皆さんこんにちは。

本日は、「マネージャーという役割」というテーマで書き留めたいと思います。

 

企業においては、通常は「プレイヤー」から「管理監督者」になることを昇進とか昇格という表現で、喜ばしいことと捉えることが多いようです。確かに処遇に関しても、管理監督者の方が高い処遇を受けるのが一般的です。それは、一つの仕事にとどまらず、組織やチーム全体の成果に対する責任を負うからです。

 

では、プレイヤーで良い成績を残せば誰でも良い管理監督者になれるのでしょうか。どうやらその問いに対する答えは、Yesではないようです。

 

野球界を代表するスターだった長嶋茂雄さんは、監督としてももちろん実績は残しましたが、選手時代の華々しさと比べると、監督業は不得手であったといえると思います。長嶋さんは、監督になってからも自分で打席に立ちたい人であったし、全ての試合に勝ちたいがゆえに、選手起用も「いま」に執心して行っていたと言われています。ファンサービスという点では最高なのでしょうけど、でもそれをやってしまっては、選手にとっては、長嶋監督と同じ気持ちや境遇で育ったわけではないので、監督にはついていけない・・・という気持ちになってしまったのではないでしょうか。

 

ON時代の跡を継いだ原辰徳さんは、一般選手と比べれば現役時代にも素晴らしい成績を残しましたが、巨人の「4番サード」を任されるには、あれだけのスターであっても大変な重圧があったのだと思います。結果に対する評価も様々ですよね。

でも原さんは現役時代の実績に比べて、現在では「原監督」として評価の方が非常に大きなものがあります。原監督の現役時代を知らない若い世代にとっては、名監督のイメージしかないのではないでしょう。

 

 

特に第一次監督時代、前年までの素晴らしい成績から一転、チームが低迷して3位に終わった2003年に監督更迭となってしまったのですが、その時阪神星野監督から、「くじけるな、必ず戻って来い」と花束に託して激励され、涙した場面はとても印象的でした。監督としても「巨人」という看板の重たさに辛苦をなめて一度は監督を退いたのですが、その後に再度監督(マネージャー)としての彼の素養が花開くことになります。彼は第三次監督まで指揮を執りましたが、強くあらねばならない「巨人」の看板を背負って、何度も転んでは立ち直り、リーグ優勝や日本一を勝ち取りました。試行錯誤しながら監督業の王道を歩もうと努力した姿は、私にはとても素晴らしい姿に見えます。

 

管理監督者、すなわちマネージャーという役割は、選手の役割とは全く異なる、という認識をしっかり持たなければならないのだと思います。企業においても、マネージャーになるということは、同じ会社にいても一種の転職をしたのと同じで、マネージャー業を行うプロになることなのだろうと思います。

その点で、私自身がマネージャー職にいまだ慣れないのは、その覚悟が足りていないからなのだとも反省しています。ただ人間には、職種も役割も、合うか合わないか、好きか嫌いか、その肌感の差はあってもしょうがないとも思います。

自分が歩むべき道程が、本当にマネージャー職が正しいのかどうか、自分の好き嫌いだけでなく、組織にとって必要な存在かどうかも含め、進退の結論を出さなければと思っています。

 

最後までお読み下さりありがとうございました。

2021.7.30 #195