㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
トック爺はたぶん、出立しても問題ないか周りの様子を聞いてくれているんだろうね、そういうソンジュンに頷くと、ユニは少しうとうととしだした。寄り添って温かくなったのだろう。医師の言う通り、少し横になって休ませよう、とソンジュンはトック爺をゆっくり待つことにした。
一方、トック爺は、診療所近くの女房達に話しかけ、男たちが妓楼の雇われ下人らしいと知った。様子を見ようかと診療所に戻りかけると、勝手に扉を開けて医師を呼びたてている男を見つけ、近くまで慌てて戻り話を聞きこんだ。内容から、ユン家の息子が居続けをした妓生のことだとピンときて、詳しく知りたいと出てきた男に愛想よく話しかけた。
「兄さん、兄さん、この事態は何なんだね。俺の主人夫婦を危なくて出せないんだが。」
「・・・何だよ爺さん・・・俺は忙しいんだよ・・・。」
低い声で凄んでもチンピラ風情にトック爺が怯むことはない。
「忙しいのは承知なんだよ。でもねえ、奥様はご懐妊中だし、あまり怖い思いをおさせできないんだよ。どの道を行けば騒ぎに巻き込まれないかい?」
一緒に歩き出し、その懐にぽい、と金を少し投げ込んでやると、服の上から押さえて何かを確かめた男は、急に仕方がねえ、という顔をした。いやはや、金の力は偉大だねえ。
「ご立派な殿さまたちに誰も何もしねえ・・・いや、探してるのがちょうど男と女だし、男はここらでは珍しい両班の若造だから、間違える馬鹿がいるか・・・?」
「うちの殿さまは誰かに間違えられるようなそこいらのお方じゃねえよぉ。都じゃ一番の美丈夫だ。」
「じゃ、大丈夫か?とにかく、今隣の妓楼の奴らにも声かけて総出で女を追ってるんだ。朝一に寺に行ったときには、坊さんに誰も来てねえって言われたし、男が縄でくくられてるのも確認したんだが。」
「怖いねえ・・・その坊さんは何かね、すごく偉いのかね?」
「坊さんだから偉いんだろ?すごい大男だけど、優しいお人だってのは俺たちも知ってるんだが、その坊さんが男をそんな風に扱うんだから、ろくでもない男だってわかるだろ?でもうちの若い妓生には、分からなかったんだねえ・・・すっかり騙されて、金使わされて、女将さんに説教食らってもまだ男を追っかけやがって・・・。」
ああ、面倒だ、と言いながら男は顎をさすった。
「街道口は人を置いてる。逃げられちゃ困るからな。ただ、逃げるやつらが人目の多い道を選ぶとも思えないんだけどよ。寺も見張らせてるからそのうち見つかるだろ。あんたや、その立派な殿様がいれば間違って声かけてもすぐに間違いに気づくだろ。妓生だってろくな格好で逃げてねえ。両班の奥様とは格好からちがわあ。」
「じゃ、堂々と大道を行くかね。」
「大道っても田舎の道じゃねえか。」
「しかしどうして医者先生に声を掛けたんだい?妓生の縁者でもないんだろ?」
「坊さんに括られてるぐらいだ。昨日・・・いや、もう一日前の晩か、博打場でとっ捕まった時に仲間たちが大けがしてるんだよ。奴だって一発や二発、殴られてるよ。すげえ強い兄さんがいたんだよ・・・うちの頭も、あんな奴が手下にいたら、と思うぐらい喧嘩が強かったんだけど、聞いたら偉くご身分のある方だったからさ。ダチの仕事に引っ張り出されてたまたまここにいたらしかったんだよ。その人に殴られてたら怪我してるだろうし、ここの先生に担ぎ込むかもと思ったんだよ。妓楼を後先も考えず男に目がくらんで飛び出す奴だ。何も考えずに医者にかからなきゃって思うかもしれないだろ。」
「いや、兄さん、なかなかいい目の付け所だよ。」
「そうだろ?」
男をほめあげておいて、トック爺は立ち止まった。
「邪魔してすまんね。じゃあ、うちのご主人たちが準備できたら勝手に街から離れさせてもらうよ。」
「おう、気をつけてな。」
ダメ押しにもう一度懐に金を放り込んでやると、男はニッと笑って頭を下げた。とりあえず引き返したトック爺は、とっととこの街から出ていった方が得策だねえ、と考えて、急いで診療所へ向かった。