広島の超初心者ゲージマイスター たけのブログ。
今回も前回に引き続き、ちょいと脱線 散文詩のコーナーであります。
今回もまた
15、6年前に私が書いた古〜い詩を引っ張り出してきました。
「愛しき人たちへ」
どんな顔をして、
どんな言葉をかけあって、
さようならしたのか思い出せない。そんな別れが私の人生には多くあります。
親が転勤族だったものですから、
小学校6年間を奈良で過ごし、中学一年からは埼玉へ移り住みました。
未だに、小学校の同窓会へは、一度も参加したことがありません。
小学校の時に
同じ町内に住んでいた女の子がいました。同学年のその子とは、小学校の5年6年と同じクラスでもありました。席が隣同士になったこともあります。
ふじいさんという名前の女子でした。
家庭科の授業で
裁縫の時間に起こった出来事を、よく覚えています。
苦手なんですね、今も昔も裁縫とか、、。毎日ドッヂボールばっかりやってるわんぱくの鼻垂れ小僧でしたから 

糸が絡まりまくってのお団子状態になってしまいました。
「あーぁ、またやってしもたん?」
ふじいさんは、お母さんみたいな口調で私に言いました。
「こんなん、こうしてやったらいいんだ」
私はハサミを取り出してその糸を切断しようとしました。いわゆる強制リセットです。
「そんなんしたらあかん!」
と、ふじいさんが、いつになく強い口調で言いました。
「ちょっと貸してみ?」
そう言うとふじいさんは、私の絡まりに絡まりまくった糸をピンセットや、針を使って、巧みに解きにかかりました。
私はその姿に見とれてしまいました。
数分後、糸はふじいさんの手によって見事に解かれました。
少しくたびれたような糸は、だけど安心しているようにも見えました。
「ね?ちゃんと解けるんやから」
今、思えば、初めて私が女の子として、ふじいさんを意識した瞬間だったのかもしれません。
3月、卒業式を終えて
埼玉へ引っ越す前日だったと思います。
ふじいさんが、私の家へやってきました。
お別れのプレゼントを持ってきてくれたのです。
ふでばこでした。
どんな言葉をかけあったのか、覚えていません。ふじいさんがどんな顔をしていたのかも、思い出せません。
それがふじいさんと会った最後の日です。
またいつでも会える。
私はそんなふうに思っていたのでしょうか。
自転車が道を曲がりきるまで、ふじいさんをちゃんと見送ったのでしょうか。
さよなら
と、ちゃんと言ったのでしょうか。
また会おうね
と、ちゃんと渡したのでしょうか。
あの家庭科の授業の時のように、
ふじいさんが丁寧に続けようとしてくれていたモノを、私はハサミで切ってしまったのではないでしょうか。
そんなふうに、
私には、
思い出せない別れが多いのです。
「愛しき人たちへ」
これは決して、ふじいさん個人へ向けて書いたものではありません。
私はあの日、幼かった私が別れの日に、
多くの人に、渡せなかったものを、また渡しに行きたいと常々思っています。
いつからか、
再会は、
私の人生のテーマになってしまいました。
そんな想いをまとめた、
私自身が大好きで、思い入れのある詩を今回は載せてみました。
最後まで、読んでいただきありがとうございました 
P.S.
出来過ぎてる話をひとつ。
私は会社へは手ぶらで行きます。なので、ビジネスバッグは会社に置いたままです。
そのバッグの中には、あの日えみこちゃんに貰ったふでばこが入っています
