ブラジル広告

去年の今ごろはカンヌ観戦記をせっせとまとめいました。

カンヌ現地でも翌年のブラジルW杯熱を感じつつ、そして今年

フランスからブラジルへの旅

という名のスルーパスが通っている
のが旅の醍醐味、というか人生の醍醐味ともいえる

・・・ということでブラジル現地で見かけた
気になった広告をまとめます

あいにく日本での報道でもあったように
「ひったくり」に注意して歩いていたため
ポイントポイントで印象的だった広告風景です

ではどうぞ~~

ブラジル広告

タクシーからの景色でブラジルに来たなぁ
と感じたのは
こういったガソリンスタンド

街並でいえばW杯感というのは正直あまり感じなかった
(デモとかの影響もあったのかも)

ブラジル広告

さりげなく車のミラーに国旗をカバーしているのは
おもしろかった
日本のタクシーでやってもいいかもね



コチラは空港(@サンパウロ)

ブラジル広告

ここぞとばかりにバドワイザーのサンプリング
レンタカー借りるひとはどうするんだろ?
とか思ったけどブラジル自体にレンタカーのサービスはないのかも

W杯とか五輪で異国の国に旅するひとにとって
レンタカーという選択肢よりもタクシーやその国の交通手段を
使うと考えればアルコールのサンプリングはアリなのかも

ブラジル広告

とにかく知っている企業ということで
目につきやすかったとはいえ
コカコーラの露出はハンパなかった



コレは空港のトビラ

サッカーは2カ国で対戦する競技だから
国をつなげるというメッセージ



JUNTEはUNITE

といったところ

極めつけはスタジアム付近の駅(@リオデジャネイロ)




ブラジル広告

最寄り駅がこんなことになっていれば
試合が盛り上がるのは当然
その演出(ノッカリ)を企業ができる場もスポンサーの特典



これがスタジアムまでの通路

W杯のスポンサーになるだけで莫大なお金がかかる
わけですがこうやって街をジャックできるというのが
スポンサーの特権なのかもしれません



コチラはコートジボアール戦のあった
レシフェのスタジアム

試合自体が22時だったのでそれぞれの
ブースはよく分からずというかカオス状態

ブラジル広告


ブラジル広告

なんかリフェティング大会とか
ブースでDJが音楽流していたような~
その程度の記憶です

最後はスタジアム付近のショッピングモール
(イオンとかららぽーとを想像してください)

ブラジル広告

一応記念撮影もしてきた

ブラジル広告

記念撮影といえばブラジルも
顔ハメ写真が多かった
旅の写真の万国共通なのだろうか。。。

ブラジル広告

ブラジル広告

ボクと写真撮ったからネイマールは骨折してしまったのかも
ごめんねネイマール

ブラジル広告

おもしろかったのは
売り場をコートを見立てたスペース

この売り場スペースの確保もW杯協賛だからこそ
小売店への交渉材料にもなるのだろうか


ブラジル広告


ブラジル広告

とにかくどこもかしこもこれでもか!と
いわんばかりの黄と緑の攻勢

ブラジル広告

SONYも

ブラジル広告

気がつけばボクも緑と黄色のTシャツを買って
すっかり「ブラジルかぶれ」となったのは言うまでもありません

ブラジル広告

最後にトイレの手ふきはダイソン

吸引力=手を乾かす力

と表現するのはウマいなぁと思ったり

ってなわけでブラジル、広告な街中散策でした
ブラジル気分味わっていただけましたか???

こんな風にまとめながらも2020年の東京五輪のときには
空港や競技場付近の駅もこうなるのかなぁと思ったり

イメージするなら豊洲の「ららぽーと」もこういった五輪企業に
ショッピングモールがジャックされるのか

でも観光客にとっては五輪スポンサーが

世界共通アイコン

になるわけで
大会自体を盛り上げている(ように見えるという)
ワールドワイドでブランディングという点で
協賛するメリットは大きいのかもしれません

2020年の東京五輪とともにいつか自分が生きているうちに
W杯が日本開催すればもっといいなぁと

そんな世界的なイベントに少しでも関われたらなぁと思うわけです
ブラジル W杯

ブラジルから帰国して1週間が経ちました

まだココロは「世界で最も熱い国」にいるような
そんな錯覚になるほどの想い出になったのは間違いないです

ブラジル現地で思ったことはFacebookでも

「スポーツというハレの舞台」
「日本のアイデンティティ」
「楽しむためのノリと勇気」

というテーマで書きなぐっています
まさにそういう点でFacebookをミニブログと
表現するのは非常に正しいなぁと。


実際日本との時差丸々12時間違うというのは
それはそれは今までの人生の生活リズムにおいてないわけで
カラダが「?」といった状態が続いていました

幸いに犯罪や病気になるわけでもなく
いい意味での興奮状態だった約10日間だったわけですが
実際結果が求められて試合をする選手の体調管理は
かなり大変だったのではないかと思います



