ー検査が終わり、無事退院して日常に戻ったものの―
仕事に戻って、会話をして、笑っていても、ふとした瞬間に「もしかしたら…」と頭の片隅に不安が湧いてくる。
目の前のことに集中しているつもりでも、気づけばまたふと結果のことを考えている。
そんな毎日でした。
大阪で一人暮らしをしている母には、検査入院のことは黙っているつもりでした。
もう高齢だし、余計な心配はかけたくない。
そう考えていたのですが、ふとした会話の中で気づかれてしまいました…。
「大丈夫だよ。人間ドックの延長みたいなもんだから。あくまで“念のため”の検査でね」
――そう伝えたけれど、実際にはまだ結果はまだ先。
それでも、私の"大丈夫”という声を聞いた母は少し安心したようで、
「それならよかった。元気そうでなにより」と穏やかに話してくれました。
その時、はっとしたのです。
誰かを安心させることって、自分自身のためでもあるんだなと。
そして、誰かが自分のことを心配してくれているという事実が、こんなにも心強いとは。
今回の入院と検査を通して感じたのは、
「人は一人では生きていない」という、あまりに当たり前なことでした。
誰かが自分を支えてくれる、そして自分もまた、誰かを支える存在になれる。
それが家族であっても、友人であっても、仕事仲間であっても。
60歳を過ぎ、生き方を見つめ直す年齢になって、
"どんなふうに生きていきたいか”と考えることが増えました。
健康のこともそう、心の持ち方もそう、もちろん仕事のこともそう。
支え合い寄り添いながら過ごせる一日一日を大切にしたい。
そして、自分も“誰かの安心”になれるような、そんなシニアでありたいと思うようになりました。
結果が出るまでの“待つ時間”は、確かに長い。
でもその時間が、見つめ直すきっかけをくれました。
心配してくれる人がいること。
それにちゃんと感謝できる自分でいたいと思います。
何故か検査翌日に出た麻婆茄子が美味しかったことを思い出しました 。

