㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
その頃、ジェシンとヨンハは来た時とは打って変わってのんびりと帰路の馬上にいた。
「ちょっとはすっきりしただろ、コロ?」
「何べん言うんだ。殺せないのが心残りだ。」
「流石に捕まるんだぜ?!」
うるせえわかってるだから殺さなかっただろうが、と嘯くジェシンに、やりかねないんだよなあ、とヨンハは背筋を震わせた。
ユン家の縁戚だという僧と落ち合ったのは日がくれたころ。剣客らしく、ジェシン達の宿までわざわざ来てくれたのだ。ご案内願えますか、と落ち着いた様子に見えたが、合った目には強い意志が分かる焔が燃えているように見えて、ヨンハはぞくりとした。
軽く打ち合わせをして、博打を楽しみたい旅の客という前回の設定をそのままに、先に二人が店に入り込んで偶然居合わせたことにする。そして僧が首尾よくユン家の息子を捕えればよし、揉めたら手を貸すことにしてくれと僧が主張したのだ。万が一彼がいなかったら、二人は一刻をめどに外に出ることにした。つまり一刻を過ぎれば僧は突入して来るのだ。
「一族の問題であなた方に迷惑をおかけしたくないのです。すでにかけてはいるが・・・それでも手を汚される必要はありません。ただ、相手は阿呆故、何をするかわからないのです。そのときはお言葉に甘えて手をお貸しください。」
「まあ、バカ息子一人ならご坊一人で十分でしょうが・・・。」
「あんなところにいるやつらの中には、血の気の多い奴がいるからな。」
ジェシンも肯定して、立ち上がると歩き出した。何しろさっさと済ませたい。僧にユン家の息子を押し付けて、ユニの道程から彼を排除してしまいたいのだ。それはヨンハも同じだが、今回に限り、自分が役に立つとは到底思えない。思えないが。
「てめえは、後で少々問題にでもなったりしたらもみ消す係だ。」
とジェシンに平然と言われて、はいはい、と答えるしかなかった。どう考えてもそれしか自分にできることはなかったからだ。
「問題にはなりません。ユン家が訴えることはないし、もみ消すでしょう。」
僧はのしのしと歩きながら言う。そうですかとヨンハが相槌を打つと、当然です、と答えが返ってきた。
「あの者は、自分がいかに恵まれていたかいまだにわかっていないバカ者です。両親が揃い、家は名門で裕福。長老様はあちこちに恩を・・・ご本人はそんなつもりもなかったかもしれませんが・・・売って人脈もある人徳のあるお方だ。こんな遠縁の拙僧も一家丸ごと世話していただき、姉たちも幸福に暮らしていると便りをくれます。その後ろ盾の『家』が永遠だと思っているんでしょう。違います。『人』有木なのですよ。長老様と、今の当主様が自分を律することで保ってきたのが『家』なのですよ。自分がすでに見切りを付けられていることを実感せず、今まで同じようにのらりくらりとやっていれば誰かが助けてくれる。そう思っているのでしょう。」
「そんな奴が僧になれますか?」
「なれなければ、寺で小者として追使います。本人が仏様と向き合う日が来るよう、拙僧も努めます。それが僧としての拙僧の修行として与えられた試練なのでしょうし、ユン家への恩返しにもなると信じています。」
ジェシンは黙って聞いていた。ジェシンも一度身を持ち崩しかけた経験があるから、多少耳が痛いのだろう。それでもお前は立ち直ったしな、テムルのおかげだしな、テムルに恩返しだな、とヨンハは胸の内でジェシンにそう呼びかけた。何しろ直接言ったら何だか理不尽に殴られそうだったので。
とにかく、ばくちをやっている店に着くと、僧は暗がりに隠れ、二人は店に入っていった。女将が再来店を喜び、今日こそお遊びいただきましょうねえ、と裏に声を掛けに行こうとするので、ちょっと体を温めてからな、と愛想よく酒を頼むと、勿論ですよ、と席に案内され、また同じ女が同席してきた。
「今日はどれぐらい待つかな?」
「おかみさんが親分に、いい客を逃したよ、って怒ってたから、多分席を空けてくださいますよう。それまでお相手させてねえ。」
「姉さんなら大歓迎だよ。」
「なあ・・・ちょっと覗いていいか?」
ジェシンがぼそりと聞くと、女はすぐに聞きに行ってくれた。まもなく戻ってきて、女将さんがいいですようって、と手招きするので、二人で連れ立って、女将が立つ扉の前に近づくと、博打場らしい蒸れた熱気が伝わってきて、男の嘆声や気合を入れる声が聞こえてくる。
開けっ放しの扉から覗くと、いかにもな奴らの中に優男が一人。妙に身なりのいいその男がユン家の息子だと、二人は即座に確信した。