さてさて、調子に乗って連日更新してますよぉ~~~。←いつまで続くことやら(笑)
<その1>大町でもっとも熱いお店~横川商店さん~はこちらからどうぞ♪
そんなわけで午後には横川さんのご紹介でこちらの蔵元さんに伺いました。
株式会社市野屋商店 代表銘柄は「金蘭黒部」
創業は慶応元年1865年ですから150年近くこの地に立つ老舗です。
現在はおおよそ300石くらいの造りをしていらっしゃいます。
今回はなんと福島社長と村山杜氏に案内をしていただきました。(贅沢です・・・)
村山杜氏は平成16酒造年度から杜氏を務めますが僕より1つ年上の今年42歳。
パッと見は寡黙な印象ですが、実は内に秘めた熱い情熱はかなりのものでした。
どこの蔵でもたいていそうですが正月は造りを休み、最低限の作業しかしません。
なので市野屋さんも発酵を続けているタンク以外はほとんどお休み。
その点なにとぞご了承の上でご紹介をさせていただこうと思います。
大町は寒い町だ、とのことですがちらつく雪がそれを強調します。
米を蒸す蔵の天井です。煤けた、しかし立派な柱に歴史を感じます。
これはお米を蒸す金属製の甑(こしき)です。ボイラーの蒸気で米を蒸します。
これは以前使っていたという和釜です。(現在は使っていないそうですが)
昔はこれでお湯を沸かして蒸気を上げ、上に甑を載せてお米を蒸していました。
神様が「いい蒸し米ができますように」と見守っているようです。
こちらは蒸したお米に麹菌を振って米麹をつくる麹室(こうじむろ)。
本来は30℃前後の高温多湿状態にしますが今日はお休みなので普通の部屋(笑)
これは麹つくりに欠かせない麹箱。これに麹米を盛って管理するのです。
ここがお酒の元をつくる酒母室(または酛場)と呼ばれる部屋です。
せっかくなので、ちょっとタンクを覗かせていただきましょうか・・・・・
これが一番奥のタンクです。ぷつぷつ発酵しているのがわかりますか?
これは手前から二つ目のタンク。泡の状態が違うのにお気づきでしょうか。
使用する酵母や発酵日数の違いで、表情がずいぶん変わってくるものなんです。
酒造りについて、ちょっと説明しておきますね。
今、ご覧いただいたものが「酒母(しゅぼ)または酛(もと)」と呼ばれる「酒の元」になるものです。
簡単にいうと、まずは蒸した米を先ほどの麹室で育てて麹に仕上げます。
できあがった麹+また新たに蒸した米+水の3つの原料をこの↑小さいタンクで混ぜます。
厳密にはこれに酵母などを加えて発酵させるのですが既にこの時点で「酒の元」であり
極端な話、このままずっと発酵させれば量は少ないですが「純米酒」ができあがります。
(だから純米酒の原材料表示には「米・米麹(・水)」としか書いてないのですね)
ただ、これではいくらなんでも量が少なすぎるので増やさなくてはなりません。
最初から大きなタンクで大量に仕込めばいいじゃない、と思われるかも知れませんが
これが醸造の難しいところでそううまくいかない、いろいろと不具合も起きるのです。
こうしてその健全性を確かめながら徐々に量を増やしていくのが日本酒造りのポイントで、
一般に三段仕込み(三回に分けて仕込む)などと呼ばれるのはこういったことが理由になっています。
そしてこれがその本格的に発酵(三段仕込み)させていく大きなタンク。
歩いている村山杜氏と比較すると大きさがわかるかも知れません。
一番奥には松尾様(お酒の神様)がいらっしゃいますね、いいお酒お願いします。
このタンクを覗いてみるとこんな感じです。
大きさが桁違いですね(笑)発酵の様子がわかるでしょうか。
ちなみに「大きい」とはいっても大手などに比べると格段に小さい、
手造り&小回りの利く造りが可能な中くらいのタンクなんですけどね。
こちらはちょっと違う形のタンクを覗いてみました。
大きな差はありませんが蔵により杜氏により使い分けています。
参考までにこのタンク、後述の「氷筍水」仕込みのお酒のもろみです。
