであればまぁハッピーなんだろうね