あれから9年、今できること 2020年3月11日発信

3.11 3月11日、8年間続けてきた「3.11追悼の集い」は開かれなかった。しかし、もともと集まることに意味があったわけではない、忘れないでいることが目的だった。
 間近になっても問合せがあった。「やはり、中止ですか・・・」
 「ええ、今年はお家で一人一人の胸の中で追悼をしてください」そうお願いした。
 届けられていた数百個の牛乳パックは、1月末にはすべての作りが完了した。
 「今年は環境に優しい暮らしをイメージして葉っぱの形に窓を開けたよ」と妻(当新聞グルメレポーター)が嬉しそうに言った。
 その点火作業の手伝いも大勢の方が声を掛けてくださったが、結局、集まりの自粛が求められていることと逆行するのでお断りした。
 「迷惑はかけられないよ、二人でやればいいよ」と妻が言い、「うん、まあそうだね」と私(記者)も答える。
 そうは言ったものの、数百個の点火は大変だ。そこで池用の9個のサークルのうち8個をいつものガレージに並べ、9個目を池に浮かべることにした。 これだと点火も比較的スムースだし、設置も二人でやれる。

3.113.11 午後5時、点火。
 1個、1個のキャンドルに、あの日のことを思い返しながら火を灯す。午後6時、完了、黙祷。
 私たち二人の残された時間も、そう長くはない。しかし、それでも今日を生きていられる、だからこそ1日を大切にしたい、意味のある1日にしたい。
それは決して自己保身の生活ではなく、社会の助けとなるよう生きる。 10年前、亡くなられた多くの人たちが教えてくれた最も大切なメッセージだと思う。

(写真・レポート 三宅 優)

里山の早春譜、届く・・・。 2020年3月9日発信

里山 コロナの不安はまだまだ続くが、閉じこもってばかりいられない。里山建部から今季初めの活動報告が届いた。
鳥越池の向こうに立ち昇る煙、炭焼きの開始だ。窯を設えてから幾年月、今では里山の風物詩、メンバーの男たちもそれなりに歳をとった。 だが不思議とその表情は10年前に出会ったままだ。全員が体を動かすのが好き、人と協働するのをいとわない、笑いがいつもの挨拶。 いいメンバーに恵まれた。

里山 原木の丸太に打ち込むのはシイタケ菌。これを採集して販売するのが目的ではない、自分たちで実りを味わうのが喜び。 大きな事業など考えない、あくまでも身の丈に合った活動。「里山建部」事務局の勝部(当編集長)は言う。
 「この会はこの会に今いる人たちのための会であって、後の人たちは、後の人たちで自分らの楽しみを作り出して行けばいい。 むろん、その時には人生100才まで働けと言われ、楽しむなどという生き方は残ってないかもしれない。しかしそれは、結局は自分の人生をどう生きるかなのだ。 人に言われて生きるか、自分で決めて生きるか」

里山 この春の「里山まつり」は当然として中止となった。メンバーにもちょっと気が抜けたような一面がある。数百人がこの富沢地区にやって来るなど10年前には考えられなかった、そのイベント取止めは確かに寂しい。しかし勝部が言う。
 「今回のことは、里山のこれからを考え直すいいきっかけのような気がする、自分たちに本当に大切なことはなにかを考える・・・」
 窯から上がる白い煙りがやがて透明に変わるまでの三日三晩。今年はどんな風合いの炭が誕生するだろう。

(レポート・三宅 優 写真・勝部 公平)

 「32の古墳を探せ!」見失った建部古墳を再発見! 2020年3月1日発信

古道を歩く古道を歩く コロナ一色の日本、そして建部町でも。学校、公民館、施設、あらゆるところで行事が中止。当新聞の取材スケジュールもほぼ空白。まあこんな時もあるか、でもいつまで?
 この日、地元の仲間と前から計画のあった小さな山歩き。これは外の活動だし参加者も地元民なので心配なし。そこへ、オニビジョンの松本記者「いやあ、どこもイベントが無くなって・・・」。
 そしてさらに、福渡にオープンした民泊滞在中のアメリカ人ご夫婦も。
 「せっかくなら、じっくりと日本を味わいたいと思い、ここに6週間居ることにしました。今日は面白そうな計画と聞いて参加しました」

