30代:
【病室の階下にあったもの】
霊感体質は遺伝することが多いと聞きます。とくに母がそうだと娘も覚醒するらしいですね。でも、私の母はそういう体質ではありませんでした。むしろ鈍感な方だったと思います。私だけが子どもの頃から見たり聞いたりしていたのです。
母の心の点で気になるとしたら精神的に不安定なところがあったことでしょうか。少々鬱気味だったのです。医者から薬を処方されていましたが、日常生活には支障ありませんでした。本当に働き者の健康な主婦だったのです。
その母が古希を迎えたときでした。ちょっとした段差に躓いて転倒したことをきっかけに徐々に足が悪くなっていったのです。
大きい病院を転々として、整体院や針鍼灸院にも通うなど、化学療法だけでなく民間療法も多用しながら治療を続けました。しかし、症状は悪化するばかり。ついには完全に歩けなくなってしまったのです。
原因は不明でした。働くことが好きだった人間が、寝たきりになってしまうことのショックは計り知れません。母の落ち込みは激しく、鬱病の症状は今までになく酷いものになっていました。
その母が検査のために地元の公立病院へ入院したときのことでした。私がお見舞いに行くと怯えるように言うのです。
「夜が怖いの。何か得体のしれないものが襲ってくるの」
「病院だからお化けがいてもおかしくないかもね」
私は母を安心させようと冗談っぽく言いました。でも……
「ふざけないで!ほんとに怖いんだから」
キレられてしまいました。霊感がない母は、お化けなど信じない性格。それがこの怯えようです。本当に何か出たのでしょうか? でも、話を聞いても何かを見たとかではないのです。訳のわからない悪夢にうなされ、重苦しい空気に包まれた状態で夜中に目が覚めるのだといいます。
恐らく初めての入院生活で気持ちが不安になり、そのような心理状態になったのだと思いました。
翌日、病院から電話がありました。母がベッドから落ちて足を骨折したというのです。動けない母がどうして? 私は急いで病院に駆けつけました。
「お母さんどうしたのよ」
「美由紀、私をここから出して!」
青ざめた顔で懇願するのです。話を聞くと、昨晩、霊みたいなものが実体として現れ、母のお腹の上に乗ったというのです。それに慌てた母は必死に逃げようとしてベッドから落ちたとのことでした。
「お母さんはそういうのが見えない体質でしょ。同室の人たちは誰も見てないというし、夢でも見たんじゃないの?」
「違うのよ!違うのよ……」
あとはずっと泣いてばかりでした……。
大病院に独特な霊気が漂っているのは知っています。でも死亡患者も出るところなので、それは仕方のないことだと思って受け入れていました。私みたいな霊感体質の人はみなそう思っているはず。だから、最初に母の病室に入ったときも良い感じはしませんでしたが、当たり前のことだと気にしないようにしてたんです。
母の容態は見る見るうちに悪化していきました。足の具合ではありません。鬱病が酷くなっていったのです。ひょっとして悪夢にうなされているから?
そして数日後、母が見るという悪夢は本物であると気づかされることがありました。それはお見舞いに行った日、地下の食堂でコーヒーを飲もうとしたときのことでした。それまでとは違うとても嫌な霊気を感じたのです。
「なんかいつもと違う。いつもより気持ち悪い。なんだろ、この感覚……」
理由がわかりました。食堂のさらに下の階に霊安室があることを知ったのです。
「もしかして!」
私は急いで病院全体の館内図を探して、母の病室の位置を確認しました。
「やっぱり……」
母の病室は4階なのですが、直線で見た真下は霊安室だったのです。つまり、霊安室から立ち上がる霊気が、真上にいる母を直撃していたのです。そのため毎晩襲われて、母は精神的に衰弱してしまったのでした。
母の言うことは本当だったのです。母は霊感がないと思っていたのですが、本当は自分で気づいておらず、無意識に心の中に封印していたのでしょう。それが、霊安室から突き上げられる強い霊気に当てられて、覚醒してしまったのです。
70歳での覚醒はショックだったに違いありません。精神的に耐えきれるものではありませんから。母の気持ちは現実逃避から完全に心を閉じてしまい、退院後も長い寝たきり生活から鬱病が悪化し、次第に呆けるようになってしまいました。そして、そのまま正気に戻ることなく亡くなってしまったのです。
少しでも霊感がある人は、入院の際に霊安室の位置を確認しておいた方がいいと思います。潜在的な素質を持っている人も覚醒しないように気をつけてください。
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