ボクが観戦したのはレシフェでのコートジボアール戦
一戦のみだったわけですが(かなりの良席でした)
雨というのも相まって選手が本調子ではないなぁという印象

サッカーフリークでもないボクが解説するほどではないですが
(そもそもサッカー観戦自体人生において初経験だった)
今回これだけ惨敗とメディアで報じられる理由は
力不足以上に日本の反対側という

アウェイ環境の難しさ

がかなり関係するのではないかと感じました

ブラジル W杯

日本と12時間という時差に加えて
ブラジルの季節は冬
まさにすべての環境においてが逆転した
地球の反対側で最高のパフォーマンスを
求められた日本代表選手

パスサッカーという緻密な戦術だっただけに
そのチューニングが相当難しかったのではないかなぁと。

現在勝ち残っているチームがネイマールやメッシ、ロッベンといった
個人技のある選手に光が当たっているだけに
つなぐチームサッカーのスタイルが苦戦しているようにも思えます
(もちろん日本がストライカー不足であることには変わりないわけで)

だから今回スペインの敗退にあるように

「ポゼッションサッカーの終焉」

というのは少々極端で

選手個人の体調管理だけでなく
選手間の連携の難しさを物語っているように感じています

アジア戦が苦戦したのもブラジルとの単純な距離、
極端にいえば北半球で且つ時差のある国であればあるほど
調整の難しさがあったのではないか



第一戦が終わってからそれでも

海外組が多い日本人はこんなに弱いはずがない

と思ったわけですが実際、海外組はヨーロッパ勢がほとんど
時差や環境の壁は思った以上に大きかったのではないか
海外組の南米勢が少しでもいたら状況は変わっていたのかなぁと

その点で次回の開催がロシアという点でロシアリーグに長く居た
本田にはチャンスかもと思ったり。


それでもその環境を想定して結果を出すのがプロなわけですが
今回求められていた結果が「さっぱり」出なかったことに対して
そんな想定外があったのではないかと感じています

ブラジル W杯

今回は一応お仕事という名目でブラジルに行かせてもらった
のですが日本戦以外にはスタジアムに入ってはいませんが
開幕戦のあるサンパウロと決勝のあるリオデジャネイロのそれぞれ
ファンフェスタ(公共の場でのパブリックビューイング)に行ってきました



日本戦以外の会場にはほとんどいっていいほど
日本人(アジア人)はおらず、日本代表のユニフォームを
着ているだけでいろいろな外国人に声をかけられました



W杯に日本人がいること自体珍しい

たくさんの外国人と一緒に写真を撮ろう!
と言われたことは国際交流という点でも
単純にうれしかったのですが

やはり日本人サポーター自体がW杯にいることが
当たり前になることが今後必要になるのかなぁと

そのためには日本サッカーのレベル向上とともに
サポーター自体が海外サッカーを観戦する旅の環境を
整えてあげることが自身の役割であると実感したのでした

現にブラジル帰国後、Jリーグも観たいですが
海外でがんばる日本人選手を応援しに旅するのもアリだなぁと
思ったわけでスポーツと旅の可能性はまだまだある

2020年東京五輪に向けても学ぶことが多かった旅でした

ブラジル W杯

自分の人生において

日本男子サッカーがW杯を掴む

そんな夢が現実になれば
そしてその夢を人生の目標にしたら
もっと日本人はハッピーになれるのではないかと
そう感じたブラジル観戦旅なのでした

↓はブラジルのスーパーマーケットに売っていたW杯チョコ
3000円だけどかさばるしチョコなので購入は断念しました、、、


。。。とりあえず
本田のこのゴールは生涯一の想い出になりました
またこの人生マックスの感動をさらに更新したいものです



最近はファレル・ウィリアムス(PHARRELL WILLIAMS)の "HAPPY"
ばかりを聴いていますがみなさんいかがお過ごしでしょうか?