古道を歩く古道を歩く ニューヨークから来たというアキラさん(横浜出身)と妻のトレイシーさん、ご主人の故国をもっと深く知りたいと去年の夏から1年間、全国を旅している。
 アキラさんが面白そうと言ったこの山歩き、ただ歩くのが目的ではなく、旧建部町の頃に文化財の指定を受けていた古墳群、今では長く放置されて、 在りかが不明となっている大き目な古墳について新たに見つけようという試み。
 場所は建部上に鎮座する法寿山、山中、旧建部町教育委員会資料によれば、ここに32の古墳群があると地図にも明記されている。しかし草や木が伸び放題に覆う自然相手に、地図にはこの辺とあっても、一向に見つかるものではない。記者もこれまで10回ほど上がったが、再発見はない。

古道を歩く古道を歩く さて建部里山ハイキングクラブ、本田隊長率いる探検隊に「タケベのビーナス」は頬笑むか?
 朝、9時、建部七社八幡宮を出発した一行は直線に急こう配の斜面を四号、五号墳へと向かう。
 昨日の雨で地面の枯葉はビッショリ、おまけに体が触れるたびに小枝から水滴がポタリ。そのうち「これが、そうだな」まずは地図上と一致。
 六・七・八と探すが手掛かりなし、とりあえず町指定「五輪塔」で一休憩。つづいて上へ100m、3号墳、そして、このままでは古墳体験にならないと、確かな形の残る1号墳へ。そこから再び急斜面を165m上へ29号墳「よう、わからん」
 水平に移動し「31号は結構大きいと書いてある」「うん、これだ、間違いない」灌木を切り払い、立札を建てる。「31号」。
 参加者で大田の「なんでもBOX」主催の河原さん「今日、3月1日はワシの誕生日じゃ、その日に31号が見つかるなんて、何か特別な意味があるような・・・」と、感激ひとしお。

古道を歩く古道を歩く 世紀の再発見?に気を良くした一隊は、建部古道に出て山頂方向へ32、27、26、25、24号墳へ。さらに・・・「いや、いや、もう、お昼になったから、あとは次の楽しみに残しておこう」

 万歩計では7000歩、3.5キロのトレッキングもやっと終了。
 最後にアキラさんの感想「今日は建部の古い歴史に触れることができて、とても楽しい時間を過ごせました」

 なんにもないけど、探せばきっと見つかる、たけべ再発見の旅へウエルカム!

 古墳群地図


(取材・写真 三宅 優)

 ■今月の「たけべ人(びと)」

建部で活き活きと活動する人にスポット。
  建部町が岡山市に合併して何が変わっただろう。
 良かった点、悪かった点、共にあるのだろうが、
 最近しきりと町民が口にするのは、細かい所に
 手が届かないもどかしさ。特に高齢化著しい
 建部町において、お年寄りの抱える悩みは多い。
 そんな課題に身近に寄り添って相談に乗り、また
 様々な催しを企画して、お年寄りのみならず、
 障害を持つ人のための支援をするのが、岡山市
 社会福祉協議会。今回の「たけべ人」は、
 その建部支部で奮闘する香本 幸男さんです。


 (取材:勝部 公平 写真:三宅 優 )

香本 幸男
(プロフィール)
 香本 幸男(ゆきお)
 1977年久米南町下弓削に生まれる。
 高校を卒業後、福祉の短大に入学。
 修学後は宇甘川荘、ほのぼの荘に勤務。
 現在、岡山市社会福祉協議会建部支部に在職。
 社会福祉士。
 建部町宮地、在住。  

    

 

(勝部公平) 香本(こうもと)と書く名前は珍しいですが、ご生まれはどちらですか?
 (香本 幸男)「 久米南町の下弓削です。そこにずっと住んでいました 」

 建部に来ることになったのはどういうことで?
 「そもそも建部に来たのは、福渡ほのぼの荘の建部町福祉協議会で働いてたのと、旭川と温泉と釣りと桜が大好きなので来ました (笑) 」

