㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
何を言うべきかわからないまま、ジェシンはユニの家近くまで来ていた。今日は学校がある日。途中ジョンの店で話をしていたから、いくら今日高校から早めに下校しているにしても、中学生よりは遅くなってしまっているはずだ。家は大体把握していた。家の前まで送ったことはなかったが、この道の奥なんです、という路地の入口までは何度か来ていた。同じような家が並んでいるが、まあわかるだろう、と思いながら坂を上がろうとした。
「ムン・・・先輩?」
声を掛けられて振り向くと、そこにはユンシク、そしてなぜかまたイ・ソンジュンがいた。
「イ・ソンジュン・・・暇なのか、お前・・・。」
「ち、違います!僕が今日、咳が止まらなくなって少しの間救護室にいたから、送ってきてくれたんです!」
げほ、げほ、と大声を出したためにまた咳き込んだユンシクを、ソンジュンは慌てて背中をさすり介抱した。ジェシンも驚いて、慌ててポケットを探り、ハンカチを取り出した。
「今日は使ってねえ、口に当てろ。」
手で口元を押さえていたユンシクに渡すと、素直にハンカチを言われた通り口元にあてがった。咳き込みが小さくなってくると、ソンジュンもジェシンもほっとして肩の力が抜けた。
「・・・病気というより、埃っぽいのがダメなんじゃないだろうか。」
とソンジュンが言うと、ジェシンも一理ある、と思う。あちこちで建物が解体され建設されている。道路も整備されつつあるし、水道や電気などのインフラの設備も同時に進行している。常にどこかが掘り起こされ、黒い煙を吐き出す車やバスも行き交うようになった。いい空気とは言えない。
ユンシクの背をさすりながら、
「・・・ムン先輩はどうしてこちらに・・・ユニさんですか?」
とソンジュンが目を向けてきた。確かに、自宅は全く方向違いだし、この辺りは商業的な場所でもない。尋ね行く先は誰かの家で、ジェシンはユニとかかわりがあるのだから全くの図星だった。
「おう。嫌なうわさを聞いたからない。注意しに来た。」
「嫌なうわさ?」
咳が収まったユンシクとソンジュンが同時におうむ返しの質問をしてきた。
若い女性に働き口をあっせんする声掛けをしている連中がいる事。その連中が勧誘する仕事は良いものではないこと。そんな事をいささかオブラートに包んで説明すると、ユンシクは怯え、ソンジュンは怒りに目元を赤らめた。
「日中だって油断ならねえし、とにかく気を付けるように言いに来た。それだけだ。」
そこで別れようとしたが、ユンシクがまた咳き込み始めたので、ジェシンはソンジュンにユンシクを任せ、二人のカバンを持ってやった。傾斜のそこそこある細い坂を少し昇ると、そこにくぐり戸のような門がある。その塀の向こうが、キム家三人が暮らす小さな家だった。
塀の中には三棟小さな建物があって、それぞれ違う家族が借りているのだという。真ん中にあるポンプ式の井戸は共同。便所も、トタンで囲っているだけの風呂という名の洗い場も共同なのだという。そんな家に住んだ事のないジェシンは、ぼうっと敷地内の様子を眺めまわしてしまったが、ユンシク、と呼び掛けるユニの声に、は、と我に返った。
「あ、ユニさん、ユンシク君がちょっと咳き込みがあったので送ってきました。」
「ありがとうございます、ソンジュンさん。ユンシク・・・辛いほど出たの?」
「止まらなく・・・なっちゃったから。熱はないよ、姉さん。」
「そう・・・咳止めのお薬、作るわね。」
縁側にユンシクが座ると、ユニはジェシンを見上げた。
「コロ先輩・・・にカバンを持ってもらったの?」
慌ててユニが手を伸ばすと、ジェシンはそれを交わして縁側にユンシクのものを置いた。ソンジュンのカバンとは明らかに質が違うので間違えることはなかった。
「ついそこからだ。イ・ソンジュンの方が学校からずっと君の弟を介抱しながら歩いてきたようだ。」
そう言うと、ジェシンは後ろを向いた。さっきの話はユンシクがするだろう。そう思ったのだ。
何だか、自分だけが少し場違いに思えた、というのが本当のところだったが。