皆さんこんにちは。
本日は、「図書館訪問で考えたこと」をテーマに書き留めたいと思います。

このGW中は、普段は仕事で中々手が付けにくい修士論文作成の準備を集中して行っています。私のテーマは組織行動や動機づけに関連するもので、先行研究は海外論文が主になりますが、先行研究の中には論文だけではなく書籍(英語版)も該当する場合があり、その場合にその書籍を探し出して必要な部分を確認する作業は、正直申し上げて骨が折れます。

ただ、原典である該当書籍に実際に当たることをせず、他の先行研究論文の記載だけを頼りに自分の論文に転載してしまうことは「孫引き行為」になってしまい、研究倫理に反してしまうので、参考文献として自分の論文に記載する場合には、必ず該当の原本を確認することが求められるのです。


 

今回私が探していた書籍は1988年に米国で出版された書籍で、40年ほど前に出版された古いものなので、私が現在通っている大学院にも所蔵されておらず困っていました。
私の検索の仕方が誤っていて、国立国会図書館に所蔵されているように見えてしまったので一昨日に同所に伺いましたが、やはり所蔵されておらず、でも全国の図書館の中で6か所だけ所蔵されている図書館の記載があることを教えていただきました。
昨日は他の要件もあって母校の図書館に伺いましたが、その際にOPAC繫がりであれば所蔵されている他校の図書館で書籍を手に取ることは可能である旨をお聞きしたので、早速その足で所蔵図書館に伺い、該当書籍を見ることができました。

その際に特に驚いたのが、その図書館の職員の皆さまの対応でした。
入口受付で事情を話すと、他校大学院の学生証で入館させていただき丁寧な館内のご案内をしていただきました。また該当する書籍を自力で探したのですがすぐに見つけられなかったためにフロア受付の職員の方にその事情を話したところ、その受付の方が該当書籍のある所までわざわざ案内してくださいました。
確かに外部の者ではわからないようなところに所蔵されていたのですが、海外の古い書籍だったので、エレベータを2つ使い地下3階まで移動し、さらに相当奥まで進んだ一角にその書籍はあったのです。

母校の図書館職員、また所蔵されていた図書館の職員の方々の親切な対応のおかげでやっと見つけたその書籍でしたが、研究する組織行動の定義という面では、本当に多くの論文にその記載があるので、先行研究を行い論文を書いてこられた先達の皆さんは、同じようにご苦労されて論文を作り上げてきたのかと思うと、私も研究者の端くれとして、改めて言葉や文字の重要さを認識した経験となりました。

私の論文作成作業は、諸事情があって決して順調とは言えないような変遷で今日を迎えているのですが、やっと計画書レベルまでは作成できて指導教授に提出できました。
知識を整理し、新たな思考や理論を作り上げていくような作業をする際に、図書館は国の大切な機能の一つであることを実感した経験でした。

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皆さんこんにちは。
本日は「ベーシックサービスを考える」というテーマで書き留めたいと思います。

品川区長の藤澤さんの講演を拝聴しました。
区長は目指す社会として、「変化のスピードが速く、先行きが不透明な時代だからこそ、不安や不満といった「不」を取り除き、多様な選択肢を提示することが必要」と言われています。そしてその根幹には、「自己責任社会からの転換」を行い、「弱者を救うのではなく、弱者を生まない社会の構築」が必要だとも述べておられます。

国民一人当たりのGDPは、日本は1994年には世界第3位であったにもかかわらず、2025年には世界第38位になっているとのこと。
ランクが落ちることがすなわち貧困になった、ということには直結はしないのでしょうが、人口の減少、労働生産性の停滞、為替変動による購買力の低下、各種幸福度調査結果などを見る限り、国全体で成長感覚が薄くなってきていることは事実でしょう。
自己責任が原則とはいえ、所得も増えず物価も高騰していくような社会であっては、病気とかアンラッキーな出来事に遭遇すれば責任を取ろうにも取れない場合もあるでしょうし、バンクラプトを恐れてチャレンジしなくなることが、成長の阻害要素になっている気がしてなりません。


 

ベーシックサービスとは、所得制限なしですべての人に医療・教育・介護・住宅などの公共サービスを無償(または低額)で提供する制度で、所得制限なしですべての人に現金を定期的に給付するベーシックインカムとは異なる制度です。
北欧の福祉体制の基本はベーシックサービスで、それゆえ所得税や消費税の税負担率も高いわけですが、失業した場合には新たな職業スキルを身に付けられる制度があったり、教育の無償化によって成長のための再チャレンジを起こしやすい環境を作っていることから、将来不安の軽減し、最低限の生活の質を直接保障するとともに格差の「見えない化」を目指す制度かと感じます。
これは「大きな政府」になるのかもしれませんが、人口減もあって右肩上がりの経済成長が期待できない現状では、ある程度は必要な方向性なのかと思いますが、先の国政選挙でもこういう対立軸が見えてこなかったのは残念でした。