香本 幸男 ああ、その頃、介護のワークショップをゼンセンでもやったことがあるね?
 「ええ、当時、勝部さんはセンター長でしたね 」

 福祉にたずさわったきっかけって何ですか
 「もともと私は目が不自由だったもので、高校の時、岡大で目の手術をしたんですけど、その時、私よりずっと目の悪いというか、まったく目が見えない人がいて、 その方が桜が観たいといって、私が連れて行ってあげた。そうしたら桜の匂い、風が伝わって来てとても喜ばれたんです。それで、自分よりももっと悪い人がいて、 私にもできることがあるって思いました」

 それで卒業されて、どういう道を進まれましたか
 「福祉の短大の介護福祉科に入りまして、その後、御津の宇甘川荘に5年、ほのぼの荘に移ってからは11年です。社協に来てからは4年になります」

香本 幸男そうか、もうそんなに長いキャリアになるんだ。社協に移ったのは何か?
 「施設でできることは限られていて・・・私は、やっぱり在宅のケアマネをやりたかったのです」

 でも、社協でも香本さんは本当に熱心にやられて、大きな市の社協ではできないような、きめ細かい仕事をされてますよね
 「幸いなことに、私は老人センターにいることができたので、どこにどういう人がいるというのがわかるので、連携が取りやすいのがありがたいです」

 今、ここの活動としてはどんなことがありますか
 「健康増進教室でラジオ体操を毎日、もう3年になります。カナリア歌おう会、未楽来(ミラクル)カフェ、健康教室ふれあい・いきいきサロン、運転ボランティア・3世代お飾りづくり・・・」

香本 幸男 私のいる富沢では、いきいきサロンに30人は来ますよ
 「ええ、来年度は4つサロンができます、各町内に1つずつ作ることを目標にがんばっています。私は地域のみなさんが居られる場所づくりをしていきたい、それが防災にもつながると思っています。近くにあの人がいる、こういう人がいるという、そういった交流が大事だと思います 」

 運転ボランティアも充実するとうれしいですよね
 「そうなんです、もっと運転ボランティアが増えれば、交通手段のない所もカバーできるのですが・・・ 」

 温泉に入れるサービスがまだ続いていますね
 「60歳までは400円ですがそれ以上は100円、毎日やっていて、子どもから大人までどなたでも来られていいので。でも、入浴される方もだんだん少なくなってきていて、これを増やすにはどうすればいいかと悩んでいます 」

香本 幸男 もったいないですねー、八幡温泉と同じ源泉が100円で楽しめるなんて信じられないですよ。
 「だんだん高齢化して人口も減って来て・・・勝部さんのやっている里山とか、たけべおこしとかのいい活動で広く知ってもらって、 建部に移住してくれる人を増やしていくのがいいと思うのですが。1つの町内会に2世帯が移住してくれれば今の世帯数は維持できます」

 地域の他の組織とかの連携はどうされていますか?
 「建部町地域包括連携会議とかで定期的に顔を合わせて互いに意見交換をしながらやっています」  

 そうですね、地域が協力して盛り上げていくのが最も重要ですよね。香本さんは岡山弁大会にもレギュラーでずっと出演されてますね
 「あれは、ほのぼの荘にいた頃、町民向けに寸劇をやる機会があってやってて、そこで声が掛かった、それが間違いでした(笑) 」

香本 幸男 (三宅)えっ、ほのぼの荘で劇をしてたんですか? 
 「 はい、各地域ごとに、西原編とか大田編、竹枝編といったそこの地域ゆかりの地名や名所を岡山弁で盛り込んだシナリオを作成してやっていました」

 そうそう、あの頃は竹枝の”かいぼり”の佐藤康彦さんとかもいて、色々やってたねえ
 「ほのぼの荘の文化祭で、”一人一人の文化祭”というテーマで、おじいちゃん、おばあちゃんに子どもの頃の遊びや料理を昔語りしてもらって文集にしたり、”福渡ふれあい福祉祭り(ふふふ祭り)を立ち上げたり考えたり・・・ 」

