昨日は、D証券が主催するネット囲碁の大会だった。
事前の段位認定で、少し有利になるように5段で出場したら、
メンバーを見ると6段常連がぞろそろ。考えることは皆同じか。
私が最後に大会に出場したのは(ネットではないが)もう15年、
あるいはもっと昔の事か。全勝優勝すると、(非常に高価な)
5段免状が飛び付き(前の段位免状が不要)で無料でもらえ、
かつ全国大会に招待されるとあって、偽(本当はもっと強い)
出場者が大勢出場している中で、なんとか優勝したのが最後だ。
その大会の決勝で、思い出すのも嫌な出来事があって、
その時の全国大会を最後に、大会出場を辞めたのだった。
今回はネット大会と言う事もあって気は楽なはずなのだが、
とにかく勝負事が好きな人間なので、久々の大会を前に、
意味もなく気負ってしまった。対戦相手の碁を事前に調べ、たぶん
普通にいつもどおりに打てれば負けないだろう、などとこれもまた
余計な事をやってしまった。調べようが調べまいが、アマの碁で
有利不利などない。
大会の内容も、予想したとおりの悪い方向に。
中途半端に相手の事を知ってしまったものだから、思い切った手が
打てなくなってしまった。もともと私の碁は守り主体なので、
勝とうと思うと、攻めるべきところで攻められなくなってしまう。
二捨一択の五分五分で守りを選ぶならまだしも、勝とうと思うと、
悪いと思っていても守りのほうを選んでしまう。
最初の精神的な敗着。細かな理屈は別として、打ち込めるところを
わざわざ囲わせて守らせている。守らせたためにかえって自分の
方に傷が出来てしまう。この白の構えは薄く、直前に余計な交換も
しており、①で②の1路左ぐらいに打ち込んでいれば白は収拾に難儀
しただろう。おそらくまぎれることも少なく、黒ペースだった。
こういうことは後から気づくのはよくあることなのだが、緊張して気負うと
対局時に分かっていても打てなくなってしまう。このときも、わかって
いるのに勝負を先延ばししたくなって逃げてしまった。最近、持ち時間の
ある碁を打っていなかったので、時間があると余計な事を考えてしまう
というのも良くなかった。
最初の失敗は致命傷にはなっていないのだが、実質的には
ここらへんの折衝でおかしくした。白△と打ったときに、実戦は
別の場所に打ったのだが、①に打っていれば、黒は地が多く、
なかなか負けにくかったのではないだろうか。
簡単な話、普段と違う緊張状態に置かれると人間は冷静な判断が
出来なくなってしまうということだが、株式も囲碁もその点は同じ。
客観的に見た判断を下せなくなってしまう、
ないしは、判断は下っても、自身の本能、衝動に負けてしまう。
これを「遊びだから」と言ってしまえる人は、「とてつもない人」か
「どうしょうもない人」のどちらかかもしれない。
遊びでも本気でも、人間の本質は変わらない。やってしまうことは
同じなのだ。「遊び」に反省や教訓を見出せない人は、おそらく
人生でも何も見出せまい。

