㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
嫌そうにそれを渡すジェシンと、目の前に差し出された小箱を見比べて、ユニは目をぱちくりさせた。ユニは背は以前と変わらないが、容貌が随分大人っぽくなってきている。ただ、大きな丸い目が少しばかり童顔に見せているけれど。
「こいつはねえ、ユニちゃんにプレゼントを上げる男が自分が一番じゃないからって拗ねてるの!」
ヨンハが横から口を出し、ぴゃっと横っ飛びに逃げた。当然ジェシンからの反撃を避けるためだが、元からあまり運動神経はよくないので、結局よろけて壁に激突していた。
慌てたユンシクとソンジュンがヨンハを介抱する中、ジェシンは無言で小箱を突き出し続ける。ユニは戸惑ったようにその箱をそっと受け取った。
インスとあの後軽食を食った。新メニューの試食というのはデザートのことで、卵の香りが豊かなプディングと、初めて味わったカスタードクリームの香りは、たとえそれが随分甘いものでも美味しく感じた。
「インス。これ持っていけ。」
ヨンハが、レストランの経営を始めるにあたり作った名刺の裏にさらさらと何かを書いてインスに渡した。インスは表のヨンハの肩書と名前を眺め、そして裏を見た。
「思ってもない事を。」
「でも事実だ。」
ヨンハはしれっと答えた。
「最近、この店の前の店長だったジョンが、母国の若者の頼れるところを、って寮みたいなのを始めたらしい。うちの国からの学生がいける大学なんて、まだアメリカがどんなに広くても知れてるだろ。多分同じ町になるよ。」
別に行けとは言わない。だけど一つ駆け込むところがあるんだって覚えておいたらいいし、それは紹介状みたいなもんだ、とヨンハは明るく言ってインスに手を差し出した。
眉を片方器用に上げて、インスはヨンハと握手した。そしてその手をジェシンに向けてきた。
「お前とはどうも相いれなかった。お前がいつも日の当たるところで、堂々といるのがうらやましかった。ぐれたみたいだって聞いたときは正直喜んだぜ。お前が俺と同じ所に落ちてきたんだって。」
「・・・お前がどうして日の当たるところにいなかったと言えるんだ?」
ジェシンも言い返した。だがどこかで分かってはいた。インスは父親の仕事に関わらないようにしていた、と言っていた。彼にとって父親のやっていることはやはりいいことではなかったのだろう。詳しく知らされていなくても、周りから、もしくは自分の目で見てしまったものでもあったかもしれないが、じわじわと知らされたことに、その人の子どもであることの幻滅はあったのだろう。金はあっても、インスは豊かではなかったのだ。
「贅沢者め、って思った。あんな自慢できる父親がいて、聞くところによるといい家の出身の母親を持って、賢いことで有名な兄貴がいるのに。まあ・・・お兄さんがお亡くなりになったと聞いたときに、お前は初めて大事なものをなくすことを知ったのだと思ったけどな。」
兄の死だけではない。戦争による人の心の荒みを、どんなに守られていた子供とはいえジェシンも経験した。ヨンハだって、ソンジュンも同じように経験したらしい。自分の無力な存在と、それを押し付けて来る世に絶望したのはジェシンだけではない。それは分かっていても、どうしても暗い穴の縁を覗かずにはいられなかった。自分は本当はここに居てはいけないのでは、と嘆き悲しむ母を、黙り込む父を見ていたあの日々。
「父の失敗で、俺は奈落の底に突き落とされた・・・ように見えるだろう?違う。俺はおかげで暗闇から出てこれたんだ。あのままだと、結局は父と同じような道に進んだに違いない。捨てられないものが出来過ぎて。家族は好きではなかったが、情がないわけではない。それに引きずられるだろうと予感する自分も嫌だった。だが、俺は逃げ出せた。これからの苦悩は自分だけのものだ。どんなに暗くても、俺は光を探すことができる。それだけの意味があると分かっているから。」
ジェシンはインスの手を握った。にやりと笑ったインスは、一度も振り返りもせず、レストランを出ていった。
「俺の・・・『付き合いの長い同級生』から、詫びの品だそうだ。あの事件で逮捕された社長の息子だ。受け取ってやってくれ。」
ヨンハが名刺の裏に書いた言葉を、ジェシンも納得して使った。そう。インスはジェシンにとっても、付き合いの長い、ちょっと因縁のある、でも同級生だった。