『天皇の国史』

「はじめに」の全文を掲載します。

 

 

 日本は天皇の知らす国である。

 

「日本とは何か」という問いに真摯に向き合うと、自ずとこの答えに辿り着くのではないだろうか。明治時代、大日本帝国憲法を起草する大役を担った天才官僚の井上毅(いのうえ・こわし)は、第一条を書くために、『古事記』『日本書紀』をはじめとする国史に関係する膨大な量の本を読み込んだ。憲法の冒頭に日本の国柄を、つまり「日本とは何か」を簡潔に書くために、日本国史を総ざらい知る必要があった。憲法の条文には長文を用いることはできない。二〇〇〇年以上続く我が国の本質を、たった二、三行で簡潔に書くことは神業といってよい。そして、この難題に立ち向かった井上が絞り出した答えが、次の一文だった。

 

「日本帝国ハ万世一系ノ天皇ノ治(しら)ス所ナリ」

 

「しらす」は『古事記』の天孫降臨の神勅にある「知らす」から来ている。現代語では「お知りになる」という意味なので、全体では「日本は天皇のお知りになる国である」となろう。だが「しらす」は古語で、既に使われなくなっていたため、伊藤博文の判断により、一般的な漢語を宛てて条文は「統治ス」に修正された。

 本書は、『古事記』の日本神話から語りはじめ、考古学と史学の最新学説をふんだんに取り込み、神代から現代の「令和」に至るまでの日本国史を一冊にまとめたものである。井上は「日本とは何か」という設問の答えを探し求め、本の山に分け入り、この答えに辿り着いたが、読者には、本書一冊を読むだけで、それと同じような経験をして頂くことを期待している。必要な要素は、本書に書いたつもりである。井上が憲法草案を書いてから現在までに様々な出来事があったが、井上が今同じ探究をしても、きっと同じ答えを出すだろう。

 本書冒頭で「答え」のようなものを掲げてしまったが、日本国史をどのように理解するかは人それぞれであり、これとは違った答えもあるだろう。また、例え同じ答えであっても、そこに至る思考の過程は人それぞれ違うかも知れない。

 国連加盟国は一九三カ国あるが、私たちは縁があって、この時代の日本に生まれた。こんなに面白い国の歴史を、自分の国の歴史として読めるのは、日本人の特権である。

 日本の歴史を紐解いていくと、歴史を貫く一本の線があることに気付く。それが「天皇」である。天皇は日本人の歴史そのものといってよい。しかし、これまで通史といえば、目まぐるしく交代する権力者を中心とした政治史が一般的だった。本書は、二千年来変わることがなかった天皇を軸として国史を取り纏めたものである。故に主題を『天皇の国史』とした。

 また、通史で陥りがちなのは、客観的かつ冷静的になり過ぎることである。自分たちのこんなに面白い歴史を書くのに(読むのに)、どうして興奮せずにいられようか。我が国は現存する世界最古の国家であり、その歴史を紐解くことは興奮の連続となる。これまで「日本史」は、外国人が学ぶ日本の歴史と同じだった。感情を排して淡々と綴られていた。しかし、日本人が学ぶべき日本の歴史は、それとは異なるはずである。本書は、日本人の日本人による日本人のための歴史を目指した。「日本史」とせずに「国史(The National History)」としたのはそのためである。私たちは何者であるか、示すことができたと思う。

 筆者は本書を執筆するに当たり、全ての時代について学界の最新の議論を把握することに努めた。学問は日進月歩であり、かつての常識が次々と塗り替えられている。時間が経過したら書き改めないといけない個所が生じることを予めお断りしておきたい。紙幅に制限があるため、参考文献は、実際に参照した書籍のほんの一部しか掲示できなかったが、それでも、引用した文献や、主な論点で参考にした最新学説を可能な限り列挙し、できるだけ読者が原典に当たることができるように工夫した。

 平成十八年に最初の著書となった『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)を上梓してから、単著二一冊、共著一〇冊、雑誌記事二一一本を世に送り出してきたが、本書は筆者にとってこれまでの研究活動と執筆活動の集大成となったと思う。

 巻頭に、歴代天皇の皇位継承図、世界各国略年表、神統譜を掲載したので、適宜見返しながら読み進めて頂きたい。読者が、この本を活用して頂けたら、この上ない喜びである。

 当初の予定より、大幅に分量が増えてしまったにもかかわらず、当初通りの価格で世に送りだして下さった版元のPHP研究所に、また、粘り強くお付き合い下さり、多くの示唆を与えて下さった編集者の中澤直樹様に、この場を借りて御礼申し上げたい。

 

 令和二年七月二十日

                                竹 田  恒 泰