


















昨日、大4女子の長女の卒業式。
夜は崎陽軒のシウマイ弁当と日本酒…🍶

小6女子の卒業や、大4女子の卒業もあって、
今までの娘の勉強のことを振り返っています。
(我が家の子育てでの気づきですので…)
「どうやったら伸びる?」
これは、
娘の勉強を見ながら、
ずっと考えてきたことです。
でも気づけば、
それは
自分のランニングにも
同じことを考えていました。
「習い事や塾など必要ない」
そういう方針だったのが、
高校教師だった私の父でした。
父の考えはシンプルで、
習い事は
「お金持ちの子が習うもの」
「普段の生活を大切にすべきだ」
というもの。
今とは時代も違います。
昭和の頃、まだネットもない時代。
受験ノウハウや勉強法は一部の進学校に集中していて、
地方の普通の受験生には不利な状況でした。
そして当時は浪人も当たり前。
予備校も増え始めていて、
父は
「教育とはなんぞや?」
「学びは受験産業じゃないぞ!」
という違和感を感じていたようでした。
なので、
「学校で習ったことが試験に出る」
「教科書をしっかり勉強すればいい」
「学校教育が基本」
「受験産業に手を貸す塾など必要ない」
この一点張りでした(笑)
高校2年の終わり頃になると、
進学希望の友達は塾に通い始めます。
なんとなく焦りも出てきましたが、
結局私は
ひとりでもくもく勉強するしかありませんでした。
問題集や参考書より、
とにかく教科書。
教科書を読み、理解し、また読む。
早起きは得意だったので、
朝は教科書ばかりやっていました。
何周読んだことか(笑)
ただ、それだけをやると決めていたので
2周目、3周目には
「あ、力がついてきたかも」
と感じたこともありました。
結果、第一志望はダメでしたが
第二志望には合格。
父の言っていたことも
まんざら間違いではなかったのかな?
と思いました。
そんな学生時代を過ごした私ですが、
自分の子どもに対しては少し考え方が変わりました。
長女には
「ある程度の学力をつけてほしい」
という気持ちが強くなりました。
自分が経験できなかった分、
子どもには学ぶ環境をできる限り用意してあげたい。
そんな思いもありました。
私は習い事に少し憧れがあったので
まずは「そろばん」を習わせました。
ですが、思うように級が上がりません。
当時の私はまだ若く、
仕事もガンガンで、
「努力すればなんとかなる」
という気持ちが強い時期でした。
なので
そろばんの特訓。
でも本番になると結果が出ない。
こちらもイライラ…。
気づけば
「なんでできないの?」
そんな見方しかできなくなっていました。
学校の勉強でも、
問題集を買う
↓
成果が出ない
↓
また別の問題集を買う
その繰り返し。
今思えば、
問題があったのは
教材ではなく
私の焦りだったのかもしれません。
娘のペースではなく、
私の理想のペースで
勉強を進めさせようとしていました。
「努力すればできるはず」
そう思っていたのは
娘ではなく
私の方でした。
中学生になると
娘は吹奏楽📯に打ち込みました。
部活から帰ると
クタクタ。
平日は勉強どころではありません。
そこで私は
試験前だけ朝早く起きて
長時間、根性で勉強する方法を勧めました。
でも、
睡眠を削って
詰め込む勉強は
やはり身につきません。
テストは思うような結果にならない。
そして私はまた
「もっとやればできるはず」
と考えてしまう。
娘は一生懸命やっている。
でも結果が出ない。
その間で
私はどう接していいのか
分からなくなりました。
応援したいのに
つい厳しい言葉を言ってしまう。
そんな自分が
だんだん嫌になっていきました。
そこで勉強は
外に任せることにしました。
高校受験の頃、
個別指導(ト○イ)をお願いしました。
担当は
50代の女性の先生。
とても熱心で
夜遅くまで教えてくださいました。
ありがたいことなのですが、
時々聞こえてくる
「何回間違えるの!」
という声。
妻は
「この先生大丈夫?」
私は
「受験なんだから多少厳しくても…」
と言いながら
内心はかなり
心配でした。
そんな中、娘はある日
泣きながら言いました。
「保育の学校に行きたい」
もう少し偏差値の高い高校を目指す
という気持ちは
その時
完全に途切れていたのかもしれません。
逃げ道だったのかもしれない。
でも私は
その言葉を聞いて
少しホッとした自分もいました。
娘が
自分で進む道を
ようやく言葉にしたからです。
その高校に進んでから
娘は変わりました。
英語が好きだったようで、
自分で勉強して
英検2級を取得。
それが結果的に
大学推薦にもつながりました。
あんなに苦しんだ受験勉強と、
好きなことを突き進んだ学び。
その姿を見て
「好きなことは伸びる」
そんなことを
強く感じました。
そしてある時、
ふと思いました。
もしかすると、
子どもよりも私の方が
「どうやったら伸びるのか」を
分かっていなかったのかもしれない。
その後、いろいろな経験を経て
子どもとの関わり方も少しずつ変わっていきました。
次女は小2から公文に通い、
平日の朝に20分ほどプリントをコツコツ。
夜は宿題を終えて自由時間。
無理はけっして言いませんでした。
内容や結果より、
それをやったことをとにかく褒めるようにしました。
土日に少し応用問題をやる程度。
ランニングで言えば、
毎日ジョグを積み重ねて
たまにポイント練習。
そんなスタイルです。
派手さはありませんが、
「自分で考えてコツコツ続ける力」
が身についているように感じます。
子どもとの関わりを通して
私なりに感じたことがあります。
「どうやったら伸びる?」
その答えは、
本人の特性に合った学び。
興味を持てる学び。
自分で決めた学び。
そして
小さな喜びを感じられること。
「がんばってるね」
「すごいね」
そんな声をかけてもらえること。
学びはシンプルでいい。
反復して
淡々と続ける力。
そして学ぶ目的は
人生を豊かにすること。
偏差値の高い学校に合格することだけではない。
そんなことを感じました。
これ、よく考えると
ランニングも同じなんですよね。
私がランニングで
「どうやったら伸びるのか」
を考えると、
まずは
自分の特性に合わせること。
57歳のおっさんです(笑)
若い人と同じ練習はできません。
だから最近は
月間300kmという数字を追うのもやめました。
追い込むとマラソン以外のことが疎かになりそうです…。
そして
フルマラソンの定番の練習でもある
30km走も封印。
距離を踏むことよりも
回復を優先して
無理のない範囲で
淡々と続ける練習。
シンプルな練習を
反復する。
シンプルだけど
「メタハム式トレーニング」
をすると死んじゃいますyo(笑)
それを続けることの方が
今の自分には合っている気がしています。
そして
小さな喜び。
アメブロで
がんばったことにいいね!
やコメントをもらえること。
大会で完走してPBを出したら。
スゴイ!って(笑)
ありがたいことです。
そんな小さな喜びが
また次の練習の力になる。
結局、
勉強も
ランニングも
人生も
「どうやったら伸びるのか」
を考えていくと
とても似ている気がします。
派手な近道はなくて
自分に合った方法で
シンプルなことを
淡々と続ける。
他とは競わない。
自分と競う。
結果、競っている。
ひよこさんの
サブジブン
それが
一番遠いようで
一番近い道なのかもしれません。
そして今日もまた、
自分に問いかけています。
「どうやったら伸びる?」