蔵の奥のお姫様 その8 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ジェシンが兵に指示をしようと部屋の外に出ると、縁側に放心状態で座り込んでいるユンシクがいた。色白の横顔を眺め、少し失礼する、とその横を通り、待機している兵を呼び寄せて、一緒にキム家の屋敷まで上ってきていた者たちをわけた。二人はふもとの方で探索及び待機をしている残りの兵に、その場で野営をするようにというジェシンの指示を携えて降りることを命じられた。携行している食料で一晩を過ごすように、と。明日以降のことは段取りを考えてまた指示するというジェシンの言葉を繰り返して、兵二人は小道を駆け下りていった。

 

 残った二人の兵とジェシンも、半分行軍故簡単な食糧は携行していた。それを摂ったら順に仮眠を取ることを指示しながら縁側に戻ると、ユンシクが鉄鍋をもって立っていた。その後ろから医師がやってきて、また明日来ることを約束して、小道を降りて行った。ジェシンは兵一人を付き添わせて、ふもとに待機の内の一人に、医師宅まで送り届けるよう、そして明朝迎えに行くように指示を追加した。

 

 それを隣で眺めていたユンシクは、軽く会釈をして謝意を伝えると、

 

 「軽く食事を用意しますので、召し上がってください。」

 

 といった。覗き込むと、抱えている鉄鍋の中には米が入っていた。

 

 「われらは野営の可能性を考えて簡単な食糧はもって来ている。水だけもらえればよい。」

 

 ジェシンがそう言うと、ユンシクはフルフルと首を横に振った。

 

 「お医師まで手配していただき・・・それに今夜はいてくださって心強い限りです。どうせ、母とお・・・姉の分の粥を炊くのです。重病人ではないので、普通の粥ですから、皆さんの分も一緒に炊けます。大した菜はありませんが、よろしければ・・・。」

 

 「ユンシク殿が、炊くのか?」

 

 「今炊事が出来るのは僕だけです。我が家は皆なんでもできるようにと父に育てられました。何でもと言っても本当に粥を炊き汁を作るぐらいです。あ・・・今日はキムチもあった・・・。」

 

 何人残られますか、と聞かれて、三名だ、と答えると、ユンシクはコメの入った鍋を抱えて井戸端に行ってしまった。しゃがみ込んでシャカシャカと米を研ぐ音が心地よく聴こえてくる。

 

 「・・・両班のご子息で飯が作れる人なんかおられるんですね・・・。」

 

 平民出身の兵がジェシンの傍で小声でつぶやいた。

 

 「教育方針なのだろう、キム家の。俺は屋敷の米びつの場所も知らねえ。」

 

 そう答えると、そりゃそうでしょう、とあきれたような返答が聞こえた。ジェシンの実家ムン家は、都でも有数の有力な両班なのだ。歴代の当主は王宮で重職を勤め続け、ジェシンもその道を順調に歩いている。

 

 「でも貧乏なわけではないんですね。何しろ米がある。」

 

 小声でつづけた兵の言葉に、失礼なことを言うな、とジェシンは叱った。

 

 「申し訳ありません。でも本当に貧しけりゃ、明日の飯の心配をしながら腹をすかして眠るのが普通ですよ。俺の生まれた家だって、ちょっと物の値段が上がれば、毎日湯の中に麦の粒が浮かんでるみたいな飯でした。」

 

 そんな話を続けたくなくて、ジェシンは中に入り、キム家の当主の様子を代わりに見守っていろ、と兵士を追っ払った。自分はなんとなく気になって、ユンシクが炊事をする様子を見ていたいと思ったのだ。

 

 袖を紐でたすきに掛け、ユンシクは厨に向かっていた。鍋には洗った米。むき出しの腕は細く、白い。そう言えば病弱だという情報も入っていた。それなのに今は、最も年少で体の弱いユンシクが一人きびきびと働いている。

 

 「・・・こちらのことは気にしないでください。これから粥を炊くんで、まだできませんよ。」

 

 ユンシクが厨の入り口でそういうので、邪魔をしないから厨の外にいていいか、と尋ねた。

 

 「今やることがねえんだ。」

 

 そうのたまうジェシンを見て、ユンシクがあはは、と笑った。始めて見る快活な笑顔だった。

 

 「じゃあ、お仕事をお願いしていいですか?」

 

 おう、と元気に承ったジェシンに指示されたのは、水がめへの水汲みだった。

 

 

 

 

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