この"HAPPY"の凄いところはPVを24時間にしたこと以上に、
この曲を143の国で1682以上のオリジナル映像が作られていること

恋するフォーチュンクッキーのように
練習が必要なダンスではなく
曲にノっているだけで映像になる
ほんとに"HAPPY"の輪が自然発生的に
広がっていくのがいいなぁと思うのです

「アナと雪の女王」も歌いたくなる、
youtubeやニコ動にアップしたくなるのは
”おもわず参加したくなるハードルの低さ”
というかハードルすか感じさせない

伝播したくなる"HAPPY"な空気感

なんでしょうね

ちなみに
「参加型」×ダンス
という点では


ハイチーズに変わる旅のポーズを撮ろう

というコンセプトのキャンペーンをやっています

なかなか参加数の数の低さから
"HAPPY"の爆発的なヒットは非常に勉強になる
というか
まだまだ修行が足りない自分に気づかせてくれます



是非みなさん旅の記念写真コチラで投稿ください
(PCからの投稿のみとなります←この時点で厳しいよなぁ)

こちらは本日4月26日、

良い風呂の日

ということで朝日新聞朝刊の広告。

ココまでやるとお祭り感があって
いいなぁと思う

前回(テルマエロマエ1)のときの新聞広告はコチラ

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

良い風呂の日

「良い風呂の日」
なんてただの語呂合わせ、ならぬ
風呂合わせだけど

ちょうど土曜だし、
映画の封切りでメディアでもたくさん取り上げられるし
GWで温泉とマッチするし
今年のGWは日並びも悪いから映画行くひとも多いし

とか、なんとかいろいろな理由も
混在(混浴)しちゃって

広告で盛り上げちゃおうよ

、、、っていうノリは広告でこそ
できるし、
そういう祭りに参加くれる企業が
たくさんいることはなんだかんだで
日本の企業もユーモア分かっているじゃん!

とか思ったりするわけです

できればこの新聞広告が出た日に
オバマさんがまだ日本に居て、コレを
見てくれたらよかったかなぁと思ったり。

ただの平和ボケに見えるかもしれないけど
日本のメディア、というか新聞はまだまだおもしろい
ことできるよ!

って今年のGWの始まりにふさわしい広告
ではないかなぁと。
大手代理店の担当の方は本当に
おつかれさまでした
なんだかんだでコレをカタチにできるのは
凄いことです

ということでみなさま
良いGWをお過ごしくださいませ



桜と共に春を迎えた気仙沼から
帰ってきました

もうすでに気仙沼が地元のような感覚
(旅もそのコンセプトなのです)
なので「旅する」というより
「通う」に近いのですが、今回の旅も
ココロに留めておくべきことがたくさんあった
のでしっかり書き留めておこうと思う。

旅は「非日常の体験」とも言われます。

つまり非日常の体験が旅の価値でもあるわけですが、
それだけではない新しい価値を伝えて行くことも
自分のミッションではないかと考えているわけです

非日常というよりも日常の延長線(延長戦)

という捉え方はできないか

では、日常の延長線とは何ぞや??
その答え、というかヒントが今回の
気仙沼の旅で分かったような気がします

んでもって今回のツアーのタイトルが

遠洋まぐろ延縄船新造船 乗船体験の旅

だったわけですが、船に乗ることが目的ではなく
船に乗ることで漁師の仕事を知る
そして漁業を知ることで食の大切さを知る

船に乗るという「非日常」がゴールではなく
食を知るという「日常の価値(生きる価値)」
を改めて考える機会になっているわけです



今回乗船に協力してくれた
臼福本店の臼井さん

被災地の爪痕だけではなく大切なことを
伝えたい

それは

エネルギーの大切さ
食の大切さ
ひとのつながりの大切さ

とおっしゃっていました
まだまだ復興も道半ばの気仙沼で
聞く言葉はいつもハッとさせらます

あの震災を乗り越えたひとたちは
生きているとともに生かされている
生かされているからこそ活きている

だからボクは気仙沼のひとたちを
日本人として誇りに思えるし
大好きなんだと。



この写真からも「気仙沼愛」が分かるでしょ?笑

いつもお世話になっているこのお二人
一代さん(写真左)と和枝さん(写真右)曰く

漁師はヒーローなんだ

と。
もともと漁に出ている間、家(城)を預かる女性の
役割が大きい気仙沼
今回のツアーでは漁師の仕事ともに
それを支える家族のストーリーを触れる
時間もありました

震災当時、お金に価値がなくなった瞬間
本当に必要なのは食料と電気
それを確保できる漁師さんほど心強い存在は
なかったと

だからこそ

漁師はかっけぇ!!

