若い頃に所属していたタレント養成所の同期Aと会った。生粋の日本人なのだがハーフ顔でかなりのイケメン。当然、女のコにモテていた。約20年ぶりの再会ですっかりおじさんになっていたが、今はイケオジでもあった。
話はどうしてもおじさんにありがちな仕事や不健康自慢になるのだが、懐かしかったのは出会った頃の芸能活動のことだった。といっても、新人の頃はエキストラばかりだったので、偉そうに芸能活動なんて言える代物ではないが…。
当時の仲間たちは皆職に就いていて、本業の傍ら養成所でレッスンを受けていた。私も編集者として活動していたのだが、途中から芸能雑誌の仕事が本格的になったので、養成所を1年で退所することになった。一方Aはその後も在籍し続けたが、仕事はチラシのモデルかエキストラしかなく、結局2年足らずで夢を諦めてしまった。
やめる決心をつけたのは黒澤明監督の『影武者』に出たことだという。エキストラとはいえ黒澤映画に出られたことを羨ましいと思ったが、本人はそうではなかった。むしろ怒り狂っていた。
妥協せず厳しい撮影で知られる黒澤明は、その他大勢のエキストラにも容赦しなかったという。Aは足軽役で合戦の最中に殺されるのだが、倒れた際に顔を踏まれるシーンを入れることになった。確かに大勢が殺し合う乱戦の中で倒れれば、敵味方問わず誰かに顔を踏まれるのは必然だ。また、迫力あるしリアル感も増す。
Aは顔を踏まれるのが内心嫌だったが、黒澤映画に顔が映るのならと渋々承諾した。だが、踏む役の相手もエキストラで、Aに気を遣い軽く踏んだものだから監督は激怒。「本気で踏め!」と。
自他ともに認める自慢の顔を、歪むほど、汚く、本気で踏みつけられたA。それだけでも屈辱だったのに、そのシーンは使われなかったという。そりゃ怒るわな。
結局Aは、それを機にタレントへの道に踏ん切りをつけた。そして、今でも世界的巨匠を恨んでいるという。Aの悔しさは心情的に理解できるが、監督には監督の意向があるから恨むのはちょっと筋違いかな。エキストラといえども役者の端くれ。いちいちそんなことで怒っていたらやってらんない。
ちなみにAは、この裏話を同期の私には話してくれたが、他の人には「黒澤映画に出たことがある」としか言っていない。それだけで「え~、すごい!」と言われるからだ。なんだ、ちゃっかり利用してんじゃん。
[編集後記]
私もエキストラ時代を含め、テレビ出演では人に言える作品と言えない作品がある。