(三宅)その本をベースに、僕ら移住者で「たけべのお話」という冊子を作りました
(勝部)意外な所でつながってたんだねえ。香本さんの話を聞くと自分のしたいことを仕事にしてきたように思えます
 「ええ、名前(幸男)負けしていません、本当に人とかかわる仕事をさせていただいて幸せです(笑) 」

 最後に、これからの夢とかあります 
香本 幸男 「成年後見人を少しやりたいと思っています。これから高齢者や障害者で自分でお金の管理ができない人が益々、増えてくるんじゃないかと。80歳の親が50歳の障害を持つ子どもの面倒を見ている、その親が亡くなると財産を当人が管理できなくなる」

 弁護士や専門の方とかに頼むと、結構費用が掛かりますからねえ
 「それと、家族と言っても他に居なかったり、もう守り切れない現実があります。その人たちの面倒をみる、夢というより、やりたいですね」

 ありがとうございました 

 

(記者感想)

香本 幸男
(三宅 優)
 建部に来て10年、さまざまな場所、催しで顔を合わせてきた香本さん。ふふふ祭りでは拡声器を手に呼び込み?を、”岡山弁はええもんじゃ”では派手な衣装で主役を演じ、主催講座では段取りよく司会をこなす。何が専門なのだろう?と不思議に思っていた。
 今回のお話を伺い、福祉一筋、真面目一徹と知る。 人は近くにいても、その人を知ろうとしない限り深く理解することはない、灯台もと暗しを反省する。建部社協に、困った人に光を届けたいと思ってやまない灯台守がいたことが心強い。

餅つき、竹でっぽう、里めぐり、肌で学んだ田地子体験! 2020年2月26日発信

環境フォーラム環境フォーラムコロナウイルスの猛威は世界を席巻、日本での拡大もどこまで進むのかまったく予測がつかない。
 そんな中での岡山市環境学習センター「めだかの学校」主催、 「環境フォーラム2020」さぞや辞退者続出かと思いきや、少しの欠席(こちらは単に風邪をひいた)が出た程度で10家族20名以上の参加となった。
 23日(日)朝8時、恒例の会場となった田地子地区「多自枯鴨神社」境内では、地元のボランテイァとスタッフが周辺からかき集めた杉葉や小枝でたき火を起こす。
 樹齢1千年を超す大樹がなくなり少しサッパリした感がある境内だが、それでも今もって神々しさが漂う。
 スタッフがあらかた準備を整え、待つこと2時間、到着しました、ガヤガヤにぎやかな親子連れ。

環境フォーラム環境フォーラム 一行は「めだかの学校」能登館長の今日の学びのポイント「田地子の自然と文化に触れる・・・」の話を聞き、さっそく体験へ。
 おなじみ「花炭づくり」。「今日は失敗しないぞー」とは、前回も参加の親子。原因は火力不足、そこで今回はスタッフが たっぷりと炭火を起こして用意万端。さて、結果はいかに。
 仕掛けを終えたら「焼イモ」のこれまた仕掛け。煙突の煙が上がるスクモの中にアルミホイルで包んだサツマイモを埋める。 出来上がりはいずれも2時間後。その間にやることはと言えば、これも恒例、建部の山の素材を使っての工作。
 1つ目は「竹でっぽう」。篠竹(しのだけ)の太い部分と細い部分を使って、水鉄砲のように押し出すやり方だが、説明するには紙面ではちょっと面倒。
 2つ目は「やじろべえ」竹ひごの真ん中、両端にドングリを差し込んでバランスを取りながら、一人立ちさせる。
 講師はこの道、ん10年の古本さんと記者。共に子どもの頃はこれでよく遊んだ記憶が。

