先日のある出来事をきっかけに、JR中央線のグリーン車に乗るようになった。
その“あること”については、また別の機会に書こうと思う。

 

私が乗車するのは東京多摩地区の立川駅。下車は神田駅。およそ50数分の道のりだ。
乗車料金は658円。そこにグリーン料金750円が加わる。もちろん自己負担である。

 


朝の通勤時間帯、立川駅では普通車でも運がよければドア付近の定位置を確保できる。

そこは私にとって大切な“読書タイム”の場所だった。もっとも、それも15分ほど。

途中駅を過ぎれば、あとは押し合いへし合いの世界だ。身体を支えることに意識が向き、本を開く余裕はなくなる。

スマートフォンで音声配信を聴くのが精一杯。それが何十年も続いた、私にとって当たり前の通勤風景だった。

 

ところが、ある日グリーン車に乗ってみた。2階席だった。

 

階段を上がり、座席に腰を下ろした瞬間、世界が変わった気がした。
なんと快適な空間だろう。

 

隣との間隔にゆとりがあり、足元も広い。窓が高い分、視界も開けている。
誰に遠慮することなく本が読める。
少し目を閉じて考え事もできる。
窓の外を流れる街の景色を、ただ眺める時間さえある。

 

心なしか、周囲の人たちも穏やかに見える。
眠る人、本を読む人、パソコンを開く人。
それぞれが静かに、自分の時間を守っている。

ああ、みんな750円で「安心」と「自分の空間」を買っているのだな、と思った。

 

それは贅沢なのだろうか。

これまでの私は、通勤時間は“耐えるもの”で"通痛時間”だと思っていた。
できるだけ効率よく、できるだけ安く。
時間は我慢と引き換えにやり過ごすものだった。

 

けれど、65歳が見えてきた今、少し考えが変わってきた。
人生の残り時間を意識するようになると、50数分という時間も決して小さくない。
 

その時間を、窮屈さの中で過ごすのか。
それとも、自分を整える時間にするのか。

 

750円は高いのか。

以前の私なら、迷わず「高い」と答えただろう。
けれど今の私はこう思う。

時間を削るためではなく、時間を豊かにするために使うお金は、決して高くはない。

 

中央線のグリーン車に乗って思ってみた。

750円は安いと。