㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「赦すなんて、私が言わなくてはならないことだわ。勝手に屋敷から飛び出して、イ家の女としての責務を放棄したのよ・・・旦那様も・・・それからお義父様、お義母様もお怒りに違いないわ。我慢の足りない女人だと、呆れておられるわ・・・。」
ソンジュンの手をそっと外して項垂れるユニ。その手をソンジュンはもう一度握り直した。
「いや、俺が赦してもらわねばならない人間だ。妻を不安に陥れたんだよ、最も罪が深いのは俺だよ。父上も悔いておられた。君があまりにもしっかりした奥方になってくれていたから、何もかもが強いと思い込んでしまった、と、配慮のない行動を悔いておられたよ。母上には言っていないんだよ、君はご実家のキム家に行ったことになっている。母上は心配性だし、それに本当のことを知られたら、君を傷つけたと俺が叱られるよ。父上は・・・まずこんな失態をしなかったからね。俺が酒のせいで騙されたのは、俺の自己管理がなっていない、と言われるだけだよ。」
「でも、でも!こうやって忙しいあなたを振り回したわ!お仕事に支障を出して、皆様に迷惑をかけて、そしてあなたの名を傷つけたわ!」
「そんなもの、なんてことないよ。仕事は休みを頂けるよう父上に根回しをお願いしたし、それにね、もし皆に知れたとしても、俺が君に首ったけだってことが十分に知れ渡るだけで、俺としては本望だね。」
いつになく饒舌なソンジュンの物言いに真っ赤になるユニを引き寄せて、さて、今までの顛末を話すよ、とソンジュンは囁いた。
「トック爺さん、奥様の旦那様は、まあ、いい男ですねえ・・・。」
「カラン様、とうちの坊ちゃんがあだ名したんだよ、。国中の娘っ子が婿にしたがる、顔よし体よし、頭は国で一番、家柄も一番、っていう信じられないぐらい恵まれたお方なんだよ。」
「確かにねえ、でもあまりにもお美しすぎて、奥様ぐらいしかお似合いのお相手はいないだろうねえ。」
「テムル様は本当にお綺麗な気立ての良いお嬢様だったからね。弟君もよく似ておられて、王様から緑髪紅顔って褒められたぐらいだからね。」
「それってどういう意味なのかしらねえ。」
「何にせよ、髪も顔もきれいだよってことだよ。」
盆にのせたお茶を縁側に置き、ヨンハの乳母は馬の手綱を持ったトック爺としゃべっていた。仕方がないのだ。開けっ放しの扉の向こうで、若夫婦が手を取り合い、顔を近づけて語り合っているのだから、邪魔をするなんて野暮なことはできないのだ。
その日の夕餉は、ソンジュンを迎えて活気の出た小さな『小屋』は、質素ながらもごちそうになった。トック爺が村の長のところに走り、鶏を絞めてもらってそれを買い取ってきたので、ガラも使いじっくりと煮込んで、ショウガの香りを利かせた煮込み料理をヨンハの乳母が張り切って作った。常備してある米、麦も一緒に煮こみ、ユニには汁と穀物が多め、ソンジュンには肉をたっぷりと盛りつけて出すと、食欲の減っていたユニもいつもよりしっかりと食べ切った。一羽の鶏は結構な量になり、トック爺や乳母も相伴できるほどの量だった。
「ユニを直ぐに連れ帰ることはできるのだろうか?」
食後、そうトック爺に訊ねたソンジュンに、さいですね、とトック爺は首をひねった。
「あたしは気を付けてゆるゆるとお連れしようと思っておりましたけどね。ご心配でしょうから、明日医女と医師を呼んでみていただき、聞いてみましょうかねえ。」
ユニは部屋でヨンハの乳母に世話されて休む支度をしていた。その間、湯を飲みながらの男同士の話。
「無理はさせたくない。だが俺も・・・ユニには気楽なことを言ったが長くは仕事を休めはしないのが本音だ。だからと言って、動かしてはならぬと言われたとしても、ここに置いていきたくはない。」
「そりゃそうでしょうとも。それに、テムル様もカラン様のお傍が一番安心されますよう・・・今夜は本当によくお食事を召し上がりました。あんなにお菓子が大好きでお元気なテムル様が、胸が焼けて食べられないなんておっしゃるとは・・・孕むという事は大変なことなんですねえ・・・。」
孕む事のない男二人は、どうしたらいいのかわからないままに夜を迎え、とにかくソンジュンは寝る支度の整ったユニの部屋に入り、トック爺がヨンハの乳母を引っ張ってきたときに急いで調達した夜具の中でユニを抱きしめて、そして熟睡した。
そしてユニも、ソンジュンの肌着に貌を押し付け、夫の香りにいつの間にか心が穏やかに落ち着くのを感じると、久しぶりに明け方までぐっすりと、そう、一度も目覚めることなくぐっすりと眠ることができた。