環境フォーラム環境フォーラム 「スパンッ!」と誰の鉄砲が鳴ったのか、その音に刺激され「早く私も飛ばしたい」と鋸を引く手にも気がはやる。
 やじろべえのドングリに帽子をかぶせ、土台には「まっくろくろすけ」も飾りましょう。
 スタッフから「丸太切りの時間だよー」の声。でも中々、工作から動かない。
 何人かが丸太に移動、やがて「餅つきの時間だよー」
 今度は丸太から中々、離れない(笑)
 そうして餅つき。参加者の高学年の女の子が進み出て「じゃあ、餅をつきたい子はここに順番に並んで!君は何年生?じゃあ後ろに」と采配を振るう。
 「ヨイショッ、ヨイショッー」のかけ声。杵がフラフラする子も、うまく打てた子もとにかく体験。
 パパの登場、「おお、さっすがー、やっぱ、音が違うよねえ」ママさんらの感心にさらにパワーアップ。
 「おい、おい、臼が壊れるほど叩いちゃあ、おえんでぇー」スタッフの声にどっと笑い。

環境フォーラム環境フォーラム きな粉とヨモギ餅のあんこをいただいた後のお昼ごはんは、地元のご婦人たちが用意してくれた手作り料理。
 腹がいっぱいでも、見るとお腹が減って来る。
 炊込み御飯と筑前煮、煮豆にゴマ和え、お新香、シシ汁・・・「フー、一生分、喰ったなあー」腹をさすって満足気な親子。
 午後からは、地域の昔の暮らしを学ぶ時間。田地子区長の本田さんが解説。
「昔の人は森にあるもので、すべてをまかなっていました。木を使って道具を作り、ワラを使って縄を編み、水は井戸から組む。そうして自給自足の生活をしていました・・・」
 特別出演は田地子の子どもたちによる棒遣い、演舞。「カーン!」と打ち鳴る棒の音に全員が「シーン! 」と聞き耳を立てる。

環境フォーラム環境フォーラム ジっとしてたので少し体を動かそう「地域を探索」の時間。山には黄色いロウ梅、梅の花、石垣のある家を過ぎて、川のせせらぎ、覗くと暖かいので、小魚たちが水面に出て泳ぐ。向こうに白い何か「あっ、ヤギさんだー」
 前もって飼主さんに「シロ」(ヤギさんの名前)を見せてねとお願いしたら、待ってくれていた。
 「シロ」と戯れ、イノシシ檻(おり)も見学、帰りは古道をテクテク、「へー、こんなに細かったんだー、昔の道って」何でも感心するのは現代ママ。
 到着後には、開けてビックリ?の「花炭開缶」
 「わぁー、見て見てこんなの」手には見事な黒炭栗イガ。
 たき火の煙にあたって厄除、この後、参加者は元気な姿で帰路に着いた。

 (取材・写真 三宅 優)

 建部小学校3年生の「味噌づくり」ありました 2020年2月25日発信

味噌づくりみこの日は建部小学校3年生、待望のお味噌づくりの日です。
 去年の春、学校の畑にマメの苗を植え、成長を観察しながら収穫した大豆を使い、自分たちのお味噌を作ろうとの計画の第1歩です。
 指導するのは子どもたちに畑の管理をしながら、生き物の成長体験を指導している戸田先生です。戸田さんは建部上にお住まいで、日夜、畑の手入れやプランターの花々を丹精込めてつくられているベテランです。
 学年担当、西村先生の授業説明に続き、さっそくグループ別に米麹と塩をまんべんなく混ぜ、続いて昨日からことこと煮て柔らかくなった自分たちが育てた大豆をつぶす作業に入りました。

味噌づくり味噌づくり 途中、つぶした大豆に鼻を近づけ匂いを嗅いて「青くさい匂いがする」「栗の匂いに近い」など一人ひとりの感性を高めながら進めていきます。
 次に、つぶした大豆と麹を混ぜ、ハンバーグをつくる時と同じように空気を抜きながら滑らかにしていきます。
 ブーンと発酵が始まりはじめ、各グループで作ったお味噌のかたまりを「おいしいお味噌にな~れ!」と祈りを込めながら樽の中に入れていきます。
 数カ月後の熟成されたお味噌が楽しみです。こんな体験活動をふんだんに取り入れようとしている先生方と、地域ボランティアの連携が子供たちの情操を高め、子どもの感性の豊かさが身についていくのですね。

 (取材・写真 勝部 公平)

