㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
地方の、それも踊りや歌や教養なども教え、宴に花を添える演技者として育てられる機会のない女たちは、名ばかりの妓生だ。つまり、ユニも旧知のチョソンなどとは全く違う。男の相手をするだけだ。そんな境遇に陥っている若い娘は、勿論その境遇からの脱出を夢見る。その夢をかなえてくれるのは皮肉にも男で、だから身受けしてくれるという口約束が、様子のいい金回りのよさそうな男からささやかれると本気にしたくなる。そういう男は大抵自分の金というものを持っていなくて、花代すらそのうちためるようになる。だが甘い言葉で、お前に会いたいなどと言われたら、つい自分の金をお座敷代として出してしまう。これが妓生たちの堕ちていく定番の奈落だ。
この若い妓生も見事にその口で、この辺りの土臭い男と違い、小洒落ていて、口調も爽やかな男に見事にはまった。同情の余地はあるとはいえ、周りは何度も忠告をしている。これも定番だが、それが先輩や仲間の妓生たちからのものだと、いい客を捕まえた自分への嫉妬だと受け取るし、女将などからの叱責だと、お客としてきているんだからいいじゃない、となる。実際そのうちその金は自分が負うことになることも知らず、ずるずると深みにはまる。はまるのは自分だけで、男の方は大した情はない。簡単に捨てることができるのだ。
夢を与えられて取り上げられて、を周囲のものはよく知っている。経験もしている。けれど若い娘の信じ込みはそんなものなど歯牙にもかけない。私は違う、あの人は違う、私は幸せになれるのだ、そう思い込んだ胸は誰にも開かない。事実が目の前に転がっていたとしても。
ユン・ジョンチョルの相手だった妓生は、女将から叱られ、不貞腐れたため折檻も受け、そして次の朝、人目を盗んで妓楼から逃げ出した。愛しい男を救い出して逃げるために。世の中が悪い、あの優しい人を追い出すなんて今頃お屋敷だって後悔している、私がしっかりと支えるんだから、そんな夢を相変わらず呪文のように胸のなかで渦巻かせながら、出来るだけ人の目の少ない裏道や草むらをたどり、それでもきいている寺に行くには街の真ん中を横切らねばならず、そのときに、ソンジュンとユニの乗る馬の傍を駆け抜けたのだが、それは彼らの正体に気付いていたのではなく、人目を避ける障壁になりそうなのが馬体だったからに過ぎない。その必死さは功を奏して、とりあえず寺の近くまではたどり着けた。勿論初めて行く場所。山への登り口を何度もうろつき確かめていた姿は里人に見られていたのだろう。当然捜索区域を寺に定めていた妓楼の男たちが追いかけてきて、里人から聞き出されてしまったのだ。
必死に山道を登り、粗末だがきっちりと立てられた山門の陰から中を覗いた。そこには庭を掃除する僧の姿があった。そしてその傍らに腰に縄を付けられた状態で箒を使わされている愛しい男の姿も。衣服は粗末なチョゴリにパジ。使った事のない箒をやみくもに動かすため、何度も僧が持っている柄杓でばしりと箒の柄を叩かれて取り落とす。柄杓は水を撒くためらしく、一度は水を張っているだろう桶に躓き尻もちをついていた。仰向いたその顔は、両頬が腫れ、乱暴を受けた跡がはっきりしていた。
どうして、どうして。若様がどうして。
自分の持ち部屋で、床に同衾して寄り添いながら、俺は屋敷では若様と呼ばれ続けててね、もうそんな年でもないのだが、父がやはり主だから仕方がないんだよ、と明るく笑っていた彼が、娘の真実の男だったのに。目の前にいるのは、自分では箒さえ使えない、人の力の下に屈する弱い男だった。それでも助けなければ、と思った。助けて、傷をお医師に見てもらって、それぐらいのお金なら懐に入れてきたし、それでお屋敷にお連れするのよ、そうしたら私はそのお屋敷の人に感謝されて、若様のお傍にいるように言われるんだわ。
思い込みは凄いもので、そこまで想像を広がらせていた。口を真一文字に結んで、僧の目をかすめる時刻を待とうと娘は隠れ場所を探すのに振り向いた。
そこには、既に妓楼の男衆が二人、息を切らせて立っていたのだ。