㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ソンジュンとヨンハは年に数回、ムン家を訪れる。これはいかにソンジュンが王宮に置いてジェシンより位が高くても、他派閥でも、ヨンハが大商人で金を持っている人物だとしても変わらない。彼らは親友に会いにムン家に集う。
主ムン・ジェシンには仲間がいる。成均館儒生時代に『花の四人衆』と謳い囃された四人組は、一人が亡くなり三人になったものの居間もその絆が強いと評判だ。彼らの若い時を知らない人でも、その歴史を聞いて知っているほど、彼らは堂々と友人であり続けている。
今は三人。けれど本当は今もちゃんと四人衆はそろっている。
友人たちが集まる時、そこにはムン家の奥方も同席する。それは四人衆の一人、なくなったキム・ユンシクの姉だから、と皆思っているがそうではない。成均館のキム・ユンシクが、実はその姉自身だったという事実を知る人は、もう本人たち以外いなくなってしまった。あの頃その事実を知っていた人たちは、皆鬼籍に入ってしまったからだ。
あの若い日。派閥違いで因縁もある彼らを繋いだのは、貧しい美貌の若い儒生キム・ユンシクだった。彼が居なかったら『花の四人衆』も誕生しなかった。彼らはキム・ユンシクを守るために結束し、互いを認めることで得られる充足感を知った。友情を知った。共に戦うことを知った。大事なものを守るためにその優秀な頭脳を使うということを知ったのだ。
虫が引き寄せられる花の香りを思い出してほしい。花は花弁の美しさをもってしても生物の目を引き寄せるが、その香りはもっと多くのものを惹きつける。ユンシクは目立たないようにしていても、にじみ出る賢さ、優しさ、そして隠しきれないその美しさで人々を引き寄せた。その美しい花を散らそうとする者もいたが、咲かせ続けさせようと守るものもいた。それがジェシンであり、ソンジュンであり、ヨンハだった。
彼らの花はその才を花開かせ、理智に輝くその内面は、外見をも輝かせた。それでも世は、女人が輝きすぎることを良しとしなかった。そんな世だった。隠さねばならなかった。本人もそれをよく理解していた。けれど仲間は、ユンシクの正体を知る人たちは、それを惜しんだ。今の世の理を、初めて理不尽だと思ったものもいたに違いない。
ただ、花自身は、まだこの世が自分に追いついていないことを知っていた。自分が捨て石になっても、小さな事件としてしか残らない。自分を過大評価しないところは、本当に賢かった。まだ女人が世で働く風潮は表れていない、たった一つの小石である自分の存在を、正しく評価していたのはほかならぬユニだった。
けれど、感情はそうではなかった。ユニは自分がなぜ無事に無理な活動を終える事が出来ているのかもよくわかっていた。守ってくれた人たちがいることを知っていた。感謝していた。そして、守ってくれた人の温かな血潮のたぎりを知ってしまっていた。
この世には、ユニが憧れてやまなかった学問を追い求める以外にも、心を満たすものがあるのだと教えてくれた人がいた。隠しても隠し切れない、誰かを求める心があるのだと、その優しさで、強さで、温かな心で、鼓動の速さで、そして血に濡れた指先が髪をかき分ける仕草で伝えてきた。知らぬふりをしていたし最初は本当に気づかなかった。自分のことで必死だったから。けれど気づいたとき。その視線に溢れる気持ちの熱さが人を慕う事だと伝えてきたとき、世界がまた一つユニの前に開いた。そして開いたとき。
つぼみは大きく花開いたのだ。
そして花は咲き続けている。友人たちが苦笑するほど。艶やかに現れるユニを見て、ソンジュンとヨンハはジェシンをじろりとにらむ。知らぬふりをして酒を飲むジェシン。ユニの夫という肩書を勝ち取った男。その男だけが持つ権利を行使したのだとまるわかりなほど艶めいている女人そのもののユニの姿。
「いつまで現役なんですかねえ、コロさんや。」
「なんだその爺みたいな言い方。」
「俺たちはもう立派に爺の仲間入りだと思いますよ。」
「あ!あ!俺は違うぞ!まだまだ酒も飲むし、若い妓と遊べるぞっ!」
わめいてからヨンハはじろりとジェシンを睨んだ。
「まあ・・・しっぽりとやってる奴には敵わないかもしれないけどな・・・。」
ジェシンが杯を投げつけるとひょいと避けた。避けたのだがよけきれずに笠の端をかすめて持ち上がってしまう。
「なにすんだよ~!テムルをあんなに色っぽくさせておくからだろっ!」
「私がなあに?」
ユニが下女を引き連れて入ってきて、ヨンハは慌てて笠を被り直した。新しい酒と肴。下女が出ていくと、何にもないよ、とヨンハは笑う。
「テムルがいつまでもきれいだって話だよ~。そう言うと狭量なテムルの旦那様は怒るんだよ~~。」
ソンジュンが声もなく笑っている。ユニは目を丸くして、私もう孫がいるのよ、と頬を押さえる。そんな姿がかわいらしく様になる。こんなおばあ様、いてたまるか、とヨンハはでれ、と笑った。
咲け、咲け、命尽きるまでお前は花であり華なのだ。俺たちを惹きつけて、周りを飛び回らせて、この世を潤す。お前が咲いている限り、俺たちはお前の美しさを守るために働くだろう。