㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
漢城で妓楼を知り尽くしているヨンハはともかく、誘われて酒を飲みに行くぐらいのジェシンでも、妓楼の建物の様子や酒食、妓生の質もかなり落ちることはよくわかるほどの田舎の歓楽街。都から来たいかにもあか抜けた二人の身分高き青年に興奮して、若い妓生たちが張り切って侍ろうとしている様子すらまるわかりだった。ヨンハはその点上手で、女将に、旅の疲れを取りたいから話の上手な経験豊かな妓生を頼む、と持ちかけていた。おかげで妓生としては年増の穏やかな二人がジェシンとヨンハの傍について酌をすることになった。
「君たちのさ、歌や踊りも見てみたいものだけど、何しろこいつが馬を走らせるのが速くって・・・俺はついて行くのが背一杯でさ、ゆっくり酒を飲みたいだけなんだよ~。」
と哀れっぽくふざけるヨンハに、二人はにこにこと酒を注いで慰めている。それをジェシンは呆れたように眺めながら肴に出てきた小魚の干物を咥えた。この辺りは海に近いので、魚が干してあるものすら美味い。
「・・・美味いな・・・。」
思った通りのつぶやきが出てしまってハッとしたが、聞きつけた妓生は馬鹿にもせず、嬉しそうに笑った。
「魚しか名物もない場所なんですよ、たくさん召し上がってくださいねえ。」
「私たちもね、普段見かけるでしょう都の娘さんたちには足元にも及ばない田舎者ですけどね・・・まあまあ美味しい方ですよう。」
妓生らしく誘い言葉も知っていると見えて、ヨンハは朗らかに笑ってうんうん、と手を握ってやった。それを見てジェシンはますます呆れた。
「君たちみたいなきれいな妓と酒を飲めるなんて、正直思ってなかったよ。ここらはさ、俺たちみたいな都の役人はあまり客としてはこないだろ?」
「ええ、旅のお人や土地の叔父さんがほとんどですよ。楼もね、うちともう二軒しかないし。ああ、そう言えば、三軒隣の梅花楼に、珍しく若い両班の若様がい続けてる、って噂よね。」
「そう、珍しいんですよ。だから見に行ったわよね~。でもお寝みになってて、敵方になった子が・・・ミンスって言うんですけど、独り占めして見せてくれないのよね、出ても来ないし。」
この辺りは、妓生になっても芸名は着けずに本来の名で座敷に出ているようだった。この二人も素朴な名のままだった。
「なんだかね、この辺りのご親戚の家にお住みになるから、いずれ旦那になってくれるかも、ってミンス浮かれてたわね~。でもここらにそんな両班の旦那様のお家、あったかしら?」
「遊ばれてるんじゃないかってみんなで噂してるんですよ。」
「おや、忠告してやらないのかい?」
「女ってね・・・特に私たちは、自分がこれぞ、と思った男のことを悪く言われると、逆に燃えてしまうんですよぅ・・・。私が騙されて不幸になると願ってるんでしょ、って。実際大体当たるんですよね、本人よりも他から見た男の人となりの方が合ってます。ミンスのお客さんだって、ほら・・・。」
「そうそう、先払いでお金を頂いているって聞きました。踏み倒されたら困るからって。おかみさんの方がしっかりしてるわよね~知らないのはミンスだけ。」
「へえ、見る目厳しいねえ。ねえねえ、俺たちは?どう見える?」
「嫌ですよ、そんなこと言わせるなんて野暮っていうんじゃないんですか?」
「元々かりそめのお遊びの場所なんですから。私たち男に騙されるのは一通りやってますからね。」
「あはは!悪いわるい。意地悪言った。ごめんよ。花代、上乗せしちゃおう!」
「やだ!文句言ってみるもんね!」
「お酌しちゃう。ゆっくり飲んで旅の疲れをとってくださいな。」
ヨンハがジェシンに片目をつぶってよこす。それをだるそうに見ながら、感心するやらあきれるやらで、ジェシンは立て続けに酒を三杯飲み干した。
この辺りで用事もあるしね、と泊まることなく妓楼を後にした二人はぶらぶらと歩く体で梅花楼の前をゆっくりと通り過ぎた。たいしてにぎわっている通りではない。妓楼の周りには普通の宿や飲み屋が点在している。梅花楼も大きな建物ではなかった。
は、と気づいたようにジェシンがヨンハの袖を引いて建物の陰に引きずり込んだ。楼の横手から男が出てきた。その腕に若い妓生が巻き付いている。妓生が指さして道を教えていた。その腕をポンポンと軽く叩いて礼を言ったのか、男は一人で歩き出した。
身なりは両班のもの。背後から呼びかけた妓生が、「ユンの若様」と呼び掛けたことで、目的の人物だとジェシンとヨンハは飲んだ酒気が全部抜けた気がした。