個人的には、税負担率を上げても教育投資にもっと注力すべきなのではないかと思います。教育は国家の根本施策の一つです。
教育にはお金がかかりますので、一般家庭では子供の教育のために、貯蓄だけでなく生活や働き方まで自分の成長可能性を狭めざるを得ないのが現実かと思います。ましてや生産年齢世代に当たる稼ぎ手自身の学び直しなど、夢の世界になってしまう。
一方で、世界中で大人の学び直し率が一番低いのが日本であると言われています。それには1950年代の生産性三原則に伴う労働観も背景の一つにあることはあるのでしょうが、現実的には家計の上でチャレンジがし難いことが直接の原因ではないかと思うのです。
教育の無償化が実現できれば、若い世代も生産年齢世代も、チャレンジマインドがもっと喚起されるのではないでしょうか。

行政の工夫は簡単なことではないのでしょうが、未来の日本国を作る若い世代のために、少しでも賢明な工夫をしてあげられるよう、自分のできることを考えていきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。
2026.4.19 #414

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皆さんこんにちは。
本日は、「変化の時に考える」というテーマで書き留めたいと思います。

日本では4月という時期は、社会においてもビジネス界においても大きな変化が生じるタイミングですね。
教育の現場でも4月は入学を迎える時期ですし、ビジネスでも4月~3月という事業年度を採る企業はとても多いので、4月は新事業年度のスタートであったりします。学校では新たな学校、学年、クラスになるでしょうし、会社でも新人が入社してきたり人事異動があったり、また組織改編があったりもします。

桜咲くこの季節に、これらの変化は一見華やかなようにも見えますが、人間はもとをただせば動物ですから、「変化」はそもそも好ましくないものと思えます。なぜなら、変化せずにいままで学習し経験してきたことの延長線上にいれば、それだけ危険が少ないからです。変化があれば、それに対して自分が安全になるように対応をしていかなければなりませんので、それだけ労力もかかるし危険も伴います。
 

 

では変化がなければその方がいいのでしょうか。
中世ヨーロッパはキリスト教の影響が強く、また階級制度も色濃く残っていたために、非常に変化の乏しい社会であったと言われています。
それが新教の誕生とともに、マックス・ウェーバーがいうプロテスタンティズムの倫理の世界、すなわち一生懸命稼ぐことは神からの使命に背くものではないという変化が生まれ、また産業革命も重なり、市民は自由・権利・義務の主体となる新しい変化の世界に突入していきます。
市民革命も起こり自立の機運が高まっていくのですが、その際もその喜ばしいと思われるような変化に対して、非常に不安を持った市民がたくさんいたとのこと。
それは、良くも悪くも従来の世界は、チャンスもなかったけれども、階級社会の中でたとえ低い地位であってとしても自分の居場所が確かに存在していたため、自由と裏腹に個人としての義務や責任を背負うという新しい環境に進むことがとても不安に感じたということです。

現代は、変化を重んじる社会です。でもこのような社会は歴史上は稀で、変化しないことが尊い時代が長く続きました。
毎日のように変化が連続して起こるようでは、ストレスもかかり続けてしまいますのでさすがに疲れてしまいますけれども、私は、節目においてはしっかりと必要な変化を受け入れ、適応していくことで成長も促されるものと思います。節目と節目以外では、対応の仕方を柔軟に変えていく必要性があること、それはキャリア論でも言われていることです。

私も公私ともに大きな変化が生じている機会となっていますが、その変化を受け止め咀嚼し、その変化の与えられた節目の意味をしっかり考えたいと思います。
そして将来に振り返った時に、あの節目があったからこそ成長できた、と思えるような振り返りができるよう歩みたいと思います。

最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。
2026.4.5. #413

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皆さんこんにちは。
本日は「築城3年落城3日」というテーマで書き留めたいと思います。

先週末は家族の用事があって愛媛県に伺いまして、その足で松山城を観光いたしました。旧来方式で築かれた城として、日本で10くらいしかないうちの一つのお城だそうで、城を支える石垣や屋根の漆喰など、長い歴史を感じる良い機会となりました。

