今回の旅行もいよいよ最終日。昨日までの散策で、朝日と
夕日で撮りなおしてみたかったところ、バスで通り過ぎて
しまったところ、何もなさそうだけどどうしても行って
見たかったところをまわってみました。
まずは港から。昨日はすぐに船に乗り込んじゃいました
から写真が撮れませんでした。
港はまだツアーのお客さんも少なくてゆっくり見れました。
やっぱり綺麗だなー。
ここはホテルからは歩いて15分ぐらい。いちおう、
コルチュラ行きの定期船のスケジュールも見てみたんです
けど、往復1便しかなさそうなのであきらめました。
きっとまた来る機会もありそうですしね。
早起きしたおかげで朝市も見ることが出来ました。
アジにエソに、クツゾコにヤガラにオジサンかカナガシラの
仲間かな。割とレア系が多いなー。他にもエイとか鰯とか
クロダイ、いろいろ売ってましたけど鮮度はかなり悪いです。
野菜と果物もいろいろありました。朝市は楽しいなー。
港を回った後、残しているのは旧市街の夕方の風景と
スルジ山。まずはスルジ山の方に
ここは昔はロープウェイで登れてとても景色の良い場所
だったらしいのですが、旧ユーゴ軍に破壊されてしまい、
今は車で悪路を行くか歩くしかないらしい。
で、歩こうとしたのですが、ひたすら石段を登り続けても
全然頂上まで近寄れる気配がないので途中で挫折。
「歩いても可能」というだけで、実際には歩いて登る
人はあんまいないらしい。(実際半端なくきついです)
延々と石段を登っていたら、ぬこ様がほいみんを
観察してました。
この国は野生のざくろがたくさん。庭にもなってるし、
そこらへんにも大量になってます。
いいかげんなところで歩いて登るのはあきらめて、
いったん食事。
スカンピ食べてみました。11クローネ。2500円弱?
昼の日差しはきついので、ホテルで休憩して、夕方に再び
旧市街へ出かけました。
最初の日に登った城壁へ再度登って、ゆっくり見て
まわって来ました。でも動物ばっかり見ていたかな。
仲良しハト。
ぬこ様が城壁の間から。
この景色も見納め。
さて、城壁を半分で切り上げて、最後の場所、スルジ山に。
ここは行かなければいけない場所、と後でわかりました。
旧市街の入り口でタクシーの運ちゃんと話をして、
45ユーロで往復してもらうことに。
単に景色が良い、という話で行くことに決めたのですが、
ここはそんなに甘い場所ではありませんでした。
頂上近くなってから見えるのは、延々と続く廃墟と瓦礫。
運ちゃんはいろいろ話してくれます。この山はボスニア
だが、あそこから爆弾でみんな破壊してしまった、と。
戦後20年足らずですが、柵の向こうには誰も入れません。
無数の地雷が埋まっているから。
かろうじて外観だけぼろぼろになりながらも残っている
建物は、昔は宮殿だったと言います。
ということは、この広大な瓦礫の平原は、かつては
最も華やかな場所だったのかもしれません。
その廃墟の上から旧市街が見えます。それは確かに絶景。
ついこの前まで身内で殺し合うような惨状が繰り広げ
られていた国とは思えない、すばらしい街並みです。
クロアチアはわずか15年ほどで、驚くような復興を
遂げました。
しかし、彼らの心には忘れられない傷が残っています。
この山からの風景は絶景と紹介されていて、実際みんな
それだけが話の種になっている事がほとんどですが、
本当にそれしか感じないとしたら、それは余りにも
悲しい事だと思います。
運ちゃんはいろいろ案内して説明してくれます。
これは銃弾の跡。彼は戦争の当時から旧市街に住んで
いると言ってました。セルビアが、ボスニアがあの山
から爆弾を撃って来て、銃弾を打ち込んできて、と
話してくれます。
まだ手の出しようのない廃墟を抱えつつ、ここまで
復興してきた。この素晴らしい景色は、瓦礫の中から
彼らが作り上げたものです。
思えば私達もそうでした。
彼らの土地には大量の地雷が残っているので、復興できない
場所が多数残ってしまっているのが現状ですが、それでも
この「アドリア海の真珠」と呼ばれるドゥブロブニクは
表向きは完全に立ち直りました。
あとは、このまま平和な時が続けば、彼らの心も徐々に
癒されて行くのだと思います。
帰り道、突如ヤギの群れに出くわしました。こんな瓦礫の
上でも、立派に生きていけるんですね。
運ちゃんにお礼を言って、ホテルに戻りました。きっとまた
アドリア海の太陽を見に来ようと思いつつ、今回の
ほいみんの旅は終了です。
皆様、今回も旅行記を読んで下さって有難うございました。
しばらく間が空くかもしれませんが、やっぱり旅は
やめられません。頭の中には行きたい場所がまだ少し
あります。海外浮遊の旅は、また続きます。
スイスクロアチア編 完
















