「鈴木くん」、「田中さま」のように、人の名前などのあとにつけて、その人への尊敬の気持ちを表すことばを「敬称」(けいしょう)といいます。

 敬称には、特別な位の人にしか使えないものもあります。

 たとえば、「閣下」(かっか)。

 一般的に現代の国際社会では、国の機構の長、行政府の閣僚(かくりょう)、外国に派遣される大使などに使われる敬称です。

 日本の総理大臣、アメリカの大統領などの敬称は「閣下」です。

 英語にも敬称はあります。

 一般人に用いる「さま」に該当するのは、英語では男性は「Mr.」、女性は、未婚者が「Miss」、既婚者が「Mrs.」であることは日本人にもよく知られています。

 また「閣下」は「His Excellency」(男性の場合)とされます。

 日本には皇室があり、天皇と皇族には特別の敬称が用いられます。

 天皇・太皇太后・皇太后・皇后の敬称は「陛下」(へいか)、そしてそれ以外の全皇族の敬称は「殿下」(でんか)です。

 外国で王をいただく国では、国王に「His Majesty」(陛下)、女王に「Her Majesty」(陛下)の敬称を用い、その他の王族には「His / Her Highness」を用いるのが一般的です。

 特に英国では敬称に王室を意味する「Royal」を組み入れて「His / Her Royal Majesty」、「His / Her Royal Highness」としています。

 それに対して日本は皇室を意味する「Imperial」を組み入れて「His Imperial Majesty」、「His / Her Imperial Highness」としています。

 ところで、どこかの国で皇太子の結婚式や、国王の即位式などが行われると、世界中の国家元首が集まることになりますが、その時の席次は、「閣下」よりも「殿下」、「殿下」よりも「陛下」の方が上になります。

 つまり、「陛下」である日本の天皇は、「閣下」であるアメリカ大統領よりも、中国国家主席よりも、フランス大統領よりも、ロシア大統領よりも席次が上なのです。

 また、「陛下」が複数出席する場合は、在位期間が長い方が上席という考え方と、王朝の歴史が長いほうが上席という考え方の二種類があります。

 では「陛下」や「殿下」にはどのような意味があるのでしょう?

 日本では、地位の高い人を名前で直接呼ぶことを避ける文化があります。

 たとえば、自分のお父さんや学校の先生を「一郎さん」などと名前で呼ぶ人は少ないでしょう。

 また、会社でも社長を名前で呼ぶ人はいません。

 役職名で「社長」と呼びます。

 直接呼ばない代わりに、役職名で呼ぶか、もしくは敬称で呼ぶか、この二通りの方法があるのです。

 皇族のことを名前で呼ぶことは、さらに畏れ多いことなので、その皇族が住む御殿の下の辺りを指して「殿下」と呼ぶことにしました。

 このように、遠まわしにして呼ぶことが、地位の高い人に対する尊敬の念の表れなのです。

 幕末に、天皇の意見のことを「京都の御意向」、将軍の意見のことを「関東の御意向」などと表現したのも、敬意を表して遠まわしに表現したものでした。

 しかし、天皇については、「殿下」と呼ぶことも、まだ畏れ多いと考えられました。

 そのため、「殿下」よりもさらに遠まわしの「陛下」が用いられるようになったのです。

 「陛」とは宮殿にかかる階段を意味します。

 その階段の下辺りを指して「陛下」と表現しました。

 遠まわしの度合いが高いほど、尊敬の気持ちも高いということです。

 現在では天皇の敬称は「陛下」が一般的ですが、歴史的にはいろいろな敬称が用いられてきました。

 幕末頃までは、「お上」(おかみ)、「主上」(しゅじょう)、「天子様」(てんしさま)をはじめ、「今上」(きんじょう)、「南面」(なんめん)、「一人」(いちじん)、また天皇の住まいを意味する「御所」(ごしょ)、「禁裏」(きんり)、「内裏」(だいり)、古風なところでは「皇御孫尊」(すめみまのみこと)、「現津神」(あきつかみ)、「現人神」(あらひとがみ)なども用いられました。

 現在でも宮中では「お上」などは使われていますし、現在の天皇のことを「今上天皇」といいます。


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