ノワール その10 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「とにかく、暗くなる時間にお前の姉さんを外に出すんじゃねえ。昨日みたいな目に遭いたくなけりゃな。」

 

 ジェシンはそう言うと立ち上がった。この後輩たちも帰さないといけない時間だった。そして気付いた。

 

 「おい、イ・ソンジュン。お前の家こっちじゃねえだろ。」

 

 「ムン先輩こそご自宅は方向違いです。」

 

 しれりと言い返してきたソンジュンとジェシンは、近所ではないが地域としては同じ所に自宅がある。ソウルの中では高級住宅地に入る地区で、昔から大きな屋敷を構える貴族階級が住む場所だった。幸いにも、戦火に巻き込まれなかったので、今も落ち着いた場所だ。未だ韓屋ではあるが、新し物好きの家主の家から、徐々に現代風へと建て替えが始まっている。ムン家とイ家はまだだが、ヨンハの家は停戦後に建て替えたので見物人が来るほどに現代的だ。

 

 「俺はいいんだよ。お前こそ、暗くなってうろうろしてたら攫われるぞ。」

 

 とにかく帰れ、途中まで送ってやる、と言うジェシンに、ソンジュンは大丈夫です、とまた言い切った。

 

 「なんでだよ。」

 

 と聞き返すジェシンに、ソンジュンは肩を竦めながらかすかに目線を後方へ飛ばす。そこには建物の角に大きな体をちんまりと縮めて立っている男が一人。

 

 「父の執事の息子で、俺の世話をしてるんです。スンドリと言います。迎えはいらないというのに、いつもどこからか後ろをついてきてます。」

 

 だからユンシクを俺が送ります、とソンジュンは引かない。ジェシンも面倒になって、

 

 「ならそうしろ。」

 

 と歩き出した。今度は大通りを行く。とにかく一度家に帰ることにした。後ろから、僕もう近くだからいいよ、とか、ダメだよ今日も咳き込んでたじゃないか、などと言いあう声が聞こえる。スンドリの傍を通り過ぎると、ぺこり、と頭を下げて動き出した。振り返るとジェシンと反対方向へ歩いていく二人の後をスンドリはぽてぽてとついていく。すれ違って分かったが、背の高いジェシンよりさらに高く、かなり体重のありそうな男だった。見かけだけでもお守りになるだろうと少し安心はした。

 

 暗闇は怖い。同胞と戦うという無残な戦争の間、街は夜、その姿を隠すように光を消した。それは全国どこでも同じで、攻撃の目標にならないように、闇を利用した。翻って、その闇は不安も煽った。些細な音に怯え、突如鳴り響く警報に耳を塞いだ。目以外の五感が鋭敏になり、けれどやはり見えることに替わる安心感はなく、暗闇の中でただひたすら目を見開く。今もジェシンの母は夜を嫌う。夜帰ってこないジェシンをただひたすら心配する。父は良いのだという。大勢人がいる場所で仕事をしているから。居場所が分かっていることは安心だが、ジェシンが家を空けることが増えて、その居場所がわからないことが一番怖いと母は嘆く。とりあえず、どんなに遅くなってもジェシンは家に帰ることにしている。母のために。少年のジェシンと一緒に暗闇を耐えたたった一人の大人。

 

 ジェシン達家族は、この戦争で一人欠けた。兄ヨンシンだ。ジェシンと年が離れていた兄は徴兵されたのだ。父はそれを阻止できなかった。体が弱いことを盾に免れることはできたはずだった。実際に兄は弱かった。だが、兄はそれを嫌がった。国を守るために働く父と同じことはまだできないから、自分が出来ることをしたいと言って軍に入った。訓練を経て配属された先の戦闘で死んだのだ。まだ学生だった。賢く優しい、最も軍人に向かない人だった。

 

 ジェシンは誰に怒っているかわからない怒りを、兄の死を知った時から胸の内に溜めている。どうしようもなくなる時、家に居られなくなる。兄をむざむざ軍に入れた父に対してなのか、泣いて体を壊し気味な母に対してなのか、何もできないただの子どもだった自分に対してなのか、敵となった北の国に対してなのか、戦争状態にしてしまった自国の政府に対してなのか。誰に、どこに、泣きわめいていいのかわからなくなって外に出た。夜。暗闇だった。だが、暗闇はジェシンのその訳の分からない鬱屈も覆い隠したように思えた。誰も怒れるジェシンが見えない暗闇。行く先は悪友がしけこむ夜の店であっても、そこもジェシンの屈託など誰も知らない、闇と同じ場所だった。楽だった。

 

 だからと言って、自分と同じように夜を歩くことを皆に勧めはしない。イ・ソンジュンであろうと、キム・ユンシクであろうと。

 

 その姉なら尚のこと。

 

 暗闇は、楽でもあるが危険でもあるのだから。

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村