 「トレイルランニング フォーラム2020」開幕! 2020年2月24日発信

トレイルラン 昨日の「たけべはっぽね太鼓」公演の余熱が残る建部町文化センターで、今日も大きなイベントが。
 岡山県トレイルランニング協会(OTRA)主催「トレイルランニングフォーラム2020」の開催。当新聞でも去年の設立大会を取材。記憶に新しい方もおられるかと思う。
 1年目となる本日の催しではランナーとして著名な3人のゲスト(佐藤 光子選手 丹羽 薫選手 村上 宣寛 氏)が講師として招かれ、その生の話から学ぼうと、アスリートを含め大勢の参加者が会場に。
 当建部町からも岡山マラソン出場の森田市議会議員、山岳登山愛好家の本田 義章さん、建部上区長、斉藤孝義さんが出席、建部の自然をベースに、どのようなスポーツが展開されるかに関心を持って臨んだ。
トレイルラン すでに、朝8時からの丹羽選手の指導による「ランニングセミナー」で八幡温泉駐車場から実際に町内を走るプログラムを終了し、 我々は午前10時からの本会から参加。
 まずは総会が開かれ、村松達也会長が趣旨を述べる中、トレイルランナー宣言がなされた。

<トレイルランナー宣言>
「トレイルランニングは安全なスポーツです」
「私たちはトレイルで出会うすべての人々を尊重します」
「私たちは、自然環境とトレイルの保全を優先します」
「私たちは、トレイルを守るために地元の人々と協力します」
「これらの目的を達成するために、私たちは各地の大会と協力し、 大会が環境面や安全面でよりよいものになるよう努力し、もって地域社会へ貢献したいと考えます」


トレイルラン この後、各委員による活動報告等があり総会決議がなされた。また、岡山市出身でウルトラトレイルワールドツアー世界ランキング6位に輝いた丹羽選手に名誉会員が授与された。<>br
 続いて、佐藤光子選手による「心拍トレーニングについて」の講演。
 金髪のショートカットで登壇した佐藤選手。なんと7年前50代で日本山岳耐久レース(ハセツネ)優勝。「えっ?今、何才?」その若々しい容姿に 場内どよめき。
 その佐藤選手、キャリアも凄い、40歳半ばから「大阪国際女子マラソン」11回出場。「mmmm-スゴイすご過ぎる」
   佐藤さんの今日のお話は、「心拍計を使ったトレーニングの方法について」
 スピードと心拍の関係を様ざまな視点から分析、心拍数から「健康状態がわかる」「体力(走力)レベルがわかる」「トレーニング効果がわかる」ことを 説明。

トレイルラン 心拍トレーニングの方法として[目標心拍数(1分間)=220回 ― 年齢数]
 記者(67歳)の場合153回を最高にそれのX90%(レッド)・80%(黄色)・70%(グリーン)の中でトレーニングを組み立てる。すなわち普段心拍数80程度記者の場合、グリーン(心拍数105回程度)の運動が望ましく、徐々に80%程度に、レッドに至ることには注意が必要。といっても、全く体を動かすことのない記者においては、今日のセミナーで心拍数を上げる体操をしただけで、かなりのアップ。ゆえに、日頃から運動を心がける人とはかけ離れている数値であることをご承知あれ(笑)。
 午前の部は佐藤選手の実践を基にした中身の濃い話に引き込まれ、あっという間に終わる。
 後半は二人の講師のお話が予定、なのだが誠に残念、午後に入った別取材のためやむなく会場を後に。
 「OTRA」のこれからの益々の発展を祈る。  

 (取材・写真 三宅 優)

「はっぽね太鼓」明日へのバトン公演、速報! 2020年2月23日発信

太鼓 澄み渡る青空、開場30分前、現地到着。私の今日の使命は チケット「も切り」の手伝い。
 そうなのだ、これから行われるのは「建部はっぽね太鼓」20周年&師匠「芸歴35周年」その記念すべきコンサート。
 こう聞いちゃあ黙っていられない、これまで建部のさまざまなイベントを盛り上げてくれた「はっぽね太鼓」の一世一代の晴れ舞台、何がなんでも応援せねば。
 駐車場の至る所、あの人、この人、知った顔、皆、ボランティアで 誘導係。
 ロビーをくぐる、おお、なんとすでに200人位の人、人、人。世の中、コロナ・・・で自粛ムード最盛なのに、これだけの人が?建部中学の生徒たちも会場係に駆けつけた。
 そうなんです、「はっぽね太鼓」の20年は、建部と言わずさらに周辺にまでつながる20年、多くの人へ元気を分かち合ってきた。 だからこそ、これだけの観客。

