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天国へ。

皆様,こんばんは。

愛猫ミーを家に連れて帰ってきた わけですが,

やっぱりそれでよかったです。

14時25分,天国へ旅立ちました。
父のひざの上で,さほど苦しまずに逝きました。

拾われ猫なので,生まれは正確には分かりませんが,
約18年弱の人生でした。長寿でしたね。
埼玉と長野で生きたことになります。


タバコを吸いに,外へ。
涙が自然と流れてきて,しばらく止まりませんでした。
昔は,何があっても「涙を流す」ことなんてなかったのに,
歳を取ったんですかね。


一昨年,一足先に天国へ行った愛犬「ラブ」。
前の記事にも綴りましたが,
犬と猫なのに,ミーとラブは仲が良くて,
「不思議だなー。」と思って見てました。
ラブはメス,ミーはオス,
ラブにはミーへの母性本能でもあったのかもしれません。

動物にだって,ちゃんと脳みそも心臓もついてる。


確か,二人が生きていたときに一緒に撮った写真があるはずだって思って,
探したんですよ。
前のスマホで撮ったものが見つかりました。
2013年に撮影したもの。



今ごろ天国で再会して,
こうやって寝てるかもしれません。


申し訳ございませんが,
こちらの記事への「いいね!」はご遠慮ください。
最後まで読んで頂けただけで幸せです。



命には限りがある。

皆様,こんにちは。

ウサギのお世話をしているとき,父の携帯に動物病院から電話があって,
昨年末から預けている愛猫「ミー」の様態が急激に悪くなったとのことでした。

ウサギのお世話を最低限のことだけチョッパヤで終わらせて,動物病院に直行しました。

老衰なので,もう病院に預けておいてもダメなものはダメですからね,
家に連れて帰ることにしました。

ぐったりしちゃって,視線も定まらない様子。
父や母や私が声を掛けても,ほとんど動きません。

家について玄関に入ると,
匂いで分かったのか,少しは見えているのか,
一生懸命頭を上げて,キョロキョロし始めました。
あぁ,やっぱり連れて帰ってきてよかったって思いました。

父が一番かわいがっているので,今は父のひざの上で毛布にくるまっています。

どうかな。もう時間の問題かな。
今日か,明日か。
覚悟はしておかないとですね。

命には限りがある。
分かっているんですけどね。やっぱりその日は来ないで欲しいですよね。

一昨年,2015年の10月に,愛犬「ラブ」が天国へ行きました。
やっぱり老衰でした。
ラブとミーは,犬と猫なのに仲が良くて,
ラブが旅立ってからですよ,ミーが急に老け込んだのは。

それでも何だかんだ言いながら,その後1年以上,頑張ってくれています。


ペットを興味半分で無責任に飼っていたり,
挙句の果てには,捨てちゃったり,
そんな人たちに言いたい。

「動物の命も人間の命も,同じだかんね。」
って。

どの命にも,限りがあるんだし,
普通に考えればペットの命のほうが短いんだから,
大事に責任持って慈しみましょう。

とか言って,
なんか,弱ってるミーを見ているのが辛くて,
ひとり自室にこもって,ブログなど綴っている私です。

ダメじゃんねぇ。



私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。

「カバン持ち大臣」。

皆様,こんばんは。

ヤナギと一緒に浅間山を撮ってみましたよ。
なんか,風流。



ヤナギだけ。
やっぱりなんか,風流。

(1月7日追記:
ヤナギではなく,ススキですね。なんで間違えて書いちゃったんでしょうね。ススキって思いながら何故かヤナギって書いちゃいました。コメントにてご指摘いただきました。ありがとうございます。)



青空が今日もきれいでした。

前のスマホは,メモリも一杯でしたし,
そんなに写メを撮ることに拘っていませんでした。
でも,iPhoneにして,
なんか,写メをパシャパシャ撮ってます。
GPSで位置情報もEXIFに残るので,どこで撮ったものなのかが分かって便利です。
(たまに位置情報が数100m~数Kmずれることがありますが,パソコンで修正可能です。)

ウサギのお世話をしながら,時々小屋を抜け出して写メを撮る。
帰宅して,iCloudに同期されている写メの位置情報をパソコンで確認,間違っていれば修正する。
Googleフォトに同期する。

みたいな。

っていうか,
「写メ」っていう言い方は間違ってますね。
「写メール」じゃないですもんね。
ついつい「写メ」って言っちゃいますが,以後気をつけます。


昨日,Mさんのお話 の中に画像を貼りました。
ついでに筆頭弟子が写ってました。
で,以前Yさんのお話 の中で,
「筆頭弟子は周りから「秘書」って呼ばれてたけど私は「カバン持ち大臣」って呼んでた。」
っていうお話を軽くして,
「ま,詳しくはいずれ。」
って言ったまま,何も綴っていないことを思い出しました。

ということで,脱線ついでに綴っておきたいと思います。

筆頭弟子(Aとします)は,なんでも卒なく器用にテキパキとこなすタイプで,
私とは正反対。
周りの先輩たちからも,
「たけちゃん(私)はAちゃんがいないと何もできないんだよねー。(笑)」
みたいに言われてました。
「そうなんっすよねー。(笑)」
って,認めてましたよ。素直に。

で,いつしか筆頭弟子には,
「秘書」
っていうあだ名が付けられて,本人は物凄く嫌がってました。

パート譜が配られると,それを「製本」するんですね。
打楽器の場合,ひとつの曲を演奏中に,一人ひとりが色んな楽器を受け持ちます。
で,そのたびに楽譜を持って移動するわけにいきませんから,楽器ごとにパート譜を製本しておくんですね。
要するに,
「誰々のパート譜」を作るんじゃなくて,
「楽器のパート譜」を作ります。
複数人がひとつのパート譜を見てそれを使うことになるので,製本作業はみんなで相談しながら行います。
そこで,まとめ役になるのが,パートリーダーです。

