皆さんこんにちは。
本日は、「小さな池の大きな魚現象」というテーマで書き留めたいと思います。
「ある達成場面において、自分をどのように解釈するのか、という自己認知がモチベーションの強弱を大きく左右する」ということを、外山美樹さんの文献から学びました。
同じ事象に出くわしても、その次のアクションを採る際、人によってモチベーションの高低が生じるのはなぜか、またそもそも自己動因に強弱がある理由は何か、ということが、人間発達科学を学んでいる私の大きなテーマであり、それゆえ外山さんの文献を興味深く読ませていただきました。
自分自身の捉え方に、「有能感」という側面があります。人間は誰しも、この有能感を覚えることで次の行動に向かってのモチベーションを維持することができると言われています。でもこの有能感は、自己基準によるというよりは、周囲の影響を受けて形成されやすいもので、意図的に考えなくても、普段の生活の中で身近にいる人と比較させられてしまうことにより、大きくなったり砕かれてしまったりするようです。
本日のテーマは、「小さな池の大きな魚現象」というものです。これは自分自身が魚だと仮定して、身体の大きさは変わらないけれども、大きな池に自分よりも大きな魚と共存している場合と、小さな池に自分よりも小さな魚と共存している場合とでは、自分の存在や影響力というものが自然と異なり、後者の方が有能感を持ちやすい、ということを例示しています。
でも、それでは常にレベルを落とした世界に身を置くことが、適度な有能感でモチベーションを向上させる秘訣なのでしょうか。
「小さな池の大きな魚現象」は、上記の問に対し、必ずしも是と応えるものではありません。社会生活をする上では、この逆の現象で、自分が「大きな池の小さな魚」状況に置かれる場合も多々あります。そういうとき、周囲からのプレッシャーや評価に過度に迷わされることなく、自分よりも少し優れた他者との比較を、自らが意図的に行い、自分の成長を促せるようなモチベーションに繋げていくことが大切だと思います。
持って生まれた生得的な差を、努力によって簡単に埋められるとは思っていません。寿命や病気発生可能性、また髪の毛の抜けやすさまで、いまは米国では100ドルたらずでDNAチェックを行って調べることもできるようで、生得的な個性に差があることは、当然の事実であり、根性論で解決するものでもありません。
でも、すべて遺伝で決まってしまうわけではありません。良い行動習慣により、継続して自分自身の能力を磨くとともに、環境の影響を認知による自己制御によってうまく調整していくことが、適切な「有能感」を持ち、自身のモチベーションを保つ秘訣であると思います。
自分自身がキャリアの主人公であることを意識することの大切さを、改めて考えさせられました。
最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。
2020.4.4 #066