「築城3年落城3日」という言葉があります。
社内研修の際に講師から教えていただいた言葉なのですが、ある種人間関係を象徴する言葉なのだそうです。
素晴らしい人間関係を作るには長い年月がかかるが、人間関係が崩れるときはあっという間であるという意味で使われるようで、過去にも身近なところで私も経験したことがありました。

ところが最近になって、3日で落城するようなことは起こりえない、と思っていた関係がいとも簡単に崩れた経験をしまして、改めてこの言葉の意味を考えています。

 

人間関係は近くなればなるほど、この程度は伝えても大丈夫なはず、という過信や甘えがどうしても生じます。でも伝える方と受ける方はコンディションが違いますから、受けた方の傷は近しい関係ほど大きくなってしまうのだと思います。逆に関係が遠ければ、「そういうタイプの人間なんだ」と割り切れるのに、近ければそれだけ苦しくなってしまうわけです。

「ヤマアラシのジレンマ」というたとえ話があります。
ヤマアラシは、単独では寂しくて周囲の仲間と群れようとするのですが、自分の持っている棘が分からず、お互いに近づけば近づくほど痛みを感じてしまう、という話です。

人間も同じなのかもしれません。
ですから、近しい中でも必要な距離を取り、相手をリスペクトしあいながら協力できる範囲で協力をしていく、という気遣いが必要なのだと思います。

落城すれば元通りにはなりません。また一度落城させなければ、当事者の一方が傷ついたり、双方が傷つけあってしまうこともあるかもしれません。
でもその落城から何かを学び取り、次の人間関係の構築に活かしていけるかどうか、私たちが問われていることなのではないかと思います。

最後までお読みくださりありがとうございました。
2026.3.22 #412

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皆さんこんにちは。
本日は、「タイパと読書」というテーマで書き留めたいと思います。

『本を読めなくなった人たち』という稲田豊史さんの本を読みました。
2023年度の文化庁の調査によれば、16歳以上の日本人の6割以上は1か月に1冊も本を読まないそうです。読書量の減少している理由としては、最も多いのは「スマートフォンやSNSの利用に時間を取られる」(43.6%)というもので、次いで「仕事や勉強が忙しい」(38.9%)という回答が続いたそうです。

とにかく私は、まず月に本を1冊も読まない人たちが日本の社会人のマジョリティである、ということに驚きを感じました。確かに仕事は忙しいでしょうし、仕事以外でも家族フォローの時間も必要で、常に時間に追われているような日常の方は多いと思いますし、自分もその一人ではあります。けれども、忙しいからこそ自分の成長のために充電をする時間をあえて確保しなければ、身体も心も消耗するだけになってしまうのではないでしょうか。


 

充電をするには色々な手段があると思います。普段の自分の生活とは違う経験や普段会えない人との交流などの直接体験も大切な充電手段でしょうけど、手軽で誰でも作れる充電機会は読書なのではないかと私は思います。

文芸評論家の三宅香帆さんも著書の中で触れていますが、SNS情報というのは、「情報」としての価値はありますが、それはあくまで純粋な情報でありノイズが含まれていません。ですから効率的でタイパもいいですね。でも、人間の機微とか経済合理的だけで行動しない人間の心理というものを考えようとするときに、ノイズをそぎ落とした純粋な情報だけを組み合わせても、果たして本当の姿が見えてくるのでしょうか。
一見無駄なように感じるノイズ的なものが、実は物事の本質につながるようなこともあるのではないかと思います。例えばブレーンストーミングでは、なるべく突拍子もないような発想を話し合うことによって新しい視点が生まれてくるのですが、そういうのがノイズの好例かと思います。

またSNS情報は、一種の中毒性を持つものといえそうです。スマホのSNSをついつい見てしまう、という方も多いのではないかと思うのですが、見ている者の趣向に合わせてAIがデータを選んで提供してくれるので、画面展開していても心地よさすら感じます。自分で考えなくても受動的に情報を入手することが出来るのです。
一方読書は、能動的スタンスがないと読み進めることは難しいです。小説であれば、登場人物が生活している情景を思い浮かべたり、その心理を代理体験したりしなければ逆につまらないですよね。

生活の忙しさや読み込む際のしんどい能動体験が壁となって読書離れが進んでいるのでしょうが、それならば逆に人間性を維持したり向上させたりするためにあえて読書をすることも必要なのかと感じたりします。

今や漫画すらも読書的なものとして捉えられているようです。それよりもSNSの動画の方が主流になってきているとのこと。動画の良さも利用しつつ、生活の中に少しだけでも時間を作って本を読む習慣を整えたいものです。

最後までお読みくださりありがとうございました。
2026.3.7 #411

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