前回、我々は羅臼町役場を訪問し、漁港にある取水・給水施設を見学させてもらいました。そして、知床羅臼の海洋深層水が、全国どの深層水よりもいかに魅力的なものであるかを知ることができました。
では、その深層水はどのような工程を経て、化粧品の原料として生まれるのでしょうか。そこで、今回は製造工場を訪問し、深層水工房で実際の製造過程を見せてもらい、特許製法である凍結脱塩法について教えていただきました。
豊潤な知床の海に集まる流氷上のアザラシたち。
知床らうす海洋深層水
画で見る製造過程
~ 化粧水の原料として出荷されるまで ~
<原水の保管>
羅臼漁港の給水施設から運び込まれた深層水は、濾過した後、この原水保管タンクの中に入れられます。
ここから凍結脱塩法工程(化粧品用・凍らせる過程)のパイプと逆浸透膜濾過装置(飲料水用・温める過程)のパイプの2系統に分かれて送られます。
逆浸透膜濾過装置は23度±2度で温めます。これが最適な製造温度だからです。尚、ここでは凍結脱塩法工程を中心に紹介します。
冷凍庫のイメージ図
原水保管タンクから送られた深層水は、縦240mm×横330mm×高さ200mmの立方体のケースにそれぞれ入れられ冷凍庫で凍らせます。製氷する際に品質や作業性においてベストな寸法であるとして、この容量のケースになっているそうです。
凍らせる時間と温度は、凍結脱塩を行うための製氷プラグラムによって管理されています。一晩かけてゆっくりと温度と時間を制御(変化)させながら、品質の良いものを製氷していくのです。(*製氷プログラムは企業秘密のため公開できません)
<塩分濃度が分離された氷>
ケースから取り出された氷は全部が凍っているわけではありません。写真にある上部の窪みには塩分濃度の濃い水だけが溜まっています。これを高濃縮塩水といいます。このような状態になるのは、塩分濃度の薄い部分から凍っていくため、塩分濃度の濃い水は凍らずにそのまま残ってしまうためです。当然、凍っている部分は塩分濃度が薄いのですが、ミネラルバランスは高濃縮塩水と全く変わらないのです。
実際の製氷
補足ですが、写真の氷は正しく製氷された姿ではありません。実際はイラストのように六面全てが凍り、高濃縮塩水は中央部分に溜まっているのです。ここでは、分かりやすいように上部に高濃縮塩水が溜まったもので説明しています。
<分離作業>
高濃縮塩水を流し出し、水が溜まっていた窪みの周囲も削り落とします。これで脱塩氷の出来上がり。しかし、これを一つ一つ手作業で、1日に何十個もやるのですから大変な作業です。
ちなみに高濃縮塩水は、魚の浸漬や肉製品の加工工程で使用されています。
<脱塩氷の融解作業>
脱塩氷は脱塩融解タンクに入れられます。この脱塩融解タンクの側面は二重構造になっており、溝の部分に熱湯を通して融解します。詳しくは下のイラストを参照。これなら熱湯と脱塩水は混ざりません。
こうして出来上がった脱塩水は1トンタンクに保管されます。
上:外部 下:内部
<攪拌機>
塩分濃度を調整するためにタンク型の攪拌機で濃度の基準値を0.3%として出荷しています。しかし、顧客によっては基準値以下を希望するところもあるため、その要望に応える時は攪拌機を使って濃度を調節するのです。
そして、フィルターで濾過して終了。
<細菌検査>
安全面を考慮し、出荷前には必ず水質検査を行います。本社には検査設備が整っており、シャーレでの細菌検査で何も問題がなければ出荷されるのです。
『工房長にお聞きしました』
――なぜ海洋深層水を手掛けるようになったのですか?
「当時の社長が、流氷の下に多くの魚やプランクトンが集まることに着目したのがきっかけです。そこで調査研究をしているうちに、羅臼の海洋深層水にはとてつもない栄養分があることが分かったんです。その栄養分を壊さずに利用する方法として凍結脱塩法を開発し、化粧水に使ってもらっています」
――凍結脱塩法を見て大変だと思ったのは、製氷後に手作業での工程が多いということでした。
「確かにきつい作業です。特に冬の時期に行うのは辛いですね。しかし、これはミネラルバランスを壊すことなくお客様に届けるための必要な工程ですから。むしろやりがいがあります」
――飲料水専門は別工場ということですが?
「やはり飲料水になると保健所の許可が必要になり、製法の段階で100度近くの熱処理を行わなければなりません。つまり殺菌ですね。しかし、それだとミネラルが変形してしまいます。
そこで、化粧水の原料を製造するこの春日工場では、豊富なミネラルを壊すことのないようにフィルターで菌を除くようにしているのです」
――安全面で気をつけていることはありますか?
「菌の問題ですね。だから製品を詰める作業所は、手術室と同じようにクリーンルームとなっていて、必要な清浄度を維持する環境で行っています。」
――豊富なミネラルを維持するための製造努力、化粧水として必要な安全面での配慮。ここで作り出される海洋深層水が、いかに価値のある素晴らしいものであるかが理解できました。
*『クリーンルーム』とは、空気中の浮遊塵埃が限定された清浄度レベル以下に管理され、必要に応じて温度・湿度等を一定の基準に制御する部屋のことをいいます。
[補 足]
凍結脱塩法とは?
海水が塩分濃度の薄い部分から凍結することに着目した方法。早く凍結した氷を溶かすと塩分の薄い水ができます。これにより海洋深層水の持つ豊富なミネラルを損なわずに低塩分濃度の水が作れるのです。
塩分濃度0.3%でも脱塩?
脱塩とは言うものの塩分濃度を0%にはしていません。0%にするとミネラルが少なくなってしまうからです。それらは硬度が低い飲みやすい水(軟水)となり飲料水に使われることになります。そのため栄養あるミネラルを残すために塩分濃度0.3%の水を脱塩深層水として製造しているのです。
今までとどう違う?
従来の脱塩方法は特殊なフィルターで塩分を吸着・除去していましたが、それではイオンなどのミネラル成分も塩分と共に除去されていました。ゆえに有効なイオンを残したまま脱塩できる凍結脱塩法は画期的と言えるのです。
[知床らうすの海洋深層水]
200m以深の海水を海洋深層水と呼びます。グリーンランド周辺で冷やされて沈み込んだ海水が、一度も大気に触れることなくインド洋や太平洋の海底を循環し、表層域へ湧昇するのは200年後です。つまり、今の深層水は汚染とは無縁の室町時代から江戸時代の表層海水と考えられています。
根室海峡の半島入り口付近は水深が約1000mにもなり、海流が野付水道を通り太平洋に流れ込みます。そのためオホーツク海から根室海峡へと流れ込んだ海洋深層水は海峡の北部から湧昇し、羅臼の海底で取水されているのです。