で,私の場合,ティンパニストですので,
基本的に他の楽器は掛け持ちませんし,移動もしません。
ティンパニが他の楽器と掛け持ちする必要がある曲は,ちゃんとティンパニのパート譜にそれが記載されています。その場合はティンパニの周りに必要な楽器を置いておくので,やはり他にパート譜を作る必要はありません。
で,ティンパニはひとりですので,
「パート譜=自分のパート譜」
になるんですね。
要するに,私は自分のパート譜を自分ひとりで勝手に作ればいいわけです。

余談ですが,
このように,ティンパニストはちょっと「独立」しているので,
他の打楽器(打楽器パート)と合わせて,「打楽器セクション」と呼ぶわけです。
ティンパニストを含めた打楽器のリーダーを「打楽器セクションリーダー」って呼ぶわけですね。

私は一時期,セクションリーダーとパートリーダーを兼任していました。
ということで,色々と面倒くさかったわけです。結局は全体のことを把握してないとダメでしたから。

なので,いつも筆頭弟子に,
「ティンパニのパート譜,作っといてー。」
って丸投げしてたんですね。

私,ひとつのステージで必ず1曲は「降り番」(演奏しない曲)を決めて,筆頭弟子や2番弟子にそれを任せていました。
そうしないと,なかなか皆に「ティンパニを叩く機会」が与えられなかったからです。
ま,そんなこともあって,
「パート譜作っといてー。」
って言っても,まるで「無責任」なことでもなかったわけですし,筆頭弟子も,
「はーい。」
みたいな感じで,あっという間に作っちゃうわけですね。

ま,「秘書」と呼ばれるのは自然のことだったのかもしれません。

あだ名なんて冗談半分ですから,私までもが調子に乗って「秘書」なんて呼ぶわけもなく,
「カバン持ち大臣」
って呼んでました。もちろんこれも冗談ですよ。

「おーい,カバン持ちだいじーん!」
「もー,なんですかー。」
「これ,しまっといて。」
「もー,それは自分でやりましょうよー。ったくもー。」
みたいな。
ここでいう「これ」は,私の「マレットケース」のことです。
カバンくらいの大きさなんですね。っていっても,サラリーマンが持ち歩くようないわゆる普通のカバンよりはよっぽど大きいですけど。
だから,カバン持ち大臣。

演奏に出かけるようなときも,
「おーい,カバン持ちだいじーん!」
「もー,なんなんですかー。」
「これ,ちゃんと持ってけよ。」
「わかりましたよー。ったくもー。」
みたいな。

私の弟子たちの中には他に,
「くつ揃え大臣」
「傘持ち大臣」
「スーツ持ち大臣」
がいました。もちろん冗談ですよ。

下から,
「くつ揃え大臣」
「傘持ち大臣」
「スーツ持ち大臣」
「カバン持ち大臣」
って出世していきます。(笑)
「くつ揃え大臣」は,居酒屋などで私が脱いだくつを揃え直す係。兼,酔っ払った私をどうにかする係。(笑)
「傘持ち大臣」は,私と「相合傘」をする係。
「スーツ持ち大臣」は,私の衣装を持ち歩く係。
「カバン持ち大臣」は,マレットケースを管理する係。

そう,要するに私は,楽譜だけ持って歩けばよかったんです。
いい時代だったな。(笑)

冗談で,
「今日からお前を,スーツ持ち大臣に任命する!」
とか言って,
「おー,出世じゃないですかー。(笑)」
とか笑いあったりして。

そういう冗談も,絶対に必要だと思ってましたから。

ま,でも,色んな物を持ち歩いてもらってたのは事実ですけど。
そのほうが安心なんですよね。頼り切ってましたね。

私が偉そうに振る舞えたのは,そんなみんなのお陰なんです。

マレットケースも,そもそも2番弟子の「お手製」で,
マレットはもちろん,チューナーや小物類,マレットスタンドまでもが一緒に収納できちゃうという優れもの。
画像があればお見せしたいんですけど,
三郷の自宅に置きっぱなしなんですよね。

お陰で,私がエキストラなどで他の楽団に出かけるとき,
そのマレットケースと,持ち運び用のティンパニ椅子を持っていけば事足りました。
身軽でよかったです。


そんな筆頭弟子Aは,三郷と江戸川を挟んだ千葉県の隣町に住んでいて,
Yさんと同じく,よく車に乗せて移動してました。
筆頭弟子は運転免許を持っていなくて,
「お前なぁ,免許取って早く運転手やれよー。」
「もー,そんな時間ありません!お金と暇くれます?」
「やるか,ばーか。」
「あー!ばかとか言ったー!Yさーん!」
「たけちゃーん,今のはひどいよー。(笑)」
みたいな。

楽しかったなー。

今でも後輩に,
「Aさんと殿下さんが一緒にいた打楽器セクションは最強だった」
って言われます。ホントに。
ある意味「無責任」な私と,卒ない筆頭弟子,
バランスが良かったのかもしれません。
私,打楽器のみんなのことについては,物凄く責任感が強かったですけど,
それ以外のことは,もう任せっきり。
ホント,いいメンバーに恵まれたなーって思ってます。


ということで,カバン持ち大臣のお話でした。

きっと,いつも以上にまとまりのない文章になっていますが,
そのままにします。



私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。