㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
酷いもんだな、と呟いたのはジェシンだけではなかった。
まばらに建つ小屋のような家は、扉などなかったかのようにぽっかりと口を開けて沈黙している。生い茂る草。狭い土地をさらに区切った小さな畑は・・・いや、畑だったところは、そうだったんだろう、という痕跡しか見せてこない。空っぽだ。しん、と静まり返った山に引っかかっているような村には、人の気配などまるでなかった。
国の北の端にある小さいけれど古い家系の者が事実上治めるいる土地の様子がおかしい、と知らせてきたのは、ジェシンの友人ヨンハだった。ヨンハはク家の跡取りとして一緒に官吏に登用されているが、彼の実家は元々豪商だ。今も手広く商売をしていて、国の北方は朝鮮ニンジンの産地があちこちにあり、使用人を常に行き来させていて、下手な役人よりも情勢に詳しい。王が治める国とはいえ、昔からある名家というものはやはり存在し、ヨンハが知らせてきたその土地の豪族もその類だった。
「嫌なうわさはあったんだよ、代々・・・誰か気が狂う者が出る家でさ。今の当主の代は、当主の兄弟姉妹、従姉弟なんかの近い親族に誰も出ていないからやっと悪い種が断ち切れたかと思われてたんだが・・・その現当主に出てしまったんだと。」
「よくぞ今まで当主に当たらなかったな、逆に。」
「案外若い時から兆候はあるんだそうだ。上手く避けて繋いできたんだろうな。だが、今回は誰にもその兆候が見られなかったらしい。実に優秀な代だと皆喜んでいたところに、突然・・・。」
ヨンハは声を潜めた。
「毎夜のように、屋敷から死体が出る、と密かに噂が流れた。実際、安否がわからなくなっている親族が多くなってきて、噂がまた広がった。だが、皆怖くて、ひそひそと遠巻きにするしかないらしい。一人、また一家族と土地から逃げ出す者が出始めている。そのうちの一人が人参の栽培を担っていてね・・・。その畑は屋敷の裏山にあるんだよ。怖くて行けない。血の混じった水が流れてきた、なんて震えながら言われてみろ・・・。」
ジェシンは両班を取り締まる部署に所属している。ヨンハが通告してきたその家を調べると、身分は両班であり、ジェシンが上にあげてもおかしくない案件ではあった。ただ、まだ噂の段階で大げさにはできないと、調べてから報告するようにと投げ返された。調べる許しはでたのだから、と大っぴらに調べることにしたジェシンは、部下を一人近くの県庁に走らせ、ヨンハにも連絡して、ヨンハに訴えてきた村人に会いたいと頼んだ。
ヨンハが連れてきた村人はガタガタと震えながらジェシンの前でうずくまっていた。
「怖いよな~、こんな大男が出て来るんだもんなあ~、でも話を聞きたいだけだから大丈夫だぞ~。」
ヨンハが間延びした声で明るく促すのも、男の緊張だか恐怖だかを散らすためだと分かっている。だがうっとうしい、とジェシンはヨンハにしっしと手を振り、村人の前にしゃがみ込んだ。
「お前たちの村は、清国とかなり近接している。あまり荒れさせると付け込まれる可能性もあるからしっかり治めとかんとならんのだ。困ったことになっているなら、国の安全のためにこちらから人を出さねばならない。知っていることを話せ。」
はい、はいと震えながら頷いた村人は、一度めをぎゅうと瞑ると、経緯を話し出した。
一つの代に一人は気が狂うというその一族は、それでも穏やかにその地を治め続けていた。しかしその血筋のせいか、昔から血族の近い者との婚姻しかできないこともあって、なかなか困った血統が絶えることはなかったのだそうだ。だが、現当主の父親が、何代かぶりに全く縁のなかった家の娘を妻とした。体の丈夫そうな、明るい気立ての女人で、6人もの子を産んだ。そのうち、一番下の息子がいわゆる『当たり』の子だったが、体も弱く、早世してしまったのだという。
現当主は賢く、彼も血縁ではない家の娘を貰う事となった。書院に通い、学者のように本を好む現当主は、書院に居るときに知り合ったその土地の両班の娘を気に入ったのだ。娘の家は反対したようだったが、きれいな顔立ちの現当主に惚れたのは娘も同じだったらしく、駆け落ち同然で嫁いできたのだという。娘と息子が生まれ、従姉弟たちにも気が狂う兆候もなく、繁栄の兆しが見えていたというのに、と村人はさめざめと泣いた。
「ご当主様がある日・・・高熱を出されまして・・・。」
そこから何もかもが狂ったのだと村人は語った。