祖母の葬儀・告別式では多くの方が参列下さり誠にありがとうございました。

 

飾られた祖父と祖母の写真は初めて見るものばかり

祖父一髙は太平洋戦争中にトラック島沖にて戦死。

 

この写真は、徴兵にて戦地に赴いている祖父に向けて

親戚に勧められ、祖母が幼き母を抱いて一緒に撮影したもの。

この写真を受け取った祖父は還らず…

 

戦死との知らせを受けた祖母は、当時駐屯地のあった松本まで幼い母を抱いて向かったとか。

お腹には父の顔も知らぬ叔母が宿っていました。

 

松本にて夫の死を聞いた祖母は、幼い母を連れて飯田に帰ったのでしょうが、その時の気持ちたるや…

 

考えるだけで涙が出てきます。

それから残された姑(曽祖父)と母と叔母の幼い姉妹を抱え、生きていくために必死に働いたそうです。

 

田んぼに畑を耕し、草を刈り 裁縫を学ぶために飯田に通い…。

晩年に祖母に、昔の事を聞いてもほとんど話さなかったのは、思い出すのも辛く悲しい思い出ばかりだったのでしょう。

 

お別れの言葉の中に、二度と絶対にこうした悲しい想いをする人を生み出さない。

戦争は絶対にしてはならない。

我々は戦争に繋がる動きは、絶対に阻止していかなければならない。

 

祖母の前で平和への誓い。

 

二度と繰り返してはならぬのです。

絶対に祖母のような悲しい想いをする人を、生み出してはならんのです。

日本だけでなく、全世界においても。