を伝えていかなくてはいけない
それを伝えられるひとつのツールに旅がある

そんな漁師を支える女性の視点や観点が
旅をもっと新しく、そしておもしろくしてくれる

旅の価値を改めて教えてくれるのが
気仙沼のヒトでもあるんです



船の中で漁師を束ねるリーダーでもある
船頭さんのリーダー論も興味深い

漁師は荒々しい、なんてイメージがあるかも
しれないが実際会ってみると物静かで寡黙な方が多い
それは荒々しい波に日々立ち向かっているから
自分くらいは穏やかにと思っているのかもしれない

それでも

オカ(丘)よりオキ(沖)の方がおもしろい

と断言した船頭さん
そのおもしろさは体験したひとでしか分からないかも
しれないが「おもしろい」と思える職に就くこと
そしてその仕事に自信と誇りを持つことの
大切さも言葉の節々に感じられました

K-port
での対談に協力してくれた渡辺謙さんもそんな気仙沼のひとに
惚れ込んだひとりでもあります



すべての価値観をひっくり返した
と言われる大震災
でも時間が経つにつれてひっくり返った価値観で
さえも元に戻り、それがまた忘れ去られてしまう

震災で知った生きる大切さ、そして生きる原点
でもある食の大切さ、そしてつながり
その価値を伝えられるのは旅ではないか

そんな使命感を持ってまた明日に向かいたいと思う
わけです


Facebook、「いいね!」をねだるなどのページにペナルティーを課すと発表
とか
Facebookページリーチ激減り、ただ乗り終了のお知らせ

の話題を聞くと「やれやれ」と思うわけだが

それは仕様変更するFacebookにではなく
使っている(運営している)側がどうも騒ぎ過ぎではないか
と感じるのです

リーチされていない
ということも今になって始まったことではない

、、、とはいえ
でも未だにファン数だけが大きな指標になってしまうのが痛い
「ファン数と話題数」がセットで指標にならないと厳しい

写真とリンク先の内容が違うとか同じ投稿を繰りかえすとか
といった投稿内容・表現の仕方も

えっ?それ投稿するなら当たり前じゃないの??

と思うわけです

まぁでもその上で

ダークポスト
(自社ページでの投稿表示はされないけど投稿広告できる)
はなんで容認するの?

という意見もボク自身ありますが、
そもそもダークポストの使い方、
ダークポスト=広告?みたいな認識自体
間違っているのかもしれません

んでもって前置きが長くなりましたが
ボク自身「Facebookの投稿」という点でいえば
まだまだ共有できることがあるか
と思ったので今一度まとめたいと思います

価格でなく、価値を伝える

Facebook投稿(運営ではないです)でいえば、
最初からこの言葉を使ってきたのですが
その価値の伝え方という点では
3つに分解できると考えます

1.写真(感覚的)

2.タイミング(有用性)

3.文章(参加性)


写真のインパクトは当たり前ながら
それが常にいい景色だったり
おいしそうな写真である必要はないと
思っています

写真という点でいえば

Facebookのためだけに撮ってきた写真

と思わせることが大事

商品開発の裏側とかCM撮影の裏側とか
ココ(Facebook)でしか見れない場面の演出

を写真に込める必要があります

投稿する写真がバナー広告っぽかったり
チラシやポスターだけだったりすると
ズバリ演出感はゼロ

別に写真でなくても

手書きの設計図

といった商品開発を物語るモノがあれば
充分だし、見せ方を工夫している心意気を
常に持つこと


2のタイミングでいえば
「ニュースフィード」と呼ばれるように
その投稿が受け取る側にとってNEWS
になっているかがポイント

なぜこの投稿を今、紹介するのか

その理由があいまいだと「いいね!」やシェアは
集まらない

ちなみに

この商品が今日発売になりました!