太鼓 いよいよ、開演。ワク、ワク、ワク・・・。
 オオッ、いきなり挨拶なく本番「たけべはっぽね青年部] がいっせいに打ち鳴らし、会場、一気にお祭りムード。
 そして、次々と繰り出す太鼓パフォーマンス、それはまさに太鼓夢芝居・・・、 直径3尺の備中太鼓も運ばれて、太鼓、タイコ、たいこがホールに響く。
 気がつけば後半、いつものメンバーが勢ぞろい、「はっぽね太鼓」が締めを取る。
 「はっぽね満開夢神楽(ゆめかぐら)」、塩原先生がこの会のために作曲、振付をした 曲に全員の力が結集する。
 大ホールを埋めた530名の観客、建部の町民もいっぱいだ、その一人一人が「よかったー!」の拍手で応える。
   今日は本当にありがとう、お疲れさまー。

 (取材・写真 三宅 美恵子)

「たけべ家おこしプロジェクト」設立しました! 2020年2月21日発信

空き家空き家 当新聞、特集でもお伝えしている増加する建部の空き家を活かす検討会。それが本日から「たけべ家おこしプロジェクト」として活動の一歩を踏み出した。
 設立総会となった今日、賛同する十七名が集まり、今後に向けての意見を交わした。

 開会に当たり発起人代表の垣本さんから「建部の空き家の状況は日々増えており、手をこまねいているだけではいけない、何とかせねばの思いで立ち上げました」 の挨拶。
 同じく発起人、大塚愛さんから「2年前、公民館で”空き家講座”が開かれ、空き家を何とかしたい、一方、移住希望者からは空き家が見つからないの声があり、 何とかつなげることで活用ができないかなあと、それが今日の発足になりました」との経緯説明。
 「たけべおこし」代表の平田さんからは、この会の設立を明確にした「規約」の説明があった。(以下、要約)
 (目的)
 「会は建部町の空き家の対策に取り組むことで地域の活性化に寄与し、・・・新しい仲間となり得る人の受入れを進める・・・」
 (活動として)
 「空き家の実態調査把握。空き家活用における情報の発信。他の関わりのある組織との連携協力の推進」
 (会員)
 「会の目的に賛同した人たちで年会費500円を納め運営する」
  等、・・・。

空き家空き家 この後の質疑応答では「目的」とする部分の補足や「活動」の具体性について意見が述べられたが、これからの方向性は誰もが手探り。
 それゆえに、柔軟な体制で臨むことで意見が一致。
 「10年後を考えた時、このままではだめだ今、やるしかない」(垣本会長)の発言はだれもが異論のないこと。
 まずは一歩を踏み出すことが大事との結論で、この日、集まった地域の問題意識を共有する「新会員」により規約は承認され、同時に役員の選任もされた。
 会の最後に久米南町から参加していただいた地域おこし協力隊の柴田さんから自身が作成した「所有者さんに聞いてほしい 空き家の話」の冊子が紹介された。
 空き家は「3年経つと家ではなくなる」そんな、空き家を無意識に放置することの是非を切実に問いかけている内容に「建部でもこのことを伝えたい!」との意見。
 そうして、会は全員一致で設立を終え、次なる活動へとシフトを移すこととなった。

 (最後に)
 記者はこれまで多くの地域活動、行政主導の活性化プロジェクト等に接してきた。そして、その多くは実を結ぶことがなく終わった。しかし、いつだって「やろう!」という人がいて、はじめて「やれた!」という結果がある、だから、何度でもあきらめず「やろう!」が大切だと思う。
 幸いこのプロジェクト、建部町では珍しく?(笑)、老若男女、地の人、他者の混成チーム。となれば、結構、オモシロイ展開になるかも・・・!

 (取材・写真 三宅 優)