㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「頑張らなくていい・・・。俺も先生にさっき言われたところだ。ユニさんがこんな目に遭ったのも、それを助けるのが俺みたいなガキなことも、周りがそうさせてしまったんだって。辛かっただろう、って。辛がっていいんだって言われた。怖かっただろう、って。ユニさんのことを心配しなきゃならなくて怖かっただろう、って。俺たちは辛くても怖くても、それを訴えたら受け止めてくれる人たちが周りに居るだけ恵まれてるんだ。甘えられない人たちがいる中で、俺たちは甘えていいんだってわかった。ユニさんは家族や先生たちに・・・それから俺にも甘えたらいいんだ。俺も家族や先生たち・・・友人に甘える、それに、ユニさんにもだ。だから頑張るな。頑張るなら勉強・・・数学を頑張れ。」
最後の言葉を聞いてユンシクが笑いだした。ムッとして睨むと、泣きながら笑っている。ものすごく変な顔になっていて、それがおかしいやら哀れやら。自分にしては大演説をしてしまった気がして髪をかきむしりながらユニに目をやると、ユニはジェシンを見上げながらぽろぽろと涙をこぼしていた。
「うん・・・怖かった、怖かったの・・・痛かったし、今も痛いの・・・。」
「当たり前だ、腹、痣が出来てるんだろ。」
ジェシンはぎこちなく一歩傍に寄り、ユニの頭を撫でた。つるりと滑らかでひんやりとしていた。革靴の漆黒の黒のようだと思った。けれどその黒は光を放っていた。夕暮れの薄い光を反射して、光る黒髪。その黒は、決して暗くはなかった。大けが親父が磨いた革靴と同じ。革靴の黒は、柔らかく弾力があり、親父のユニを思う心が磨いた面は柔らかな光沢を放っていた。
「怖かった、怖かった~・・・!目が覚めたらコロ先輩がいてくれたから、ほっとしたの!先輩も怖かった?私がまだ怖いのはおかしい事じゃないのね。」
「おかしくない。ユニさんがまたあんな目に遭ったら、って今も怖い。また同じようなことになったら、俺は今度は手加減なしに相手にかかってしまいそうでそれも怖い。怖いことだらけだ。な、一緒だ。」
ああんああん、とユニがしがみついて泣いた。少しかがんでいたジェシンの胸の下に頭を擦り付けて、シャツを握りしめて泣いた。
「そうか。あのご家族は引っ越すのか。」
「医院の横手の土地にある二階建ての建物が先生のものなんだそうです。二階の部屋が空いているそうなので。」
ユニがしばらく泣いたあと、ジェシンは改めて家に上がらせてもらい、その話を聞いた。医院からの方がユニとユンシクどちらの学校も近いし便利なのだという。勿論母親が通勤するのに特別不便になることはない、医師夫妻から申し出てもらったのだと言っていた。前の持ち主が先祖代々の出身地に戻るという事で、医院を広げるつもりで買い取ったのだそうだ。一階に医師夫妻が住み、今の医院の建物の住居にしているところを数人入院できる部屋にしてしまう計画なのだという。
父にその話をすると、遅くに帰宅して疲れた顔をした父は、一つ安心したように頷いた。そして、めどが立った、と表情をまた引き締めた。
「ユニさんご一家の自宅周辺はしばらく警官に警戒させる。口封じに訪れるものがいるかもしれないし、それに・・・きっかけとなった隣人の男だが、夫婦そろって今こちらに保護しているのだ。証人だからな。彼らを探してまたうろつかれたら、ユニさんや弟の少年に危害を加えられるかもしれない。目立つように警官を歩かせる。まず、近づかないように。引っ越しの日程が分かれば教えてくれ。」
「保護・・・帰ってこなくなったのはそのせいですか。」
「何しろ極秘に証言をとりたかったのでな。まず男の方を保護し、それからその妻を任意で同行して話を聞いてから保護した。別々で話を聞いたのは口裏を合わせないようにだ。今は二人を一緒に住まわせている。それから・・・借金の形に連れて行かれたという彼らの娘も実は保護している。おかげで・・・踏み込めそうなのだ。」
まだ内密の話だ、と父は腕を組んでジェシンにそう言った。