ここでちょっと面白かった「水」のお話。
市野屋さんの前の通り、実は大町市の中央を南北に走る商店街でもあるのです。
この通りにほぼ沿うように南から金蘭黒部の市野屋さん、白馬錦の薄井さん、北安大国の北安さんと
通りの東側に徒歩10分以内に並んで建っています。(横川さんだけ西側・・・仲間外れ?笑)
むかしむかしのこと、大町ではこの通りを境に水源が違っていたそうです。
東の集落では東山の居谷里(いやり)の湧水を、西の集落では北アルプスの白沢の湧水を、
それぞれに素晴らしい水を使っていたところ、ある時誰かが面白いことに気付いたそうです。
西の集落では男の子ばかりが、東の集落では女の子ばかりが生まれている・・・・・という事実に。
いつしか大町では白沢の水を「男清水」、居谷里の水を「女清水」と呼ぶようになり
困った大町の人々は町の真ん中に川を通しそれぞれの水を混ぜて流すようにしたとのこと。
大町ではその伝説が今もしっかり残っており、町の至るところで湧水を飲むことができます。
伝説からすると大町の酒ばかりを呑んでいると女の子しか生まれないことになりますが(笑)
市野屋さんではこの伝説を元に、三種類の水を使った醸造をしていました。
自社で汲んだ女清水、通りの向こうで汲んだ男清水、
そしてもうひとつが黒部ダム付近に湧く「氷筍水(ひょうじゅんすい)」と呼ばれるもの。
大町の水は軟水だが氷筍水はやや硬水だそうで造りも若干変わるかも知れませんね。
こんなお話をお二人からお聞きしただけでもお酒の味わいが深くなろうというものです。
これはお酒の貯蔵タンクです。今の時期はほとんど空(これから貯蔵する)です。
これはよく見るお酒の搾り機で「ヤブタ」と呼ばれています。
この中にもろみを入れて空中に吊って(袋吊りなどと呼ばれます)重力のみで搾ります。
たしかに効率は悪いですが無理に圧力をかけない分雑味のない酒が搾れると言われています。
ここからはお酒造りに直接は関係ない、ちょっと変わった風景を・・・・・
村山杜氏の愛車です(笑)
年代モノの三菱製のジープです・・・・・これは渋いです!
かなり昔に使っていた(らしい)お酒などを運ぶための樽。
よく見ると「白馬錦」の刻印が。
当時はきっと共用で使っていたのでしょうね。
今は使っていない蔵の中も見せていただきました。
おおっ、木桶?
広い蔵の中には6つほどの木桶が並んでいました。
一時期営んでいた醤油造りに使っていた木桶とのこと。
もちろん昔はお酒造りにも木桶は使っていたのでしょうけれど・・・・・
どうやら村山杜氏もこの蔵の中はちゃんと見たことがなかったようで
なにか使える道具はないか一生懸命に探していらっしゃいました(笑)
おかげさまで広い敷地内をくまなく見学させていただきました。
飄々としながら「あれは?これは?」と親切に案内して下さる福島社長と
言葉数は決して多くないけれどその視線のひとつひとつに意味を持つ村山杜氏。
一言で言えば、手造りを大切にした基本に忠実な蔵元さんでした。
奇をてらうわけでもなく、とにかく自分たちの技術を全部出していいお酒を造ろう、
そんな想いの基に手を抜かず、一所懸命にお酒と対峙している印象を持ちました。
ただ、なにか・・・なにか変わったというか個性的なものを感じたんです。
いったいなんなんでしょうか・・・それは今もまだ言葉で表すことができません。
実はこの夜、村山杜氏とは酒宴を共にさせていただくことになります。
そこで僕は、もっともっと突っ込んだお話をさせていただくことができ、
そのヒントの欠片を掴み、この蔵のことをもっともっと知りたくなったのです。
福島社長、村山杜氏、
お忙しい中ご親切に案内をしていただき本当にありがとうございました。
さて次回はぐっと肩の力を抜いて、
その村山杜氏を交えた宴会の模様をお伝えします。
・・・・・いや、大丈夫、暴れたりしてないから(笑)

















