その日、達也は朝から自己嫌悪に陥っていた。
いくら落ち込んでいたとはいえ人前で、しかもほとんど初対面に近い女性の前で号泣してしまったのだから。
「・・・・かっこわり。」
頭をかきながら昨夜の事を思い出していた達也は、一人そうつぶやいた。
仕事に行く準備をしながら達也は昨夜のこと、いや昨夜の女性の事を思い出していた。
「大丈夫ですよ。今流した涙の分だけ、きっと明日は笑えますから。」
そうつぶやいた彼女の優しい笑顔が頭から離れなかったのだ。
準備を終え、しばらくただ考えていた。
「・・・行くか。」
頭を切り替え、仕事に向かうため家を出た。不思議と心が晴れていたことに気がつかないまま。
「おはようございます。」
「おはよう、今朝は早いのね。」
にっこりと笑って笑顔を返してくれたのは店長の晴美だった。
「ちょうどよかったわ。今から新しい花の仕入れ先に行かなきゃならなくなっちゃたからお店お願いしていい?」
「はい、大丈夫ですよ。」
開店の準備もほとんど終わっており、客の少ない平日だったので達也は快くそう答えた。
それに少し一人になりたかったのだ。
「そう、じゃあお願いね。」
彼女は笑顔でそう告げるとミニバンに乗り込み、手を振ってから車を出した。
「ふぅ・・・」
一人になりすることもなくなってしまったので鉢植えの花に水をやりながら暇をつぶしていた。
「すいません。」
「あ、はい。」
その時声をかけられ客が来たことを知り、接客のために笑顔を作り振り返った。
しかしその笑顔は一瞬で崩れた。
「あ・・・」
そこに立っていたのは昨夜の彼女だったのだ。
彼女は今日もまた優しい笑顔で彼の前に立っていた。
「これ、ください。」
「あ・・・、はい。贈り物ですか?」
驚きを隠せないまま、マニュアル通りの言葉を発するのがやっとだった。
「ええ。」
優しい声で彼女は言った。彼の目をまっすぐに見ながら。
「今お包みしますので少々お待ちください。」
彼女から手渡された花をラッピングしながら、達也は口を開いた。
「あの、昨日はごめん。それと・・・ありがとう。」
「いえ、いいんです。それにおせっかいだったかなって自分で思っちゃって。」
「そんなこと・・・おかげで今日は少し楽になったし・・・。」
少し照れながら彼女の目を見て伝えた。
「よかった。少しでも役に立てたんですね。いつも笑顔でいるあなたが、今にも壊れそうな顔をしていたから声をかけちゃったんです。」
「ありがとう。救われた気分だよ。」
そう言ってラッピングの終わった花を彼女に渡した。
花を受け取った彼女は、その花をまた彼に差し出してきた。
「え・・・?」
手渡した花をまた差し出してきたので何がなんだかわからなかった。
「これ、あなたにプレゼントです。」
「俺に?」
「はい。あなたに贈るために買ったんですから。」
彼女が差し出した花を受け取りながら達也は少し混乱していた。
「あ、ありがとう・・・。でも何で?」
彼女は優しく微笑むとゆっくりと口を開いた。
「いつも嬉しそうに花の世話をしているあなたを見ているのが好きだったの。何があったのか知らないけど、悲しみを少しでも癒してあげられたらって・・・」
「・・・・・」
不意に思ってもいなかったことを言われて、何を言っていいのかわからずにたたずんでいた。
「その花の花言葉知ってますか?」
「い、いや・・・」
花言葉?急に話題が変えられたと思いまた混乱してしまった。
「アネモネの花言葉は、『明日に希望』っていうんです。」
「あ・・・」
達也は昨夜彼女に言われた言葉を思い出した。
「大丈夫ですよ。今流した涙の分だけ、きっと明日は笑えますから。」
「だから、この花をあなたに。」
その言葉と共に笑顔を達也に残し、彼女は背を向けて店を出ていこうとした。
「待って!」
達也は彼女に向かって叫んでいた。
立ち止まり、ゆっくり振り向いた彼女に達也はしばし見とれていたが、意を決したように口を開いた。
「あの、俺達也。工藤達也。 君の名前聞いていいかな・・・?」
優しく笑いながら彼女は答えてくれた。達也の目をまっすぐに見つめながら。
「桜です。雪村桜。」
「また、来ますね。」
最後にもう一度微笑むと、彼女は店を出て行った。