㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「その娘さんはどうなるの?」
ユニが悲しそうな顔で聞くので、トック爺は一旦話を止め、大丈夫でございますよ、とユニに優しく言った。
「妓生はね、テムル様、妓楼にとっては商品なんですよ。傷つけたりはしません。しばらく閉じ込められて、叱られて、それから元の商いに戻されるだけです。心は傷ついているでしょうが、妓生というのはそういうものです。」
そう、と安心したようなそれでも心配なような顔でユニは頷いた。話の中の妓生をユニも見ているのだ。男たちに乱暴に連れて行かれる姿を見てしまった以上、気がかりでならないのだろう。それでもユニだってしばらく男として社会に出ていたわけだから、妓生のような仕事があることをその目で見てきていた。それでも、両班の若様としてのユニに見せられていたのは、煌びやかな女人の姿を売る妓生たちの姿だ。特にユニが接することの多かったチョソンは自立した妓生だった。義理も恩も妓楼にはあっただろうが、その責を果たしながらも自らの足で歩ける女人だったのだ。今回の娘は違う。妓楼に隷属する『商品』なのだ、自由はない。
「ユニ、休もう。明日も都へ向かうのだから。」
「そうですね。テムル様、妓楼の女将にも、穏便にとお願いしておきましたよ。うちの若旦那様の名前も出しておきましたんでね、無茶は絶対にされませんよ。うちの若旦那様はどの街でもいいお客なんですよう。」
「ふふ、ヨリム先輩ってば・・・。」
ユニがヨンハの明るい笑顔を思い出したのだろう、頬を緩めたので、すかさずソンジュンは隣室に用意してある床に連れて行き横たわらせた。疲れたのだろう、ユニはふんわりと眠っていく。気分が悪くならなくてよかった、とソンジュンはほっとした。屋敷から抜け出した時より少しそげた頬。悪阻だと分かっていてもその体調の悪さはソンジュンを不安にさせた。そしてそんなときに辛い思いをさせた罪悪感もまた湧き出すのだ。
ユニを寝かせて隣室に戻ると、トック爺は白湯を飲んでいた。
「疲れているのに報告させて済まない。」
「いいえ、商売の旅ならもっと強行軍ですよ。遅くまで歩き、ちょっとだけ体を横たえて、日ものぼらぬうちに出立です。」
ソンジュンのために白湯を茶碗に入れると、トック爺は話の続きに口を開いた。
娘は身を竦めたが、もう破れかぶれになったのだろう、寺に飛び込んでいった。
「若様!若様!逃げましょ!」
僧は大男だが、元が乱暴な男ではない。厳しいのは己とそれから縄尻をとっているユン家のバカ息子にだけだ。ジョンチョルが頬を腫らしているのは主にジェシンの平手打ちのせいだし、縄で繋いでいるのはジョンチョルに信用が全くないからだ。寺で修行させるのに両班の服はいらないし、生活に関わることだって自ら働かなければならないから、服装だって簡素なものになる。ジョンチョルを貶めるためにしているわけではない。ユン家の当主に頭を下げて頼まれ、ユン家への恩と、それから親心に報いるために、薄い血縁のジョンチョルの更正に手を付けただけだ。憎々し気な視線を向けられて戸惑っている間に、妓生はジョンチョルの手を掴み、逃げようとした。
「おら待て!」
妓生を追って飛び込んできた男二人が見たのは、驚いて戸惑ってはいたが、ジョンチョルの腰縄の縄尻をはなさなかった、巌のように仁王立ちする僧の姿と、妓生に腕を引っ張られてつんのめって転ぶジョンチョル、そしてその勢いで掴んだ腕を放してしまって、ジョンチョルの傍を駆け抜けた形になってしまった妓生の姿。
「な・・・何をやってるんだ、綱を切れよ!」
「え・・・あ、お坊様!これでこの人をかえしてください!」
娘が放り投げた巾着からはかすかな音がする。
「金を貰ったってこの者を放り出すわけにはいかないのだよ、娘さ・・・『こんなはした金で何ができるってんだよ馬鹿かお前は!』ん・・・。」
僧の言葉を遮るように怒鳴ったジョンチョルを憐れんだように見下ろした僧は、娘に静かに言った。
「こんな男を信じてはいかん。信じられるような真っ当な男になったら娘さん、そのときには会いに行かせるから、さあ、その巾着をもって帰りなさい。」
一瞬その状況を見てしまっていた男たちはここでようやく動いたのだ。
「お坊様!すんません!娘はこっちで引き取ります!」
僧が意識を男たちに向けた瞬間、妓生は寺の裏手へ向かって逃走したのだった。