あくまで伝えたい側の都合であって
受け取る側にとってはニュースではない

くらいの気持ちを持つつもりで。
正確には「今日発売」になった理由
も添えてあるといいかもしれませんね

その点では考えれば

投稿カレンダーの重要性

を再定義することで効率が上がる可能性
もあります


最後3つめは文章
これがFacebook投稿者の腕の見せ所
といっても過言ではないですが
なかなかこれが難しい

でもキャッチコピーのような
コピーライターである必要もないし
コラムニストのように
必ずしも読ませる技術が必要とも思わない

”参加性のある文章”と書いたけど

それは完全な「なかのひと」目線ではなく
第3者としての視点を持った「なかのひと」

であることで興味がないひとでも
「自分ごと」と思わせる書き方ができるわけです

書き出しの例でいえば

・○○派は「いいね!」、□□派は「シェア」
・「ココどこだ?」「今日は何の日?」などのクイズ
・コメント投票

意外とこの発想は「なかのひと」だと生まれにくい
でもこの視点を常に持つことができれば

ファンを大事にする企業姿勢

と見えるし、傾聴の訓練にもなる

そしてその聞いた結果がどうだったか
answerを次の投稿にすることで立派なstoryになる

投げたボール(投稿)が投げ返されたら
それが立派なエンゲージという名のキャッチボール

になるわけです

実際こう書いている自分も3つのポイントが
守られているかといえば決してそうではないけど

演出(工夫)ある写真 × ニュースになるタイミング × 自分ごと化させる文章

の掛け算の方程式

を意識していれば
おのずとヒット投稿の打率は上がっていくのではないでしょうか

打率が上がれば企業においてのソーシャルメディア担当の
価値も上がる。
打率があがれば今は下位打線や代打に甘んじているポジションも
いずれば4番打者くらいの役割になれるのかもしません
(野球ネタを引き合いに出したらおさまりが悪くなりましたスイマセン)


・・・ということでFacebookの仕様変更だけに悩まされるのではなく
自分なりの投稿術が確立されれば
ソーシャルメディア運営はもっとおもしろく価値あるものに
なっていくと思います

ではではグッド!


今さら「笑っていいとも」のことを書くのも
勇気のいることですがブログを滞らせている自分が悪い

・・・ということで「笑っていいとも」の感想を書きます

思えば私自身「笑っていいとも」を見なくなったのは
だいたい4、5年くらい前からだろうか

なぜ見なくなった時期が分かったのかを振り返ったら
それはスマップがいいとものレギュラーになったころから
見ていないことが最終回のスピーチでわかったからだ

別にスマップが嫌いでもないし、ジャニーズが苦手というわけでもない
ただ「なんとなく見なくなった時期」と重なっているからのは確かだ

「笑っていいとも」が終わることが決まる前あたりから
嫁さん曰く「ヒルナンデス」がおもしろいと言っていた

「いいとも」はくだらなさ過ぎるから
ということも言っていたがそれが「いいとも」の良さではないか

とも思っていた

でもその「くだらなさ」が中途半端だとキツい

個人的に「いいとも」を見ていた時期は
ダウンタウンやウンナン、ナイナイあたりがレギュラーだったころで
若手のお笑い芸人の登竜門として「いいとも」を通るのが
フジテレビの掟みたいカンジでタモリさんとどう絡めるのかという
ただのお笑い好き視点で見ていた節がある

そういう点でスマップ×スマップにお笑いの要素も入っているのも
きっと「いいとも」のおかげなんだと思うし
それが立派な登竜門になっているわけだ

最後のスピーチで香取クンが
「なんで終わるんですか??」
と聞いていたが、それはまぎれもなく
視聴率だと思う

厳密にいえば平日の視聴率ではなく
日曜の増刊号の視聴率ではないか
と勝手に予想している

ボク自身も最近はサンデージャポンを見ているし
たまに増刊号を見ても「CM中の裏側」ばかり見せている
ようなカンジがした

終わってこそ、なくなるからこそ
その価値が分かるというのが
皮肉だがその価値を引き継ぐという点で
また「バラエティのフジ」復活のきっかけになればと思う

最後にスピーチで鶴瓶さんが
「ボクだけタモリさんから怒られる」
という話をしていたが
タモリさんが本気で怒ったり、対話していたのはさんまと鶴瓶くらいではないか

「しょうもなさ」という点では
さんまとタモリのフリートークが一番おもしろかったし
その流れで出てきたダウンタウン、ウンナン、とんねるず、ナイナイ、爆笑問題
もなが~いフリートークで場が暖まっていたからこそできた
豪華競演ではなかっただろうか

このメンバーが次にブラウン管に揃う日はいつになるのか
それがタモリさんが死ぬ日でないことを祈るばかりだ
突然ですが

「デジタルデトックス」

という言葉知っていますか??

