毎年8月になると1本の作品が頭に浮かぶ。それが『ムッちゃんの詩』…。
ミュージカルは滅多に観ない。というか、自分から積極的に観ることはない。だから、わざわざお金を出して観に行くことはない。しかし、そんな私がたまたま観ることになったミュージカルがある。
それは、アイドルから女優への転身を図っていた西邑理香(姫乃樹リカ)を取材するのがきっかけだった。その時、彼女は『しあわせ色の青い空』という手話ミュージカルに出演することになっていた。
ミュージカル自体興味がないのに、それに手話まで加わると内容なんて理解できないのではないかと思っていた。だから、取材前に行われる通し稽古も時間つぶしの軽い気持ちで観ていた。
通し稽古なので舞台装置は何もされていないし、出演者も衣装はなくジャージー姿だ。客席にいたのは関係者を除いて、部外者は私一人だ。
だから本当に早く終わらないかなという気持ちだった。早くひいきの理香ちゃんに会ってインタビューしたいよ~というのが本音だった。
しかし、内容があまりにも良かったので思わず見入ってしまった。ミュージカルに抵抗があったはずなのに素直に受け入れることができた。また、手話の入ったミュージカルといっても全然違和感がなく観ることができた。
そして、ラストシーンでは人目もはばからず涙を溢れさせていた。
原作は『ムッちゃんの詩』。かつては85年に磯崎亜紀子の主演で映画化もされている。そこで改めて原作本を読みたいと思って図書館に行ってみたのだが、どこにも置いていなかった。古い本だし、ベストセラーではなかったからか? それでも国会図書館に行ってようやく読むことができた。
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簡単にあら筋を述べる。
昭和20年の終戦末期。京都から大分に疎開した6歳の町子は、空襲の際に避難した防空壕で12歳の少女ムッちゃんと初めて出会う。ムッちゃんは横浜の空襲で母とはぐれ弟を亡くし、大分の親戚に預けられていた。しかし、肺結核を患っていたため疎開先の親戚からも見放され、しかも、たった一人で防空壕に住んでいたのだ。それゆえ常に孤独だった。そのため空襲警報が鳴ると皆がやってくるので、空襲があると嬉しくなるという変わった子だったのである。
他の誰もがムッちゃんを避けるなか、同じ子供である町子はムッちゃんに関心を強めていく。子供ゆえに結核の怖さを知らないというのもあったのだが。大人たちの目をかすめてはムッちゃんと町子は仲良くなっていく。
ある日、町子は防空壕に居る時「水が飲みたい」と母親に我がままを言う。しかし、その時はとても水を取りに行ける状態ではなかった。それでも我がままを言って母親に怒られる 。見兼ねたムッちゃんが竹筒に入った自分の水を分け与える。喜んでそれをもらった町子だが、濁って臭いその水はとても飲めたものではなかった。一口飲んだだけでムッちゃんに返す町子。ムッちゃんは、そんな腐った水を大事に抱え、生きるために少しずつ飲み続けていたのである。それが不味い水だということを理解できずに…。
もう、このシーンには胸が熱くなる!
そして、戦争は終わったのだが、防空壕に一人取り残されていたムッちゃんは…。
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柄にもなく号泣してしまった。ジャージー姿の通し稽古なのに、のめり込んで観てしまい泣いてしまった。これがフィクションではなく、真実ということがより感情を高めてしまった。同じ戦争の悲惨さを描いた映画『ひめゆりの塔』を観ても泣かなかったのに、これでは号泣してしまった。
戦争のむごたらしさを伝えるためにも多くの人に観て欲しい。戦争の一番の犠牲者はいつも子供達であり、大人の傲慢さが子供達をいかに傷つけているのかということを実感する。このような人の心に訴えることのできる作品は、もっと多くの人達に見てもらうべきだ。
90年代に何回か行われたこの舞台は、2019年に一度復活している。手話でも違和感はなかったが、動きに制限がないバージョンも観てみたい。映画もAmazonあたりで配信して欲しい。8月だからこそ。
毎年8月には防空壕の舞台となった大分県で『ムッちゃん平和祭』という慰霊祭が行われている。大分だけでなく全国で広めてもらいたい。なぜ、こんな名作にスポットが当たらないのか歯がゆくて仕方がない。
[編集後記]
コロナ禍のせいで大分に行けないし、平和祭自体も中止になっている。機会があったらぜひ観てもらいたい。戦争を知らない世代に観せてもらいたい。ちなみに本よりも舞台の方が泣ける。