㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニは医院に一旦帰宅することになっている。引っ越しはまだだ。買い取った建物の二階は、前の持ち主が家財を持ち出しただけで清掃などされていないという事で、ユニとユンシクが夕方まで清掃をし、そして一緒に今の家に帰宅するのだ。勿論、そこにはもう一人いるのだが。
「うわ。イ・ソンジュン君じゃん!」
大声で笑ったヨンハを、ソンジュンは馬鹿丁寧に会釈して挨拶を返してきた。お互い有名人だから困るねえ、などと、返答に困ることを叫んで困らせているので、襟首をつかんで引き離してやる。
「で、何してんの?」
ヨンハがジェシンに掴まれたまま指さしたのは、ソンジュンがぶら下げているバケツだった。
「水を替えに。物入れに手を付けたら、埃だらけで・・・。先に埃は払ったはずなのに、何度拭いても雑巾が真っ黒になるんですよ。」
きょとんとしたヨンハをしり目に、ソンジュンはその黒い水を見せると、道の端に撒いた。数日降雨のないソウルの街は乾いて埃っぽいため、水はたちまち黒い染みとなり地面に吸い込まれていく。
「イ・ソンジュン君、掃除なんかするんだ・・・。」
「役には立っていないですよ、ユンシクもユニさんもさせてくれないので、これぐらいはって無理やり仕事を貰ったんです。」
ヨンハはもちろんだが、ソンジュンだって相当なお坊ちゃんのはずだ。送迎のある使用人のいる生活をしている家に、家事をする女性の使用人がいないわけはない。独り物でない限り、家事は女の仕事が当たり前のこの国で、一番しなさそうな仕事を手伝わせてもらえないと拗ねているお坊ちゃんの姿に笑いそうになる。
「服が汚れるからって。二人は着替えをここに置いてるんですよ。俺も明日から持ってこようかなあ・・・。」
腕まくりをしたシャツを恨めし気に睨みながら、ソンジュンはバケツを持って裏手に回っていく。そこにはポンプがあり、ぎこぎこと音を立てて水を汲み始めた。まだ上水はこの辺りまで届いていないのだ。
水をためたバケツを持ったソンジュンを追って、ジェシンとヨンハも二階に上がっていった。ジェシンは平日は医院に来ることはないが、それでもユニの事件からここ数日は一日おきに会いに来ていると言っていいだろう。けがの回復も気になるし、心の傷はなおさら。
ジェシンにしがみついて泣いたユニ。強がって、心配をかけないように頑張っていた心の中はズタズタだったのだ。大都市ソウルに出てきて、少女である自分がどんなに危うい存在なのかを突き付けられることばかりだったのだろう。けれど、必死に働く母や、それでなくとも心配してくれる年下の弟に平気な顔をして見せなければと思っていたのだろう。その辛さを、我慢するな、と吐き出せ、と同じように医師夫妻に諭されてきたジェシンに許されて、涙がこぼれて止まらなかったのだ。涙と共に、ため込んできた恐怖も辛さも流した。少しでも心が軽くなってくれれば、今回の事件の傷も治りが早いだろう、と思いたかった。
上がり切ったところの扉は開け放たれていた。湿った匂いがする。水拭きをしているからだろう。床は最初にきれいにしたらしく、傷はところどころあれど、清潔だった。恐る恐る入ったジェシンは笑ってしまった。バケツは二個使っていたらしく、そこで雑巾を洗っていたユンシクの顔は埃で汚れているし、その向こう側には引き戸の物入れの扉からぴょこりと突き出された黒いズボンの尻がフリフリと動いている。
「上の段は何とかなるかしら、乾いてからもう一度拭いてみましょ、下の段・・・もう一回掃き掃除したほうがいいわよねえ・・・。」
と言いながら尻の動き・・・おそらく上半身の働きに連動していたのだろうが・・・を止めたユニが、上段に乗り上げていた体をこちらに向けながら言った。
アッハッハッハ!とジェシンはつい笑ってしまった。
「あ、コロ先輩!」
ユニの嬉しそうな声にまた笑ってしまう。
「え~、何ですか?!」
不審そうに聞いてくるユニに、バケツから顔を上げたソンジュンが気の毒そうに言った。
「あの、ユニさん・・・目の周り・・・真っ黒になっちゃってます・・・。」