歯科の本で『口の中に毒がある』という書籍があり、その表紙にはガスマスクをつけて治療をしている写真が載っている。本のタイトルと合っているのでインパクトは十分だ。それにしても、いくらなんでも随分と大げさな表紙だ。…と、思っていた。しかし、それは大げさでもなんでもなかった。
フッ素で歯を救われたゆとり世代と比べて、昭和世代のほとんどは銀歯の治療痕がある。奥歯の虫歯を治療した時は、銀色の詰め物をするのが当たり前だったからだ。しかし、その正体は歯科用アマルガムと言って、高濃度の水銀が含まれた合金なのである。水銀は安くて簡単にできる治療だから使われてきたのだ。あの恐ろしい水銀が我々の口の中にあるなんて…。いったいこの事実をどれだけの人が知っているのだろうか?
化学的研究結果では、安定した合金なので溶けることはないとして、我々の口の中に使用されてきた。しかし、一部の歯科医の中には、やがて口の中で劣化し、腐食して人体に影響を及ぼす危険性があると言う人もいる。口の中で、いつどういう形で水銀が体内に入り、肝臓やその他の臓器に蓄積されるか分からないと言うのだ。だから、この頃はアマルガムを使用しなくなっている。
ならば、そんな恐ろしいものはとっとと外してしまおうと思うのだが、実はそっちの方がリスクが大きいのである。アマルガムを削って除去しようとすると、水銀が気化し、それを吸い込む可能性があるからだ。だから、現在口の中で安定しているのなら、むしろそのままにしておく方が無難ということなのである。
それでも、どうしてもそんな物は除去したいという人がいるだろう。しかし、普通の歯科医院ではやってもらえない。専門の設備が整った医院でなければ、できないのである。患者だけでなく、歯科医も気化した水銀を吸いこんで神経をやられるという危険を伴うからだ。つまり、本の表紙のガスマスクはシャレではないということだ。
アマルガムの使用は減ってきていると言うが、保険が適用されるし、治療には有用ということで、今でも使い続けている歯科医がいると言う。この事実を知ったなら、これから虫歯治療を受ける人は気をつけよう。
余談だが、子供の頃、怪我をすると当たり前のように使っていた赤チン。いつの間にかなくなったが、同時期にアマルガムの使用も減ってきたという。そう…赤チンにも水銀が入っていたからだ。水銀は神経に作用するため、痛みを抑える効果があったからだ。我々は何も知らずに、怪我の痛みも虫歯の痛みも水銀でごまかしていたにすぎなかったのである。
運動会や体育では赤チンの数が多いほど男の勲章とされていた。“今にして思えば”毒の勲章を見せびらかしていたわけだ。
小学生の頃、若くて美人の保健室の先生に赤チンを塗ってもらうのが嬉しかったのだが、“今にして思えば”毒を塗られていたわけだ。
「やんちゃしちゃダメよ」と優しい口調で語りながら、天使の笑みを浮かべて毒を塗りたくる保健の先生。“今にして思えば”悪魔の微笑みだったわけだ。