ここんとこ、日本酒業界の暗部に目を向けてもらおうとか、

妙に肩に力の入った記事が多く「疲れた感」も否めなかった。


昔から立場も弁えずに曲がったことに立ち向かう性格で、

場合によるとKYとか言われても致し方ないことをやりがちだった。


そりゃそうだ。


日本酒業界に限らず、

現存のシステムの中で飯を食っているヒトから見たら「うるさいヤツ」だろう。

腐りきった世界で腐りきった生き方してるヒトには「余計なコト」に違いない。


今回の件で、自分が偉いとかそんなことは正直「一切」思っていない。

そもそも僕如きの小さな力が何かを変えられるほど甘い世の中ではない。

ただ、これを今叫ばなければ!やれることをやらなければ!と思った。


政治の世界にも似ているな、と思った。

いや、きっとどんな世界でも一緒なのだろう。

変革は現実力者からの圧力でいくらでももみ消されるものだ。


今はまだ、平穏な海の上を漂っている。

しかし恐らく、いつかは時化がやってきて僕を呑みこもうとするだろう。

それを僕は今、それを望んでいる。そうならなければいけないと思っている。


ただひとつ。



逆風が来るとしたら、業界内からだと思う。



何故だかわからないが、これだけは確信している。

来るなら来てみやがれ、肝っ玉の小さい形だけ日本酒を愛するものたちよ。

オマエらには日本酒の未来は渡さない、絶対に。




さて、本題。



先月のこと、大好きな馬の引退が決まった。

名前はプリサイスマシーン。直訳すると「精密機械」(笑)

その名前とは裏腹な、いつも一生懸命なとてもかわいい馬だった。


戦績は44戦14勝(地方含む)

残念ながらGⅠは勝てなかったけどGⅡ1勝にGⅢ3勝、頑張ったと思う。


僕はもともと、競馬なんてまったく興味がなかった。

なかったどころかギャンブルは嫌いだしなんだか汚らわしいイメージで

赤鉛筆持った競馬オヤジどもを苦々しい顔で眺めている人間だった。


それがあるきっかけで一頭の馬、正確には一頭の種牡馬を好きになった。

その馬の名前は「マヤノトップガン」

GⅠはじめ数々の勝利を収め1995年には年度代表馬にも選ばれている。


トップガンに会いに、わざわざ北海道も行った。

そしてトップガンの子供たちを無条件で応援するようになった。

競馬のケの字もわからぬ僕が、一人で馬券を買えるようになった(笑)


その初年度産駒で活躍した一頭が、このプリサイスマシーンだったのです。


現役競走馬としてはかなり高齢の9歳まで頑張ってくれた。

彼を追いかけて京都までわざわざ応援に駆けつけたこともあった。

たとえ勝てなくても怪我さえしないで戻ってくれればそれで満足だった。


短距離から中距離まで、ダート・芝問わず、地方も中央も関係なく、

いつも一生懸命に走る彼が誇りだったし、とにかくかわいかった。

去年辺りからは元気に走るプリを見ると涙が出て困るようになった。


・・・・・あ、プリの写真もちょっと見てやってくださいな。



これは今年の3月、中山記念での左海騎手とのショット。

舌をチロッと出したプリのお茶目顔がたまりません。(親バカw)


ま、そんなこんなで。


引退が決まり、予想通り種牡馬になることはできず、

それでもやっと中山競馬場の誘導馬(ってこの色でもいいのだろうか?w)

になることが決定して、かなりホッとしたのでした。


今はもう、プリに会いに行くのが楽しみで楽しみで仕方がありません。


んで、


僕の馬友がひょんなことからプリの馬主さんと知り合いになり、

先日プリ仲間4人で呑んだ時に、こんなものを送らせていただきました。



酔っ払って書いているので多くは突っ込まないでください(笑)


それからその馬友さん(絵がとっても上手な方なんです)が

今までの写真などを使って、こんな素敵なものを送ったそうです。



手作りアルバムだそうです。(こーゆー才能が羨ましい)


ちなみに左と右で顔(正確には「目」)が違うのにはこんな理由があります。



プリって右目はホントに優しい目をしているんですが

左目は思いっきり三白眼(笑)ちょっと怖いんです。

さっきの左海騎手とのショットも三白眼方向なので「ギョロ」なのです(笑)


馬主さんも喜んでくださったとのことなのですが

それよりも感傷的だったのは荻原先生(調教師)だそうで、

「先生にも見せてあげるけど取られるかもしれない(笑)」

という報告が入った時は笑うと同時に泣きそうになりました。


そして、


その馬友が馬主さんにいただいたのがこれ。



唯一のGⅡ勝ち、スワンステークスのゼッケン。

勝たせてくれた松岡騎手のサイン(だと思うのだがw)入りです。


そして、僕たちがいただいたのがこれ。



プリが中日新聞杯(GⅢ)を2連覇した時に記念に作ったブルゾン。

当時よく乗ってくれた後藤騎手のデザインだそうです。



競走馬なんてそれこそ星の数ほどいて、知られるのはそのごくごく一部。

大多数が人知れず命を散らしているのが実情の本当に厳しい世界です。


だけどそれでも僕は、馬を好きになり馬を応援してしまう。

僕の競馬は「馬を愛すること」なので馬券もトップガンの子供しか買わない。

なんだか不思議なことになってしまったなぁ、と今さらながらに思います。


たった一頭の馬が運んでくれた大きな喜びと幸せ。

たまにとても悲しいことにも直面するけれど、それでも僕は馬が好き。

願わくば、一頭でも多くの馬が天寿を全うできることを祈りながら・・・・・


プリの馬主さま、

直接の知り合いでもなんでもありませんが本当にありがとうございました。

たいへんなご尽力によってこれからもプリに会うことができます。


僕の中では今も「マヤノトップガンが絶対」なのですが、

実は最近、なんとなく気付いています。

・・・・・どうやら僕の中でプリがトップガンを超えはじめていることを。


おっとこれ以上はお父さんに叱られるので(笑)どうかご内密に・・・・・



プリ、早く中山で逢いたいなぁ。