30代:
【霊界の死者が私を呼び込む】
それまで命にかかわるような怪奇現象はなかったのですが、一度だけ本当に危なかったことがあります。
結婚した直後の31歳の時でした。都内の大きな霊園が見える駅でのことです。プラットホームの白線に立っていた私は、何気なく目の前の霊園を見ながら電車の到着を待っていました。その日は、気持ちの良い青空が空一面に広がり、ちょっと怖い雰囲気のある霊園もきれいな景色の一部となって、私の心の中に自然と溶け込んでいくような感じでした。
その時です。突然、左肩が線路に引き寄せられるように傾いたのです。まるでなにかに引っ張られるように。
「危ない!」
幸いすぐに体勢を整えることができて落下せずにすみました。誰かに押されたのかと思い後ろを見ましたが、周囲には誰もいません。時刻は午後3時。ラッシュ時ではないので、誰かがぶつかったということもあり得ません。
「え……? なに? なにが起こったの?」
呆然としていると、また体が線路に引き寄せられるような感覚に襲われました。
(助けて……)
叫ぼうとしましたが、喉の奥が詰まったような感じになり声になりませんでした。辛うじて両脚で踏ん張っているものの、上体は少しずつ前方へと傾いていきます。
(やだ、やだ……どうなってるの私? このままじゃ線路に落ちちゃう)
声は出ないし、体は自由が利かず線路に向かって落ちようとしている……。
「まもなく電車がまいります」
突然、ホームに響くアナウンスの声。微かではありますが遠くで電車の音も聞こえてきました。普段は気にしない電車の音が、この時ばかりは身動きのできない私に、電動のこぎりが近づいてくるような恐怖を感じさせました。
ゴォォォォー!
(いや、いや、助けて!)
徐々に近づいてくる轟音。噴き出す汗。倒れそうになる体。先頭車両が目の端の視界に入ってきます。
それと同時に、眼前に飛び込んできたのは正面にある霊園でした。ただし、さっき見た青空のもとにある爽やかな雰囲気ではなく、霊園全体に灰色のもやがかかっています。
咄嗟に思いました。私は、霊園に引き寄せられているのだと。
「いやだ! やめて! まだ死にたくない!」
やっと声が出ました!
ゴォォォォー!
体の傾きは寸前で止まり、電車が目の前を走り抜けていきます。
危うく線路への転落を免れることができました。もし、あのまま引き寄せられていたら……。そう思うとぞっとします。
霊園の風景を、自然のものとして溶け込むように受け入れたことで、そこにある霊界と私の霊感が繋がって同調したのかもしれません。確証はありませんが、そうとしか考えられないのです。だって、今までそんな現象に遭ったことがなかったからです。それ以来、私は駅から霊園を見ないようにしています。
後日、ネットでその霊園のことを調べたところ、やはり不思議な現象に遭っている人の投稿がありました。
投稿者A「霊園を通って駅へ向かう途中、中で迷ってなかなか出ることができませんでした。目の前に駅が見えているのに抜け出せなかったのです。夕陽が血の色を連想させるほど赤かったのを覚えています。墓地が異世界と通じているような錯覚に陥りました」
これに対しての反応も同様のものでした。
投稿者B「私も知らぬ間に入り込んでしまい、迷って出られなくなりました。やはり 夕刻でした。私を出さないようにしているのかと思い怖くなりました」
霊園を怖い場所とは思いません。故人が眠る大切な家だからです。ただし、霊感のある人はくれぐれも気をつけた方がいいでしょう。私も決して一人では行きません。