「おかえりー!今日のお仕事はどうだったー?」と、ズーは私に毎晩訊ねてくる。
それはまるでルーティンのように。
このやり取りはかれこれ1年ぐらいになる。
すかさず「今日はこれこれこうでこんなことがあったんだよ」と、私は子ども扱いをせずに大人回答する。
私の仕事の進捗状況を毎晩ズーに報告したところで、改善策が思いつくこともなければ生産性が向上するわけでもない。
ただただ大切にしているのは、その話す内容ではなく「毎晩2人で会話をする時間」にある。
あれはズーが3歳になったぐらいのころだろうか……。
それとなく私が仕事の話をしたのをきっかけにズーの方から毎日欠かさずに仕事の内容や経過を訊ねてくるようになり、今では翌日の仕事の予定を確認するまでになった。
幼児が楽しめるような、まして理解ができるような内容の話ではないはずなのに、どうしてズーはここまで興味を持ってくれているのか私は考察してみた。
おそらくだが、会話のなかで「仕事の話を訊いてくれて嬉しい」という私の熱意が伝わったことで、ズーは毎日訊ねてくれているのかもしれない。
私がもし大人対応せずに適当な返しをしていたり、相槌だけで済ませたり、「ごめんね、今日は疲れてるからまた明日話すね」なんて言葉を発していたら、このやり取りはどこがで終焉を迎えていただろう。
元々私は自分の子どもにはなるべく子ども扱いはしない(尊重する意味で)と決めていたので、ズーとの会話をするなかでもあえてビジネス用語を取り入れたり、敬語を混じらせたりしている(ちなみに子どもに対しても私の一人称は「私」で対応している)。
よく分からない仕事の話でも「ズーだったらどうしたい?」と私が真顔で意見を求めることで、ズー自らが想像世界を育み、思考し、解釈をしてくれる。
いつしか、この一連の会話が待ち遠しいのは、ズーではなく私かもしれなかった。
さて、本日ハレの日。
これから新たにはじまる3年間、キミの成長体験は決して楽しい日ばかりではなく、いくばくか辛い日だったり悲しい日だったりもあるだろう。
そんなネガティヴな日にこそ、1日のおわりに2人で楽しくなる会話をしよう。
これまでキミが毎日私に訊ねてくれたように、今度は私がキミに「今日の幼稚園はどうだった?」と訊ねるだろう。
かつて仕事での失敗話をしたとき、キミは「ズーちゃんが仕事代わりにやってあげるね」と励ましてくれたこと、私はいつまでも忘れないだろう。
キミがつまずいたときは、明日からまた前に進めるような会話を私はするだろう。
キミが楽しくなれたり、嬉しくなれたり、たくさん笑えたりできる後押しを私はするだろう。
この今しかない今という時間を大切にし、これからも人生をともに楽しもう。
Thank you for being born!
takenoco

