白金高輪に「うずら」という鯨料理の店がある。

 これまでに接待費で四億円飲み食いしてきたという大手出版社の編集者に「日本一うまい鯨料理の店がある」と言われて行ったのが最初だった。

 ところがその店は路地裏にあって、目立つ看板もなく、勝手口のような入口しかないため、店の前を何度も行き来してしまった。

 この店で特に「絶品」の太鼓判を押したいのが「はりはり鍋」。

 鯨の出汁に鯨と水菜と揚げしか入らないシンプルなものだが、これが実に旨いのだ。

 一体誰がこのコンビネーションを考えたのだろう。

 この鍋は元々関西発祥だが、私はこれまで、関西でもこれほどのはりはり鍋は食べたことがない。

 シーシェパードの連中に「旨い牛鍋を食わせる」とか何とかいって「うずら」の鍋を食べさせたい位である。

 日本人ほど鯨を美味しく食べてきた民族はいない。

 三内丸山遺跡から鯨の骨が多数出土していることから分かるように、我々の先祖は遅くとも5500年前の縄文時代から鯨を食べ続けてきた。

 また、捕鯨の様子を書いた弥生土器が発見され、紀元前から捕鯨が行われていたことが判明している。

 捕鯨に反対している欧米諸国も、これまで100万頭以上の鯨を捕獲してきたが、彼等は鯨油を取ったら身も内臓も捨ててしまう。

 ところが日本人は肉だけでなく、皮や内臓まで食べ尽くし、あまつさえ、骨は工芸品、髭は文楽人形のバネに活用してきた。

 鯨には捨てる部分が無いのだ。

 このように鯨一頭をまるまる活用する文化は世界で日本にしかない。

 かつて鯨は限られた地域のものだったが、江戸時代に安定供給されるようになり、鯨は庶民の食文化として浸透し、様々な調理法が考案され、文政年間には『鯨肉調味方』という鯨料理の専門書まで出されている。

 しかし、国際的に商業捕鯨が禁止されてから、日本の鯨の食文化が急速に失われつつある。

 「鯨はかわいくて頭がいいから食べたら可哀そう」という理由らしいが、あまりにアホらしい。

 日本人は鯨を大自然の恵みとして有り難く頂き、鯨に戒名まで付けて慰霊してきたのである。

 漁獲量の三から五倍の魚を鯨が食べていることが判明している。

 捕鯨が禁止されたことで、今度は鯨が増加し過ぎ、水産資源が減退しているという。

 絶滅危惧がない限り、日本近海で何を取って食べようが、日本人が決めればよいだけの話だ。

 鯨の活用は日本の国益に叶う。日本人なら鯨を食え。




(『月刊食生活』平成24年8月号 連載「和の国の優雅な生活」に寄稿した記事です)


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