ノワール 最終話 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 黒いヒールは何の装飾もなく、だが、磨けば磨くほど皮はやわらかくユニの足を包み、ヒールの先を二度交換、中敷きの張替えを一度、念願の教師となって教壇にたつ今も、大事な行事の時に使われている。

 

 

 ジェシンは、別に熱烈に愛を囁く人ではない。だが、その表情は武骨なようでわかりやすく変化する人だという事を、ユニはもう知っている。ユニにはひたすら優しい。時に発する励ましや感嘆の表現に、ユニへの思いが込められた美しい言葉をくれる。それは、本をよく読み、広い知識を持っているおかげであることも徐々に知っていった。勉強のできる人だとは知っていたが、大変な読書家であり、得た知識や感動を言葉とリンクできる人だったのだ。その言葉を自分のものに変え、ユニに惜しみなくくれる。与える相手が自分だという事がどれだけ特別なことなのか、ユニはやっぱりすでに知っている。

 

 直接的な言葉でなくても、十分に伝わっていた。だから、ヨンハがどんなに横から茶々を入れようと、ジェシンは好きだの愛してるのとは言わなかったし、ユニも要求しなかった。その言葉じゃなくても、ジェシンの表情、暮れる言葉一つ一つがちゃんとメッセージを伝えてきていたから。溢れるほど。そして足元には包み込む柔らかな黒い靴。心の中から足の先まで、ユニはジェシンに包まれて大人になった。

 

 ジェシンが靴を自分で稼いだ金で買ってくれたことは、ヨンハにこっそり教えられた。ユニにとって、ヨンハはともかく、ジェシンやソンジュンだって本当に別世界の住人だった。たまたま知り合ったから、弟ユンシクが同級生だったから、としか思えないほど、その境遇は裕福さも含めて想像できない差があった。そのうちの一人であるジェシンが、贈り物を買うために小遣いではなく自分で稼いでくれた、そこが一番うれしかった。同じ立場で話すことのできる人なのだと実感できた。どこか遠慮があったそれまでは、信頼していなかったわけではないが、自分が弱いから、ジェシンが強くて賢いから、立場のある人の息子だから、という考えはどこか残っていた。実際騒動の際は、ジェシンの父の力は役に立ち、ユニへ何らかの圧力がかかることもなかったのだから余計に。その遠慮を、吹き飛ばしてくれた靴。色は黒。ユニはこの靴のおかげで黒という色の印象が随分変わった。

 

 黒。不吉な色とも言われる。漆黒の闇。手を伸ばしたらその先に何があるかわからない怖さを、黒から知った。父の葬祭の色。いい色じゃ決してなかった。絶望に近づく色だった。

 

 ジェシンもそうだった。疎開先の闇。先の見えない世の中。兄の死は一かを真っ黒に塗りつぶそうとした。その先で手招いている暗い穴にジェシンは近づきかけた。黒は虚無の色だった。

 

 けれど、あの光のないスラムで、ジェシンはユニを見つけた。ユニは暗闇の中でもジェシンに見えた。そしてユニも。逆に明るい道を歩くはずだったインスは、薄闇の中で動いていた父のために真っ暗闇に落ちるところだった。けれど彼には親友がいて、親友の父は自分の父の親友だった。掬い上げてもらえた。真っ黒な穴から遠ざけてくれたのだ。

 

 ユニもジェシンも、そんな周りの人たちに暗闇から遠ざけてもらった。けれど、そうやって周りに目を向けるきっかけは、特にジェシンは、ユニだった。ユニを見つけた日から、ジェシンは周りの優しい淡い光に気付いたのだ。

 

 黒にはいろいろな濃淡がある。決して不吉なだけではない。ユニの真っ黒な瞳は光を湛え、人を微笑ませる。足元に履く黒い柔らかな靴は、ユニの背筋をまっすぐに伸ばして支え、将来に向かって手を伸ばすことを促してくれる。

 

 

 今年、ジェシンは煩雑な研修過程を終え、法律家としての一歩を踏み出した。ユニより一年遅い門出だ。人材不足の中、既に事務所を立ち上げ、新たに制定される法律を追いかけて、忙しさは始まっている。けれど今日だけは別。

 

 ユニの足には真っ黒い三センチヒールのパンプス。ジェシンの足にはピカピカに磨き上げたドレスシューズ。見上げたのは建て替えられた医院。相変わらず個人病院だけれど、地域の人を助ける大事な拠点。そしてユニ達を見守り続けた人たちのいるところ。

 

 『本日は本当に休診』

 

 相変わらずかけられている札に笑った。大事な日だと思ってくれている心意気に胸は熱くなった。

 

 黒に塗りつぶされそうだった人生は今、思い出になり、これから前へ進む。また二人は形を変えて進む。今日はその挨拶。

 

 「いらっしゃいお二人さん!新居はどこ?どうせなら近くに住めばいいのに!」

 

 医師の笑い声が響く。婚約の喜びを、美しい黒と共に。

 

 

 

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