IT依存症を防ぐため、
デジタル機器から一定期間離れる取り組み

のことで、以前テレビでアメリカなんかで
お金を払ってデジタルのない世界で休暇をとる
なんてことをやっていて

そんなバカな・・・

とか思っていたんだけど
最近自分にもデジタルデトックスが
必要かも

と思う
というか気がついたら
意識的にスマホを持ち歩かないように
している習慣がついた

とはいっても
意識的にと強制的には
違うからどうしてもスマホが
携帯である以上持ち歩かないことで
弊害も出て来るわけで難しいところです

んでもって
もっとも効果的なデジタルデトックスは

映画

だと思うんです
2時間くらいという時間とはいえ
絶対的にスマホを遮断できる時間を作るのは
けっこう大事

この前以下の2作品「清洲会議」「ジャッジ」
を見てきたんだけど
2時間デジタルデトックスをするだけで
気分的にはかな~りデジタルからの開放感あり

正確には
デジタルデトックス
というより
Facebookデトックス






こちら2作品とも妻夫木クンが出ているんだけど
彼の演技力の幅が凄いですね

ちなみにジャッジの北川景子は
かなりかわゆい



広告に携わる一員としてもジャッジはもちろん楽しめる
んだけど何より

広告愛

が込められた映画だったのはうれしかった

何より広告ってくだらないけど
やっぱおもしろくなきゃね
そしてそれを作る人たちも
真面目におもしろがらなきゃね

そんなメッセージがあった

大貫卓也さんのFLOWERSにはそんなテイストが
なかっただけに(そういうテーマでもなかったんだろうけど)
家族にも見せたい映画でした

日々ヒトに楽しんでもらいたい
と思っているだけに
こういうユーモア溢れる映画に触れる時間は
大事にしたいものです


まもなく3.11から3年を迎える
ここに来てなぜ今年は震災の話題が多いのか?
(去年の2年目はびっくりするくらい話題にならなかったことを
覚えている)

3年という節目だからだろうか??
メディア側が勝手に節目にしたいからなのか
とかいらぬことまで考えてしまうが
自分なりにもこの3年を振り返っておこうと思う
(何よりこのブログを読み返すのは未来の自分なので)

この直近でいえば2月末に気仙沼へ行ってきた
最近ではおよそ2、3ヶ月に1回は気仙沼に
行っている計算になる

しかしこれは仕事というきちんとした目的があるからだ
(ボランティアでもないし、自腹でもない)

Facebookなんかでは半ば「ドヤ気味」で
「気仙沼なう」を投稿しているがこれでも
自身としては仕事の一環である

Facebookの運営を日々している以上
個人の投稿でだいたいどんなヒトがいいね!しているか
さてはてコメントしてくれるか
そういうのはだいたい反応で分かる

そして最近となってはだいたい「いいね!」するひとは
決まっているというが実情だ
(Facebookにアクセスすらしていない
もしくは見るだけで投稿しないユーザーもかなり
増えてきたのも実情)

ボク自身の投稿のおもしろなさ加減もさておき
これが世間の興味の現実なんだと思う

だから投稿すべき内容は
東北復興の現実ではなくて

東北復興を楽しんでいる自分の姿

を伝えることが役割なのだと
理解しています

ちなみに以下反響があった
気仙沼で食べた「アイスフライ」
どう?ちょっと興味出たでしょ??笑



いつも東北ふるさと課(化)のツアーを取材してくれる
東北復興新聞さんが出したこの本で

復興現場はおもしろい

と書いてあるが
(その前に「誤解を恐れずいえば」と前置きもあります)

3年目の3.11

まさにその通りで
ボク自身、東北復興に関しては
関わっていておもしろくなってきたので
意識的に

仕事にできないものか?

と試行錯誤しながら今の関わり方が
構築されつつあるです

きっと糸井さんや渡辺謙さんもそうだと思う

3年目の3.11

今回メディアでも震災から3年として
報道されているテーマのほとんどは

忘れないために



では一体何を忘れないようにすれば
いいのだろうか??

