雪が降っていた。

まるで世界を白く染め上げるかのように。


真っ白な地面に一つ、また一つと足跡が描かれていく。

「・・・・・・・・・」

無言で歩き続ける彼には、すでに生きる意味がなかった。



工藤達也。 町の小さな花屋で働く彼は幸せだった。

店によく花を買いに来る一人の女性、酒井美雪と恋に落ち、愛を育んでいた。


「なんなんだよ・・・・」

雪の降りしきる中、彼は足を止め真夜中の公園のベンチに腰を落とした。


「もう、一緒にはいられないの・・・」

30分程前、いきなり彼女に言われた言葉が頭をよぎる。


「どういうことだよ!」

思いもよらない言葉を投げつけられ、彼は語気を荒くして彼女に詰め寄った。

「ごめんなさい・・・私の心はもう・・・あなたに向いてない」


「わかった・・・もう、何も言わない」

それだけを言って、彼は彼女に背を向けて歩き出した。


ベンチに腰掛けていた彼は左手にはめたままの指輪を見つめながら、ただ呆然と彼女の最後の言葉を思い出していた。


雪が音もなく降っている中、彼はただじっとしていることしかできなかった。


「泣いているんですか?」


「え?・・・」


不意にかけられた言葉に驚いて顔を上げると、一人の女性が目の前に立っていた。


「泣いているんですか?」


自分の顔をまっすぐ見て、もう一度問いただしてくる彼女。

それで初めて、自分が涙を流していたことに気がついたのだ。


「い、いや・・・これは・・・」

袖で乱暴に涙をぬぐって、何か言おうと思ったが言葉が出てこない。


「泣いてもいいと思います。」

「え・・・・?」

彼女の言葉に驚き、もう一度彼女の顔を見た。


「悲しい時は、泣いてもいいと思います。 無理をして笑っても悲しみは癒えないですから。」

「いや、でも・・・いい年した男が人前で、しかも初対面の女性の前で泣くなんて・・・」


「初対面じゃないですよ。私、何度もあなたのお店で花を買いましたから。」

「ご、ごめん。気がつかなかった。」


「いいんですよ。それに、一人で泣くよりも誰かがいた方がいいんですよ。」

「そんなことは・・・」


「だって、一緒にいれば涙を拭ってあげられるじゃないですか。」

ベンチに座ったままだった彼の顔を覗き込むように、彼女はそう言ったのだ。

優しい笑顔と共に。


「う・・うぁぁぁ・・・・うぅ・・・」

彼女の笑顔を見た途端に一気に抑えていたものがあふれ出した。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


「大丈夫ですよ。今流した涙の分だけ、きっと明日は笑えますから。」

彼女は彼の前にしゃがみこんだまま、優しい笑顔を崩さなかった。