それは悲しい出来事の回想
なのだろうか

その答えのヒントが先日行った気仙沼での
あるヒトの言葉にあった

皆さん、震災を忘れないとか風化させないとか
言いますが、もしこの震災が再び起きたときに
同じ数の犠牲者を出すのであれば
それは被害者ではなく我々は加害者にもなり得る
ということを忘れないでほしい


といった内容だった
ボクがこの言葉を聞いたとき正直理解ができなかった
というか頭に入ってこなかったくらいの
インパクトがあって

ただ漠然とこの言葉に腑に落ちない自分がいて
でもなんで理解できないんだろうと思ってる自分もいて
それがようやく腹落ちしたのは気仙沼から帰ってきて
二日くらいたってからのことだった

自然災害は防げないが
被害は防ぐことができる
防災ではなく減災という考え

これを後世にどう語り継ぐか

気仙沼でいえば共徳丸という
震災遺構がなくなり
この現実をどう語り継いでいくのか
いやそもそも何を語り継いでいくのか
すら分からないままに時間が過ぎ去って
いく日々に

そもそも忘れないことは何なのか

に対面できたのがその気仙沼での言葉だった



きっとボクが何度も被災地に
足を運ぶ理由はこういう言葉に出会うため
だからだと思う

あの悲劇から生き延びたひとたちは
生きているのではなく
活きているひとたちだ

だからこそ活きるひとたちには
ファンがつくし、そのひとに会うために
旅が成立する

少なからず自身が携わる東北復興の旅にも
ファンがつくようになってきた

きっと今やっていることは間違っていない
それを証明するためにもまた東北へ
足を運ぶのだと思います

3年は節目でもなんでもなく毎日が節目のように
常に次の東北復興の旅を考えていきます

3years 復興の現場から、希望と愛をこめて/A-Works

¥1,680
Amazon.co.jp
Facebook事例の本に出させてもらったり
セミナーで話をさせてもらっているわりには
投稿自体のことをあまり書いたことがなかったので
たまには投稿のコツでも。。。

Facebook自体の仕様に日々悩まされている
特にインサイトが正常でないのは痛いわけですが
そんな定まらないFacebookの仕様に頭を抱えるのではなく

「おぉ今度はこうなったか!
ではこの新しい仕様でどう遊ぼうか?」

という気持ちが大事だと思います

個人的にはコチラの仕様
なにか分かりますか??



コメント欄のところに
画像も一緒に投稿できるようになったことです
↓↓↓



これはFacebookページも同様で
なぜかPCのみでスマホからできないのが
悩ましいわけですが
Facebook運営者は今以上に

ひとつの投稿を大事にすること

が求められるわけです

ひとつの投稿が終わったら

次の投稿をどうしよう??

と悩むのではなく

ひとつの投稿のコメント(反応)から
ヒントを得て次の投稿につなげる
というやり方がベスト

例えばこんな風にストレートに聞いちゃう
↓ ↓ ↓



コチラは結果80近いコメントが来て
且つファンが求めている投稿も知ることができました

これほど効率的な投稿はないわけです

「無茶ぶりされるのではないか」とか
「コメント自体ないのではないか」とか

不安になることもあるのですが
もうそこは担当者自身が勇気を出すしかない

その反応に対する「返し自体」で
social media担当に適しているかが分かる
そんな適正診断にすらなる気がします


フリーアンサーが怖ければ
こんな投稿もアリかと



本でも紹介頂いていましたね

【新品】【本】【2500円以上購入で送料無料】Facebookマーケティング 価値ある「いいね...

¥2,499
楽天

昨年行ったカンヌでも

cultivate community
コミュニティを耕す

という言葉を聞きましたが
ファンの声を「肥やし」にして
日々運営していくことが大事
(肥やしではなく天からの恵みと考えた方が
いいかも笑)

運営側の「言いたいこと」ばかりを
考えると行き詰まるのは当たり前

ファンが「知りたいこと」を常に
考えるような習慣つくりが
求められると思います

んなこと書いている自分自身も

あのときの投稿こうしておけばよかったなぁ

と思うのは毎日で、
その繰り返しに耐えられる
というか楽しめる忍耐力
も大事だなぁと感じています